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科学の名の下の「いじめ」

 まさかここまで何でもありとは。
 まさに「絶望的」という言葉しか思い浮かばなかった。
 
 確かに、大島裁判長の訴訟指揮は当初から疑問を抱くようなものだった。
 「もしかしたら」という不安もあったが、まさか、ここまで乱暴な決定を書くとは想像していなかった。
 裁判所に期待されている公平さや事実に向き合う正直さ、権力に屈しない勇気などを全て捨て去った決定だ。
 
 本田鑑定について言えば、この決定はまるで教師が生徒のいじめに加担し、いじめを正当化したようなものだった。
 
 
検察側鑑定人の不作為
 
 東京高裁での4年間は、全て本田教授がDNA鑑定の前処理として使用した手法の検証に当てられた。
 弁護団は、この手法の当否は結論に影響しない、と繰り返し主張した。
 しかし、裁判所は、弁護団の反対を押し切り、この手法の当否が判断に直結するという強い考えの下、検証を推し進めた。
 
 ところが、検証実験をするはずだった検察推薦の鑑定人(以下「検察側鑑定人」)は、実験に1年6カ月もかけた上、裁判所の求めた鑑定事項を行なわず、この手法に対して独自の否定的な見解を述べた。
 ただし、この否定的見解によっても、本田教授の手法の有害性を証明したり、有効性を否定したりすることはできなかった。
 
 その一方、この4年間に、本田教授の手法の有効性は海外の国立研究所により追試されて国際科学論文に発表された。
 
 更に、検察側鑑定人が、全く検証を行なっていないことが明らかになったため、弁護団は、自らこの手法を実証することとした。
 検察側鑑定人がきちんと検証実験をすれば必ず有効性が確認できると確信していたが、その実験自体が行なわれていなかったから、やむを得ず自ら実験して大島裁判長たちに見てもらおうとしたのだ。
 実は、私自身が実験をしたが、まさに百聞は一見に如かず、だった。しかも、実験にかかった時間はたった9時間だった。
 こんなに単純(と言っては本田教授に失礼かもしれないが)で、誰にでもできる実験に1年6カ月もかかるはずがない。
 
 その結果、さすがに大島裁判長も、手法の有効性は否定できなかった。
 ところが、それにもかかわらず、「手法に使われている試薬(レクチン)にはDNA分解酵素が入っている」という、証明もされていない検察側鑑定人の意見を取り上げて、そのような試薬を使う人間の行なったDNA鑑定だから疑わなければならない、というとんでもない理論を持ち出した。
 検察側鑑定人が上記意見の根拠にしたのは、レクチンを使うとDNAが減るという自身の実験結果だが、これは本田教授の実験により別の説明がされているし、そもそもDNAが減るのはこの手法が有効であるとすれば当然起こる現象だ。
 
 
不公平な審議
 
 高裁は、鑑定人尋問で完敗した検察が3者協議最終日に提出してきた大量の「意見書」をも利用して、本田教授を批判した。
 尋問直前に出した意見書を元に本田教授に質問しようとした検察官を制限しながら、これらの証拠を使うのは手続き違反だ。
 なぜなら、本田教授に反論の機会も与えず無条件に意見書を使って本田教授を否定しているからだ。
 
 また、海外研究機関や弁護人の再現実験で有効性が確認されている点については、①本田の指導の下行なっているから信用できない、とか、②古い血痕と唾液を混ぜていない実験だから関係ない、などという。
 
 しかし、①は、全過程をビデオ録画までしている実験に対する批判としてあるまじき批判だ。
 
 また、②については、それこそ、検察側鑑定人が裁判所から行なうよう命を受けていたものだ。
 それを同人が行なっていないというのに、なぜ、こちら側に非難の矛先を向け、こちらに不利に使うのか。
 開始決定を否定するために選択的抽出法の有害性を証明しなくてはならないのは、検察側であり、その命を受けた検察側鑑定人がこれを行なわなかったのであれば、否定されるべきは、検察の主張であろう。
 それに、大島裁判長は、DNA分解酵素が入っている手法を使う本田が信用できない、と述べて手法の原理を批判しているのだから、手法の原理を証明している研究所の批判としては、論理のすり替えだ。
 
 何より許せないのは、「データや実験ノート等を保存せずにすべて消去している」という、事実に反した本田教授に対する誹謗中傷だ。
 
 地裁及び高裁においては、2度にわたり本田・山田両鑑定人に対して、詳細な求釈明が行われた。
 地裁・高裁を通じて、両人に対してデータ等の提出が求められたのはこの2回のみである。
 
 本田教授は、1回目の求釈明で求められたデータは全て提出した。
 
 また、2回目の求釈明については、「血液型」のDNA鑑定のチャートのうち3つが「見当たらない」と回答しているのみで、それ以外の求められたデータは全て提出している。
 ちなみに、「血液型」検査は、補足的に実施しただけのもので今回の鑑定結果とは何の関係もなく、地裁・高裁を通じて争点にすらなっていない。
 
 他方で、山田教授は、DNA検査を行ったチャートを元々一部のみしか提出しておらず、対照試料のチャートすら提出していなかった。
 さらに求釈明においてこれらのチャートの提出を求められると、「鑑定に必要なチャートは添付済みと解釈しています」と回答してチャートの提出を拒んだ。
 
 以上の通りで、結局、本田鑑定人は、求められたデータをほとんど全て提出しているのであって、消去しているというのは事実ではない。
 データを提出していないのは山田教授の方だ。
 それなのに、山田教授を無条件に信用して本田教授にこの様な批判をするのは信じられない行為だ。
 ダブルスタンダードそのもので、これでは何をやっても無駄だろう。
 
 また、「実験ノートを消去している」という点も、事実に反する。
 
 本田教授は、地裁段階から、鑑定は機械的に行うので、試料の標記などは直接チューブなどに記載するから実験ノートは作成していない、と説明している。
 消去などしていない。
 
 実際に山田鑑定人から提出されたメモにも、試料のPCR設定条件程度が記載されているだけであり、鑑定書にある以上の記載はない。
 
 実験ノートは作成するほどのものではないのだ。
 
 ところで、 決定を読むと、「データ」というのはデジタルデータのことを指すようにも読める。
 しかし、まずもって、地裁・高裁を通じてデジタルデータの提出が求められた事実はないので、なぜこのようなことが書き方をしているのか理解できない。
 
 そもそも、デジタルデータは、特別なソフトウェア、機器、設定が必要であって、通常の写真やファイルのように、裁判官・検察官・弁護人がパソコン上で見られるものでもない。
 
 だからこそ、有罪証拠のDNA鑑定が問題になっている事案ですらデジタルデータの提出などされたことがないのである。もちろん、本田教授自身、これまで数えきれないほど行っている検察側DNA鑑定でデジタルデータの提出など求められたことはない。
 
 したがって、検察側鑑定でも本件の様な裁判所の鑑定でも、全ての資料の提出が終了した後までも、デジタルデータ自体を敢えて保存しておくということは無く、鑑定以外のデジタルデータと同様に順次削除等している。
 
 本件でも、鑑定が終了して既に7年が経過しており、提出を求められてもいない中でデジタルデータを保存する理由はない。
 高裁の尋問で検察官に初めてデジタルデータのことを聞かれた本田教授は、その様な意味の回答をしただけである。
 
 そのやり取りをもってあのような決定を書いているのだとすれば、悪意に満ちている。
 
 本決定後、本田教授によって、実際には多くのデジタルデータが保存されていることが確認された。
 
 結局、決定の「データ」がデジタルデータの話であっても明らかに事実誤認だし、通常およそ提出されず、かつ、提出を求められてもいないデジタルデータを仮に本田教授が削除していたとしても、大げさにあげつらって批判されるようなことではない。
 
 大島裁判長は、その他、カラーチャートがないなどと、言いがかりとしか思えない理由を述べる。
 
 しかし、カラーチャートのことなど、尋問で何気なく大島裁判長が聞くまで、誰も気にしていなかった。
 
 本田教授もカラーチャートを提出しているとばかり思っていた。
 
 それで、いきなり「とっておいてないですか?」と質問された本田教授が、「ない、と思います。すみません」と答えたのだ。
 
 裁判官は、カラーチャートを見たいなら、なぜ正式に探して提出するように求めなかったのか?
 弁護人は、「裁判所で何か必要であれば、地裁のように本田教授に請求してください」とはっきりと伝えていたし、その記録も残っているのに。
 
 実際、決定後に本田教授は、カラーチャートを探し出して発見している。
 正式に求められれば、本田教授も再度資料を探し、提出できた。
 にもかかわらず、大島裁判長は、そのような請求もしないまま、騙し討ちのような質問をして本田教授を断罪している。
 
 非常に不公平である。
 
 
人権の砦たれ
 
 決定は一事が万事こうである。
 
 高裁では、検察官から「専門家」と言われる人達の多数の「意見書」が提出された。
 しかし、その中身は本田教授の人格非難を行なっているだけの目を覆いたくなるようなものだった。
 まるで専門用語を使った高尚ないじめのようだった。
 よもや裁判官がこのような行為に加担するとは思わなかった。
 ただただ悲しい。
 
 裁判官は、証拠は5点の衣類だけだ、と言った。
 それならば、5点の衣類がなければ袴田さんは無罪になったということだ。
 ところが、立証には問題がなかったので、捜査機関には証拠をねつ造する動機はなかったという。
 矛盾だ。
 それを言うのであれば、本田教授には、鑑定を偽造する動機など一切ない。
 「良心に従って鑑定を行なう」、という自らの信念を守る以外に本田教授には何の利益もないのだ。
 
 高裁での審理は、左右の陪席裁判官が1年ごとに交代する異例の状況の下行なわれた。
 このことから、今回の決定は「最高裁の意向」だというまことしやかな噂もある。
 私自身は、そのような噂は信じたくないし、裁判所が人権の砦だと信じたい。
 その噂が正しいかどうかは、最高裁自身が示すことになる。
 万一、最高裁が真実から目を背ければ、一度は釈放された冤罪被害者が再び拘留され死刑台に戻るという、世界的に例を見ない異常事態になる。
 日本の司法制度は機能停止しているといわれるだろう。
 最高裁が当たり前の判断を当たり前にしてくれるように心から祈っている。

著者略歴

  1. 角替清美

    弁護士。1972年、静岡県生まれ。三島北高校からアイオワ州立大学卒業。2008年、弁護士登録。沼津市で、セラ法律事務所開業。

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