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連載 ドキュメンタリー解体新書

『共犯者たち』〜政治権力と闘った韓国放送人たちの熱き記録 /永田浩三 

 映画の後半にこんなシーンがある。韓国の公営放送MBCの社屋で、昼休みに大きな声を上げている職員がいた。「金・張・謙キム・ジャン・ギョム」(MBC社長)はここから出ていけ!」朗々と叫ぶ自身の姿をスマホで生中継していたのは、MBCのドラマプロデューサーの金敏植キムミンシク氏だった。

 金氏は、大胆な行動に出たいきさつを語りながらも、本当は消されてしまうのではないかという恐怖があったと語り涙ぐむ。しかし心配は無用だった。たったひとりで始めた叫びは、玄関ホールで何十人もの社員たちが一斉に自撮りのライブを行うまで広がった。お祭りのような「金・張・謙は出ていけ!」の大合唱が延々と続く。

 立教大学で開かれた上映会でのこと。夢のように美しい場面にわたしは涙をこらえることができなかった。ふと横を見たら、同じようにハンカチで目頭を押さえているひとがいる。菅官房長官の記者会見で、毅然と質問を続ける東京新聞のM記者だった。

 

金在哲元MBC社長に直撃取材する崔監督 
<金在哲元MBC社長に取材する崔監督 ©KCIJ Newstapa >

 

言論弾圧を伝える韓国・伝えられない日本

 2008年から9年間、李明博イ ミョンバク朴槿恵パク ク ネ政権からテレビへの露骨な介入が繰り返された。この作品は、公営放送MBCとKBSを舞台に、権力の横暴と闘った、血の出るような熱き放送人たちのドキュメンタリーだ。

 冒頭から度肝を抜く場面が続く。MBCを不当に解雇された元プロデューサーの崔承浩チェスンホ氏(この映画の監督)は、局の重要なイベントに潜り込み、社長に迫る。取り巻きは場をわきまえろと遠ざけようとするが、崔監督はひるまなかった。続いて、同じ公営放送のKBSの理事会。不当なことが決められようとしていることに抗議する局員たちが廊下に座り込んでいた。私服の警官は局員に乱暴する。肋骨を折られ痛みに悶える局員。そこにもカメラがあった。互いにもみ合う姿は、闇に葬られるのではなく、容赦ない言論弾圧の様子を伝えることを可能にした。

 こうした出来事はわたしの経験と重なるものがある。17年前のNHK番組改変事件だ。テーマは日本軍「慰安婦」とされた女性の問題。その責任を国際法の観点から問おうとしたのだった。放送前日、当時官房副長官だった安倍晋三氏らとNHKの幹部との間でやりとりが行われ、直後に番組の編集長だったわたしに改ざんが命じられた。わたしは十分抗うことができず、番組は無残なことになった。不甲斐なく、たくさんの仲間を傷つけた。わたしは真相を明らかにするために、いまも当時の関係者へのアプローチを続けているが、逃げられては悔し涙を流す日々だ。

 崔監督は、わたしのことを知っていた。光栄なことだが、やったことは天と地、月とスッポンほど違う。この違いはどこにあるのかを考えた。

 

怒りの声を「リアルタイム」に記録する

 放送現場で働く人間は、世の中で起きている問題を伝えることを仕事としている。「これでよいのか」と、毎日毎分毎秒言っている。ひとの道を説き、世の中のありようを説いている。ところが、自分たちのこととなると話は別だ。醜いこと間違ったことが起きたとき、視聴者にむけてSOSを発するということは日本ではほとんどない。例外はといえば、テレビ朝日の女性記者が財務事務次官から受けたセクハラ行為を週刊誌に告発したことだろうか。それだって職場が連帯して闘ったわけではなく、逆に被害者がバッシングの対象とされた。

 なぜ日本のメディアは声を上げないのか。わたしの経験から考えてみる。放送現場への政治介入や混乱状態を伝えることは、その組織の信頼を失わせるためマイナスだと判断する幹部が多い。身内の恥を晒してどうする。相手が悪すぎる。視聴者はついてきてくれない。そんなこんなの説得が繰り返され、私自身も長い間沈黙した。恥ずかしい。

 しかし、韓国の心ある放送人たちはそうは思わなかった。自分たちがからだをはって闘っていることを見せることこそが視聴者の信頼につながると信じた。番組から追われるキャスターの言葉や、職場での激しい討議も記録された。リアルタイムで進行する素材があること。理不尽なことに涙を流し、怒りの声をあげた証としての映像があること。これが映画の成功の最大のポイントだろう。

<李明博元韓国大統領に直撃取材する崔監督 ©KCIJ Newstapa >

 

「共犯者たち」は我々の中にいる

 政権による公営放送への占領。悪事の「主犯」は、大統領を含む政権幹部だが、「共犯者たち」はメディアの内部にいた。職務権限を行使して、ニュース・番組に介入し、民衆の宝であるはずの放送を政権の広報機関に落ちぶれさせた。崔承浩監督は、そうした「共犯者たち」を徹底して追いかける。階段だろうかエレベーターだろうが追いかける。

 一つ気付いたことがある。追われる「共犯者たち」や「主犯」にも、崔監督へのリスペクトがあることだ。最後に李元大統領に迫るところが出てくるが、そこに冷笑はなかった。対決の場面にはいつも真面目さが漂っていた。日本の政治家やメディアの幹部となんと大きな違いだろう。この差はわれわれ市民の側にもあるように思う。

 映画の最後に、報道の自由のために闘い、懲戒処分を受けたひとたちの名前が紹介される。数えたら350人近くあった。これにもまた落涙した。

 


『共犯者たち』(2017年/韓国/105分) 公式HP
監督:チェ・スンホ 脚本:チョン・ジェホン 撮影:チェ・ヒョンソク 製作:ニュース打破
配給:東風 2017 年/韓国/105 分/DCP/カラー/原題:공범자들(英題:Criminal Conspiracy)/日本 語字幕:根本理恵

12月1日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開 ※『スパイネーション/自白』と同時上映

 

 

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著者略歴

  1. 永田浩三

    ながた・こうぞう 1954年大阪府生まれ。ジャーナリスト。武蔵大学社会学部教授。元NHKプロデューサー。「表現の不自由展」「言論の不自由展」共同代表。近編著『フェイクと憎悪』(大月書店)、『NHKと政治権力』(岩波現代文庫)など多数。

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