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世界 2018年6月号

世界 2018年6月号

■特集:メディア——忖度か対峙か

 2012年12月の第2次安倍政権成立後、メディアは政権にどう対峙してきただろうか。メディアを敵視し、あるいは高圧的に介入する政権に後退を余儀なくされ、吉田証言と吉田調書をめぐる「朝日バッシング」、テレビの情報・報道場組での看板キャスター・コメンテーターの相次ぐ降板などを経てさらに弱体化した。安倍首相と会食を重ねる大手幹部や政治部記者たちの存在が明るみになり、萎縮あるいは時の政権に忖度し、劣化するメディアへの市民の信頼は急落した。特定秘密保護法や安保法制が次々と成立するなか「表現の自由」もますます切り崩され、2017年の世界報道自由度ランキングは72位とG7の最下位に沈んだ。

 そのような中、3月の森友問題での「文書改ざん」報道、4月の加計問題での「首相案件」報道と「朝日」が立て続けてに特大スクープを放ち、他のメディアも活気づいて、メディア全体がようやく息を吹き返しつつある感がある。権力の監視という本来の職責をメディアが取り戻しつつあるのか。現場の踏ん張りが持続するためには、市民の後押しが不可欠である。

 一方、にわかに浮上したセクハラ財務次官問題は、「メディアにおけるMeToo」として、取材のあり方を含む構造的問題を問う機会へと発展するかもしれない。

 安倍政権が末期的総崩れ状態になりつつあるいま、メディアの存在意義が問われている。

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