アメリカはなぜICCを恐れるのか──「12条の罠」、国際刑事裁判の未来
『世界』2026年11月号の記事から特別公開します。
「ICC解体キャンペーン」が問うもの
国際刑事裁判所(ICC)が存亡の機に直面している。アメリカのトランプ政権は7月13日、「米国の主権に対する脅威を解体するための包括的キャンペーン」を開始すると宣言した。国務省のウェブサイトに掲載された声明によると、アメリカ政府が総力を挙げ、「ICCの活動能力を体系的に無効化し、米軍人や政府高官が標的とされる事態、ひいては米国の主権が脅かされる事態を阻止する」という。具体的には、外交ルートを通じて加盟国に脱退を迫るとともに、米国の「安全保障の傘」の恩恵を受ける同盟国等に対しては管轄権の拒否を要求し、応じない国には監視・精査を強める構えである。ICCに対しても、関係者のビザ取り消しや渡航禁止といった個人を対象とした制裁にとどまらず、ICCおよび関連組織全体への制裁を強化する方針を示している。
8月18日に発動された赤根智子所長に対する制裁は、このアメリカによる「ICC解体キャンペーン」の一節にほかならない。トランプ政権はすでに2025年2月、イスラエルのネタニヤフ首相やガラント前国防相に対する逮捕状発付を受け、米国および同盟国を対象とした捜査に関与した関係者に経済制裁を科す大統領令(第14203号)に署名していた。赤根所長と、同時に指定されたセネガル出身の検察局スタッフを含めると、本稿執筆時点(9月23日)で制裁対象となったICC関係者は13名に上る。
トランプ政権がなぜこの時期に、華々しく対ICC制裁の強化をアピールしたのか、その真意は明らかではない。将来的な軍事行動に伴う訴追を警戒したとの見方や、イスラエルやアメリカでの選挙対策であるとの推測もあるが、もしそうであれば、制裁強化はかえってアメリカの軍事行動拡大を示唆することになり、国内世論と対立せざるを得ない。現にさまざまな世論調査において、イラン攻撃を含め、アメリカの一連の軍事行動を「支持しない」とする回答が過半数を占めている。
確かなのは、ICCの直面する危機がいよいよ深刻化しているという事実と、この事態が図らずも、アメリカを唯一の同盟国としてきた日本の外交姿勢を問い直す試金石となっている点である。
アメリカとICC 軋轢の歴史
米国の兵士や警察官、国境警備隊員、そして選出された指導者たちが国際裁判所に引きずり出され、世界各地から集まる裁判官によって裁判にかけられ、我々が同意も統制もしていない国際法のもとで有罪判決を受け、アメリカから何千マイルも離れた場所で投獄される─―アメリカ人がこのようなことに同意したことは一度もない。
ルビオ米国務長官は、「ICC解体キャンペーン」の公表と同日『ウォール・ストリート・ジャーナル』に掲載された寄稿文のなかで、こう述べた。この主張には後述するようにICCの管轄権に関する誤認や誇張が含まれているものの、アメリカがICCの締約国ではなく、トランプ政権以前から管轄権が自国に及ぶのを阻止すべくあらゆる外交的・政治的圧力を行使してきたことは事実である。
ICCは、集団殺害(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略の罪という「国際社会全体にとって最も重大な犯罪」を裁く常設の国際刑事裁判所である。1998年に採択されたローマ規程に基づいて設立された、国際機構としては比較的新しい組織だ。アメリカは条約草案を審議するためにローマで開催された外交会議に、160カ国中最大規模の代表団を送り込んだ。ところが五週間に及ぶ難航を極めた議論の末、最終案には反対票を投じた。のちにクリントン大統領が署名期限直前の2000年12月に署名したものの、規程が発効する直前の2002年5月、続くブッシュ大統領が署名を無効化・撤回した。現在の締約国数は120カ国余りで、国連安保理常任理事国の中ではロシアと中国も参加しておらず、アジアやムスリム諸国のあいだにも非締約国が目立つ。
伝統的に多国間の制度的枠組みを「自国の行動の自由を制約するもの」と捉えるアメリカは、もとより常設のICC設立に積極的ではなかった。クリントン政権は1990年代に旧ユーゴスラヴィアやルワンダにおける国連特別法廷の設立を主導したが、これらはあくまで国連安保理の枠組みにおける暫定的な集団安全保障措置の一環に過ぎず、大国による介入の遅れや不作為に対する事後的対応という側面が強かった。アメリカがローマ外交会議に参加したのは、仮に常設刑事裁判所が設立されるのであれば、それが最大限、米国政府の統制下に置かれるものとするためであった。
アメリカがローマで主張したのは、第一にICCが裁判管轄権を行使するにあたって国家の同意を要件とすること、第二にICC検察官の自己発意による捜査権限を排除し、どの事態を捜査すべきかの決定権をもっぱら国連安保理に委ねること、の二点であった。しかし、こうした姿勢は、政治的に独立した強力な裁判所を望む圧倒的多数の国々と対立し、結果としてアメリカは孤立することとなった。
アメリカにとっての「12条の罠」
ICC設立に至る交渉は、旧ユーゴスラヴィアやルワンダにおける暫定特別法廷の経験に勢いを得て、ニュルンベルク裁判や東京裁判の遺産を普遍的な制度へと昇華させようとする動きに後押しされたものだった。それは、NGOや国際法学者の支援を受けた中小国が数の力で決定を下せるフォーラムであり、アメリカが主導した第二次世界大戦後の多国間制度─アメリカが常任理事国としての特権的地位を享受する国連安保理や、加重投票制により大国の意向が色濃く反映される世界銀行や国際通貨基金(IMF)を中心とする国際金融体制─の構築とは異なるものだった。
ローマ会議で孤立を深めてゆくアメリカは、「自らは締約国にならないものの、自国兵士や政府高官が訴追対象となる可能性を排除する」という姿勢を最後の防波堤としたが、それすら完全に保障されるには至らなかった。アメリカが特に問題視したのが、ローマ規程の管轄権行使の前提条件に関する12条である。
同条は、犯罪が行われた領域国、あるいは被疑者の国籍国の「いずれか一方」が締約国であれば、ICCが管轄権を行使できると定めている。この規定に従えば、仮にアメリカが非締約国であったとしても、米軍兵士や政府関係者がアフガニスタン等の締約国内で行った行為については、ICCの管轄権が及ぶことになる。
この「12条の罠」は現実のものとなり、実際、アフガニスタンの事態をめぐって2020年、米軍関係者らに対する捜査許可が下りるに至った(ただし、のちに主任検察官が「タリバンによる犯罪の捜査を優先する」と表明したことで、米軍関係者に対する捜査は事実上棚上げされた)。
アメリカが強く求めた事態の選定を国連安保理に委ねる手続は規程に組み込まれたものの、同時にアメリカが反対したICC検察官の自己発意による捜査権限も──予審裁判部による許可という制限が課されたとはいえ──認められることとなった。これらが12条の領域管轄権と組み合わさることで、非締約国の国民であってもICCによって訴追される道が残された。
国家が自ら同意していない国際法に基づいて、自国民(軍関係者や政府高官)が訴追の対象となり得る点─―これこそがICCという制度が持つ革新性であり、アメリカの懸念の源泉だった。
ただし、ICCの管轄権が及ぶのは、あくまで米国籍者が米国外の締約国内で対象の罪を犯した場合に限られる。管轄権はアメリカの領土には及ばないので、ルビオ長官が主張するような、主として米国内で活動する「警察官」や「国境警備隊」が国際裁判所に引きずり出されるという危惧は法的根拠を欠く。
転機はネタニヤフ首相への逮捕状請求
アメリカはICC非締約国とはいえ、これまでの歴代政権は「重大犯罪を処罰する」というICCの理念は支持し、証拠情報の提供をはじめとする一定の捜査協力を行ってきた。署名を撤回し、各国に「米国人をICCへ引き渡さない」という二国間協定の締結を迫ったブッシュ大統領でさえ、国内の反ジェノサイド運動の圧力があったとはいえ、スーダンのダルフール地方における捜査開始を容認し、捜査にも協力した経緯がある。
アメリカの姿勢に明確な変化が生じたのは、ICCがイスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に対して逮捕状を請求してからである。これもパレスチナが締約「国」であったことから、12条の領域管轄権が適用されたものである。さらにはパレスチナの事態に先立って開始されていたロシアのプーチン大統領に対する捜査や逮捕状の発付、またその後に行われたミャンマーのミン・アウン・フライン最高司令官に対する逮捕状発付も、同様に非締約国の指導者が締約国内で行った犯罪容疑に基づくものだった。トランプ政権の激しい反応は、拡大しつつあるこの「12条の罠」を自国に対する直接的な脅威として強く認識するようになった表れとも受け取れるだろう。
筆者は以前、ネタニヤフ首相に対する逮捕状請求は、「大国に依存しない形での国際正義の追求の試みにICCが一歩踏み出したことを示している」と書いた(本誌2024年8月号)。アメリカの支持を失い、大国を敵に回したICCの苦境は深刻である。
制裁対象となっている13名のうち裁判官は9名で、これは裁判官全18名のうちの半数にあたる。残り4名は検察局のメンバーだが、これには7月に解任された主任検察官1名と現在の副主任検察官2名が含まれる。
制裁対象となると、すでに報じられているとおり、銀行口座の凍結やクレジットカードの利用停止に加え、アマゾンやグーグルといったアメリカ企業の各種オンラインサービスも利用できなくなる。すでに経済制裁を科されていたICCの裁判官3名は6月、トランプ政権を相手取ってニューヨークにある連邦裁判所に提訴し、この措置を「経済的な死刑宣告に等しい」と訴えた。アメリカの世界での影響力に翳りが見えるとはいえ、制裁は相互依存が進んだ国際社会の中でドルの圧倒的強さと米国企業のIT覇権を利用した形で行われている。制裁が裁判所組織そのものへと拡大した場合、資金運用が麻痺し、機関としての活動能力がさらに奪われかねない。
影響は経済面にとどまらない。赤根所長をはじめとする裁判官や検察官らは、厳重な警備下に置かれている。赤根所長は、ロシアから逮捕状が出されていることから記者会見等ではロシアからの脅威について言及するにとどめていたが、2024年5月に英紙『ガーディアン』は、モサドをはじめとするイスラエルの情報機関が約九年間にわたり、ICCに対して組織的な監視や妨害工作を行っていたと報じた。制裁対象とならずとも、パレスチナの事態の捜査を率いていた検察官が、匿名の脅迫電話を受け、警察から生命の危険を警告されて自宅の防弾化を指示されるなど深刻な事態に直面し、身の危険を理由に辞任を余儀なくされたことも報じられている(1)。
さらに、カリム・カーン主任検察官は組織内でのハラスメント疑惑をめぐり、内部審査を経て今年7月の締約国会議で罷免された。カーン氏は昨年5月から休職に入っていたため、ICCは1年以上にわたり事実上検察トップを欠いた状態で大国が絡む重大案件に対峙してきたことになる。
大国抜きの国際刑事システムは可能か
ICCの設立直後、アメリカの国際法学者ジャック・ゴールドスミスと国際政治学者スティーヴン・クラズナーは、「理想主義の限界」と題する論考のなかで、ICCの行く末を予言していた。戦間期の理想主義を批判し、現実主義(リアリズム)国際政治学の古典となったE・H・カーの『危機の二十年』からの引用で始まるこの論考は、ICCについて次のように指摘している。
世界で最も強大な国家(さらにはロシア、中国、インドネシア、インドといった他の大国)にとって受け入れがたいICCを設立したことは、かつての国際連盟を彷彿とさせる愚行であり、それと同じ末路を予感させる。ICCの訴追に対する国連安保理の統制というアメリカの要求を拒絶した国際理想主義者たちは、国際刑事法の執行を国際政治から切り離すことを目指した。彼らが求めたのは「法の下の平等な正義」、すなわち弱小国であろうと強国であろうと同様に、国際人権法を平等に適用することだった。しかし、……中立で完全な正義を要求し、力(パワー)の考慮から完全に切り離された法的規範のみに依拠する制度を作り上げたことで、国際理想主義者たちは、人権の保護を促進するどころか、かえってそれを損なうことになりかねない。
確かにICCと国際連盟は、大国が加盟していない国際制度という点では共通する。しかし次のような重要な相違点も存在する。
第一は、国際連盟が主として集団安全保障に関する制度であるのに対し、ICCは司法機関だという点である。このことはICCが政治的判断を考慮に入れることを難しくするため、E・H・カーが『危機の二十年』で論じた理想主義の弊害を深刻化させているように見えるかもしれない。
しかし実際には、多国間外交の妥協の産物として成立したローマ規程には、一定の政治的判断を許容するしくみが組み込まれていた。具体的には、国連安保理決議による捜査・訴追の延期(16条)や、検察官による「裁判の利益」の考慮に基づく手続の見送り(53条)が挙げられる。これらの規定は、政治指導者の訴追が和平交渉を阻害する恐れがある場合に、一時的に和平を優先させる根拠規定となることが期待されていた面もあった。
ただ、こうした調整弁が機能してきたとは言いがたい。和平の阻害を理由に安保理常任理事国が意見を一致させて16条を発動した例は過去に一度も存在しない。また53条の「裁判の利益」についても、かつては検察官が和平交渉に配慮して捜査を見送る裁量権限と解釈する見解が存在したものの、ICC検察局は2007年に公表した政策文書でこうした解釈を明確に否定し、政治判断から距離を置く司法の独立姿勢を鮮明にした。
第二に、最も重要な相違として、集団安全保障が侵略行為等に対して国際組織として介入する制度設計であるのに対し、ICCは「補完性の原則」を採用し、第一義的な捜査・訴追権限をあくまで個々の国家に委ねているという点が挙げられる。ICCが安全保障機構ではなく司法機関である以上、制度の成否を握る核心は法執行能力である。国際連盟の失敗は、アメリカの不参加のみならず、全会一致を原則とする意思決定メカニズムの機能不全や、制裁を自ら実行し得る手段を欠いていたことにも起因していた。
自前の警察を持たない点において、ICCもまた執行力の担保という課題を共有している。しかし、ICCはこの執行力の欠陥を埋めるべく、補完性の原則の運用を進化させてきた。従来の受動的な管轄権の補完にとどまらず、「積極的補完性」という概念のもとで加盟国の国内司法能力向上を促したり、より近年は「補完性と協力」という新政策を打ち出して関係国や機関との連携を強化するなど、実効的な法執行を担保すべく務めてきた。
第三に、集団安全保障を担う組織が連盟という単一の機関であったのに対し、国際刑事裁判を担う組織はICCだけではない。コソボ、東ティモール、シエラレオネ、カンボジア、中央アフリカなどでは、紛争後に国際社会の支援を得て当事国が裁判を行う「混合法廷」が設置されてきた。最近では、ICCが管轄権を行使し得ないロシアによるウクライナ侵略犯罪を裁くため、欧州評議会などを中心に特別法廷の構築も進められた。また、シリアやウクライナ、コンゴ民主共和国などの紛争下で行われた戦争犯罪等の容疑者が、亡命先や移動先の国々で拘束・起訴されるなど、一時期は政治的摩擦から停滞を余儀なくされていた「普遍的管轄権」に基づく国内裁判の試みも、近年再び活発化している。
ICC検察局は、自らをこうした各地の特別法廷や各国の国内裁判所とを連結する「ハブ」として位置づけ、捜査や証拠収集における協力体制を構築してきた。国際刑事裁判は単一の機関に依存するものではなく、多元的かつ重層的なネットワークとして形成されつつある。したがって、ハブたるICCの機能低下の影響は無視できないが、それによって国際刑事裁判の営みが完全に潰えるわけではないだろう。
日本にとっての「法の支配」
日本政府は1998年のローマ外交会議において、アメリカを欠いたICCが「文字どおり絵にかいた餅に終わる(2)」ことを強く懸念し、アメリカの参加を担保するための妥協点模索に務めた。会議終盤には、最終的には不調に終わったものの、小和田恆・日本政府代表が主要国交渉官を集め打開案を提示するなど積極的な橋渡し外交も行った(3)。
日本は2007年にローマ規程を批准し、以来ICC最大の分担金拠出国として同裁判所を財政的・制度的に支え続けてきた。近年の赤根智子氏のICC所長就任や、岩沢雄司氏の国際司法裁判所(ICJ)所長就任は、「法の支配」に基づく国際秩序の堅持を掲げる日本外交にとって、その規範的リーダーシップの象徴であるはずだった。
「ICCに対する制裁は、単にICCのみの問題ではなく、まさに法の支配の危機として捉えていただきたいと思います。……日本は法の支配の旗手として、地域のリーダー格として、これからもいろいろな活動を通して日本のプレゼンスを上げてくれるものと信じています」
赤根所長は日本記者クラブ主催のオンライン記者会見でこのように語ったが、ICCの「法の支配」と日本政府が掲げてきた「法の支配」との間には、大きなズレが存在する。そのズレは、赤根所長に対する制裁発動について「大変残念」ないし「日本の立場と相容れるものではなく、大変深刻に受け止めている」と述べた高市首相の、どこか他人事のような抑制された発言に象徴されている。
そもそも日本外交に「法の支配」が登場したのは比較的最近のことだ。『外交青書』に「法の支配」が明記されたのは、第一次安倍政権発足後に刊行された2007年版が最初である。これは前年11月に麻生太郎外相(当時)が行った政策スピーチ「『自由と繁栄の弧』をつくる」を踏まえたものであった。同スピーチは、ユーラシア大陸の外縁部に「自由と繁栄の弧」を構築し、民主主義や基本的人権、法の支配といった普遍的価値観を共有する外交の推進を掲げたが、その実態は、台頭する中国による「力による現状変更」の試みを牽制すべく、日本が価値を外交の新機軸として打ち出した戦略的対抗軸だった。
この「自由と繁栄の弧」構想は、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」という戦略枠組みへと発展・継承されていく。FOIPは第二次安倍政権が2016年の第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)において提唱した概念であり、中国をあえて直接名指ししない包括的なビジョンを掲げることで、普遍的価値を共有する幅広い国際社会の賛同を獲得することを目的としていた。
この構想は第一次トランプ政権とも共有され、続くバイデン政権にも引き継がれながら、日米は一定の歩調を合わせてきた。現在もアメリカは名目上FOIPを踏襲してはいるものの、第二次トランプ政権の発足以降、「法の支配」や「航行の自由」といったFOIPの基本原則からの実質的な逸脱や変質が目立つようになっている。
すなわち、この20年ほどの間で日本外交の表舞台に浮上した「法の支配」とは、本質的には中国を強く意識したものであり、中国の力による現状変更に対抗して「ルールに基づく国際秩序」を牽引するための戦略的スローガンであった。もとより日本外交の「法の支配」概念は、アメリカとの「価値の共有」を意識して導入された側面が強い。しかし、力の支配へと傾斜する第二次トランプ政権の時代を迎え、この価値外交は苦境に直面している。国際秩序が転換期を迎えるなか、日本にとって「法の支配」が何を意味するのかが問われている。
(1)Chloe Hadjimatheou, “Threat of US sanctions over Gaza forced me out, says ICC lawyer,” The Observer (29 June 2025).
(2)小和田恆(1999)「国際刑事裁判所設立の意義と問題点」『国際法外交雑誌』第98巻5号。
(3)Scheffer, David. 2011. All the Missing Souls: A Personal History of the War Crimes Tribunals. Princeton: Princeton University Press.





