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日本人は原子力と縁を切れるか(江守正多)

『世界』2024年10月号収録の記事を特別公開します。


日本人は原子力と縁を切れるか

 岸田総理が次の総裁選への不出馬を表明し、本稿執筆時点では混沌とした総裁選への駆け引きが始まったところです。岸田政権の「成果」のひとつとして、原子力発電所の積極利用に政策転換を行ったことが挙げられています。もちろんこれをどう評価するかは、立場によって180度異なります。

 筆者自身、気候変動やエネルギーについて発言していると、原発への考えを質問されることは多いです。多くの場合、そのような質問は筆者を賛成派と反対派のどちらかに分類することを意図しているように感じられ、筆者は単純な回答を避けてきました。

 しかし、今回は少し長めに、原発について考えていることを述べてみます。筆者個人の価値判断と限られた知識、経験に依存した意見ですが、読者が考える上での参考になればと思います。

自分と原子力とのかかわり

 そもそも筆者が環境やエネルギーの問題に興味を持ったきっかけは、高校生のときにチェルノブイリ原発事故が起きたことでした。ただし、事故そのものではなく、その後に生じた「日本の原発は安全か危険か」という論争に強い関心を持ちました。当時、原発反対派の代表的な論客は原子力情報資料室の高木仁三郎氏、対する推進派は東京電力の加納時男氏でした。

 加納氏は東大でエネルギー論の講義を持っており、筆者は学生時代にそれを受講し、授業の一環で柏崎刈羽原発の見学に参加しました。

 原発の見学は近年も機会があり、エネルギー関係の団体から講演を依頼された際に、浜岡原発と玄海原発をそれぞれ見学させてもらいました。いずれも、2011年の福島第一原発事故以降で、再稼働に向けて準備している状態でした。

 つまり、筆者は原発推進側の説明をそれなりにしっかり聞く機会を得てきたといえます。一方で、気候変動問題に取り組む中で、原発反対の意見の人と話をする機会も多くありました。

 筆者が原子力に関わったもう一つの大きな出来事は、2019年に日本原子力研究開発機構の将来ビジョン「JAEA 2050+」を検討する委員会に参加したことです。

 実はこのとき筆者は、原発推進側の主張にお墨付きを与えるだけの役割にはなるまいと決意して臨んでいました。

 筆者がこの委員会で、「原子力が明るいビジョンを描きたいのであれば、倫理的な課題に向き合う必要がある」と発言すると、議論は大荒れになりましたが、結果的に「原子力をめぐるELSI(倫理的・法制度的・社会的問題)に対応する」ことがビジョンに盛り込まれました。

倫理的な課題に向き合えているか

 この話からおわかりいただけるように、筆者は原発を推進する体制が(関係する個々人がというよりは構造的に、あるいはコミュニティの空気として)倫理的な課題に十分に向き合えていないのではないかという疑念を持っています。

 具体的には、まず原発立地地域と電力消費地の間の公平性の問題があります。立地地域は多額の補助金や経済活性化と引き換えに原発を受け入れますが、多くの場合、地域の中での賛成派と反対派の軋轢が生じると聞きます。

 そして、立地地域が補助金等と引き換えに(しかも「安全神話」のせいで十分な自覚がなく)取ったリスクが最悪の形で顕在化したのが福島第一原発事故であったことは言うまでもありません。

 高レベル放射性廃棄物の最終処分をめぐる地域間・世代間の公平性の問題もあります。最終処分場の選定は進められていますが、調査の完了までに20年近くかかりますし、今の候補地が最終的に受け入れてくれるかもわかりません。候補地ではやはり賛成派と反対派の軋轢が生じています。

 そして最終処分が始まったとしても、10万年にわたって安全を確認するという気の遠くなる仕事が将来世代に課せられることになります(縄文時代から現代までが約1万年ですから、10万年は想像を絶する長さです)。

 最終処分場の選定をめぐっては、文献調査が終了した北海道の寿都町と神恵内村で、報告書のとりまとめに向けた町村民のインタビューで発言が誘導されたなど不誠実な介入があったことを東京新聞が伝えています。

 それ以外にも、遡れば関西電力幹部等への福井県高浜町の元助役からの多額の金品提供を始めとして、これまで原発関係では様々な不適切事案の報道がありました。もちろん問題を起こす人は一部であり、誠実に働いている関係者が大多数と想像しますが、原発業界全体のガバナンスに対して、筆者は十分な信頼を寄せることができません。

 他にも、実情には詳しくありませんが、被ばく労働者の人権問題といったことも重要な倫理的な論点でしょう。

脱炭素に原子力は必要不可欠か

 原発推進に同調する人の多くは、これらの問題を「感情論」とよび、感情論を排して「現実論」で理性的に考えれば、日本のエネルギー安定供給と気候変動対応(脱炭素化)のために原発は必要不可欠だと説きます。

 これに対する筆者の考えは、まず、必要不可欠かどうか別として、(地震・津波リスクを慎重に考慮した)原子力規制委員会の審査と住民合意という条件を満たした既設原発の再稼働は容認する立場です。

 追加安全対策とこれまでの維持管理のコストを「サンクコスト」として切ってしまうのは電力会社の損失であるだけでなく社会全体で見たときも損失であること、再稼働により火力発電を減らせればCO2排出削減に即効性があることが理由です(加えて、再稼働を待ちながら延々と原発を保守している浜岡と玄海の所員の方々と話した経験が心情的に影響しているかもしれません)。

 ただし、元日の能登の地震の際に指摘されたように交通マヒなどの複合リスクを考慮すると、リアルな避難計画をごまかしなく立てることは決して低いハードルではないでしょう。

 次に、新増設・リプレイスについてですが、筆者はこれが必要不可欠という議論にあまり納得していません。

 浮体式を含めた洋上風力発電、屋根上太陽光発電に加えて自然破壊にならない営農型太陽光発電(さらに軽量でフレキシブルな次世代の「ペロブスカイト太陽電池」が近い将来に実用化する可能性)を考慮すると、日本の再生可能エネルギーのポテンシャルが将来の電力需要を十分に満たしうるという見積りは可能です。

 再エネ出力が弱まる曇天無風条件が発生する場合に備えて安定電源をある程度確保する必要はあるでしょうが、グリーン水素等を燃料とするゼロエミッション火力(筆者は調整力としてある程度は使ったらよいという立場)や蓄電池等でも対応できることを考えると、必ずしも原発を使う必要はありません。

 原発は日本では出力一定が前提でしょうから、再エネの変動の調整力にも使えません。

 それに、原発は計画してから稼働までに早くても20年はかかるので、即効性もありません。また、英国などの例をみると、久しぶりに建設した場合はコストが高くなるようです。

 専門的な検討を経て、原発を使った方がよいというシナリオを導きうる可能性を否定はしませんが、少なくとも、推進側が素朴に主張するほど原発の必要性は自明でないと思います。

原子力と縁が切れるか

 ここまで述べたように、筆者は原子力に対してかなり批判的な立場です。しかし、ここから先をさらにリアルに考える必要があるように思います。

 今後、もしも日本で稼働している原発がゼロになったとしても、原発の廃炉作業と、放射性廃棄物の処理、処分の作業が残ります。これらを遂行していく科学技術レベルと人材を維持、確保するためには、一定規模の「原子力産業」が必要なのではないでしょうか。

 さらに、そこに人材を獲得しモチベーションを維持するために、廃炉・廃棄物ビジネスと小規模な研究炉で十分かどうかは難しいところで、もしかしたら日本には「今後も新たな炉の建設がありうる」という「物語」を維持する必要があるのかもしれません。

 脱原発を望む人たちから見れば、これは「日本がここまで原子力に手を染めてしまった以上、そう簡単には原子力と縁を切れない」という現実です。

 もう少しポジティブに見ると、今後、中国等で次世代炉の研究開発が進み、安全で廃棄物の問題が少ない原発の時代が訪れるかもしれません。そうなったときに日本には原子力の技術も人材ももうありませんということではまずいので、今その技術を手放すべきではないという見方もできるでしょう。

 そういうわけで、筆者の現時点での結論は、現状の原子力産業には問題も多く、日本のエネルギー供給に原発が必要不可欠とは思わないが、今後も原子力とは何らかの形で付き合っていくしかないのでは、というものです。

 紙幅の都合で割愛しましたが、核燃料サイクルを諦めるか否かという論点(ここにも欺瞞が多い印象です)、防衛面に関わる論点も気になっています。

 今後、新たな知見や意見に触れることで、筆者の意見は変わっていくかもしれません。むしろ、自分の見方を一新するような鮮やかなビジョンを誰か見せてくれないかと思っています。

 原子力の問題に正面から取り組む政治家が日本にはほとんどいなかったことが指摘されています。自民党総裁選、立憲民主党党首選、そして衆院選を通じて、原子力に向き合う政治家のビジョンが聞きたいです。そして我々国民も、この問題に向き合って議論を深めていく必要があります。

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著者略歴

  1. 江守正多

    東京大学未来ビジョン研究センター教授。IPCC第5次及び第6次評価報告書主執筆者。

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