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午前1時のメディアタイムズ

〈特別公開〉第3回 「MAGA左翼」の衝撃(若林 恵)

『世界』2025年6月号収録の記事を特別公開します。


 今年の三月一四日、左派の人気ホスト、ビル・マーが司会を務めるHBOのトーク番組「Real Time」に、バティア・アンガー・サルゴンがゲスト出演し、大きな物議を醸した。 

 サルゴンは、左派からMAGAへと転向したジャーナリストで、沿岸部のエリートが称揚してきたリベラル政権が、労働者階級/中産階級をいかに痛めつけてきたかを没落する側から描いたルポ『Second Class: How the Elites Betrayed America’s Working Men and Women』(二等市民―エリートはいかに労働者階級を裏切ったか)で知られる。 

 ビル・マーは、かねてから保守・共和党陣営やMAGAを冷笑し、茶化すことを得意としてきた、MAGAからすれば鼻もちならないトークショーホストだが、昨年の民主党の惨敗後、民主党陣営の無策に対して批判的な姿勢も見せ始めている。 

 とはいえ、マーの意地悪な芸風は変わらない。サルゴンを「保守系共和党支持者」と紹介し番組に迎えいれると、すぐさまこう質問を浴びせた。「トランプ政権が始まって二カ月ほど経つけど、そろそろトランプに票を入れたことを後悔してない?」。 サルゴンは即答した。「いいえ、むしろ誇りに思ってるくらいです。トランプは有権者に対する約束を実行していますから」 

 サルゴンは、トランプの約束には、三つの柱があると語る。ひとつ目が、これまでの共和党の保守主義を穏健化し、同時に、行き過ぎた進歩主義を穏健化すること。ふたつ目は、外交における介入政策をやめ、反戦の立場をとること。そして三つ目が、自由貿易/自由市場改革を推進する政策をやめ、保護主義へと転換を図ることだ。 

 この三つの方針は、「約束」である以上にMAGA支持者の「願い」でもあるが、サルゴンはこの時点では約束通り遂行されていると評価した。物議を醸したのは、彼女が自身の政治的ポジションを改めて説明した一幕だった。 

 「トランプの政策は、本来であれば民主党が支持してきた政策です。わたしは保守系共和党支持者ではありません。ずっと左派でしたし、いまでもそうです。わたしは、MA 

GA左翼なんです」。ビル・マーは、想定外の言葉にたじろぎ、「そんなバカな」と応えることしかできなかった。 

ホワイトリベラルの欺瞞 

 MAGA左翼。もうちょっと説明しよう。サルゴンの説明で一番左派を逆撫でするのは、おそらく一番目の「穏健化」の部分だろう。この点についてサルゴンは例として、トランプ政権の財務長官スコット・ベッセントがオープンリーゲイであることを挙げ、ベッセントがアメリカの政治史上最高位についた同性愛者だと説明している。また、中絶の問題についても、一定の例外を認める点をして共和党の強硬派と比べて穏健化したとする。行き過ぎたDEI(多様性・公平性・包摂)については番組で言及しなかったが、数年前までトランプ嫌いだった進歩主義者をMAGAへと傾斜させた契機を、彼女にインタビューしたFOXニュースの記事はこう伝えている(二〇二五年三月二一日)。 

 「反トランプ症候群」からの劇的な転向を引き起こしたのは、トランプ本人に関する出来事ではなかった……きっかけとなったのは、二〇一八年のイェール大学の研究だった。それによれば、白人リベラルは有色人種と話すとき、白人保守派よりも言葉を易しく、単純化して使う傾向が強いのだという。 

 「それを読んだとき、本当にショックでした。なぜなら、それが真実だとすぐにわかったからです」とサルゴンは振り返る。「それはわたしが身を置いていた環境だけでなく、世界の見方そのものに対する告発でした。当時のわたしの世界の見方は、調査で明らかになった白人リベラルの差別的な振る舞いと同じ考えに基づいていました。つまり黒人やヒスパニックはわたしたちより劣っていて、助けが必要だという考え方です。最悪ですよね。でも、進歩主義運動全体がまさにその考えに基づいているんです」 

 この調査を行なったイェール・マネジメントスクールの組織行動学准教授(当時)、シドニー・デュプリーは、調査結果を「不都合な驚き」と呼び、「善意であっても、それは見下した態度と受け取られかねない」と語っている。サルゴンは、この調査から、白人エリートの進歩主義に潜む温情主義や欺瞞を悟ったわけだが、彼女に言わせれば、こうした「エリートの上から目線」は、民主党の経済政策に強く表れている。 

 一九七〇年代にはアメリカのGDPの七〇%を中流階級が生み出していたのに対し、現在は、上位の二〇%が五〇%を生み出すにいたっている。それは、国の富が上位の二〇%に吸い上げられ、中産階級が底辺へと押しやられたことを意味する。ところが、民主党の政策は、底辺に押しやられた層に社会保障を与えることで、その地位に留め置こうとし、自力で富を獲得する機会を奪っている。彼女はそこに「善意の上から目線」を見る。「ワーキングクラスは生活保障を求めているわけではありません。自分で働いて自分や家族を豊かにしていきたいのです」 

 サルゴンは、移民労働力の流入を許すオープンボーダー政策や貿易自由化政策も、同じ観点から批判する。彼女に言わせれば、多くのアメリカ人が抱えるこうした思いが理解できないのは、沿岸部のエリートたちだけなのだ。 

移民労働者は奴隷か 

 民主党支持者にとって都合が悪いのは、トランプが実施した国境封鎖、移民労働者の削減、自由貿易の否定、関税の有用化といった政策が、そもそもバーニー・サンダースからナンシー・ペロシまで、かつては民主党議員らが支持していたものであることだ。X上では、民主党の政治家が、移民労働はダメ、関税をもっとかけろ、と主張している過去の動画が盛んに出回っている。 

 さらに、共和党の狂犬マージョリー・テイラー・グリーンの民主党側の好敵手として左派から期待を集める議員ジャスミン・クロケットが、お得意の「ゲットー」な口振りで問題発言をして炎上した(クロケットはスラングを多用しストリート感を演出することで注目を集めてきたが、実際は名門女子高校の出身)。 

 「移民労働者は綿花を摘むのに必要なの。だってしょうがないでしょ。あんたらみんな、ちょっと生活がよくなると誰も綿花を摘んだりしないんだから」 

 クロケットのこの放言に対して、「今どき綿花を摘むのは機械がやってるよ」とか、「移民の多くが就いているのは農業ではなくサービス業だよ」と、さまざまな突っ込みが入ったが、いずれにせよ、かつて奴隷によって支えられてきた仕事が、移民に置き換えられていると認めることは、暗に現在の経済システムが奴隷労働によって支えられていると語るに等しい。いまどきの経済はそういうものだと認めたとしても、その推進を謳うのは、少なくとも左派の政治スタンスでないだろう。むしろ「新自由主義」と呼ばれる考えに与することになるはずだ。 

中道という問題 

 左派/リベラル陣営で起きているこうした混乱をうまく説明してくれるのは、『ブルシット・ジョブ』などで知られる文化人類学者、故デヴィッド・グレーバーだ。 

 一時アナキストを自称していたグレーバーは、極左と呼んでもいいほどの左派だが、彼は、現在の政治の主流をなし政治を破壊しているのは「中道=センター=リベラル」、もしくはそれが過激化した「エクストリーム・センター」だと警鐘を鳴らしている。二〇二〇年に発表された「中道、自爆する」という論考で、グレーバーは英国労働党を題材にこう書いている(“The Center Blows Itself Up” The New York Review of Books)。長いが引用しておこう。 

 二〇一五年当時、労働党には本質的にふたつの主要な派閥が存在していた。ひとつは、企業寄りの「ブレア派」で、彼らは党内の権力機構の大部分を掌握していた。もうひとつは、妥協に妥協を重ねる社会民主主義的な「ソフト左派」だった。……ブレア派は英国政治のプラグマティックな「中道」を形成すると見なされていた。 

 この「中道」はいくつかの広範な合意に基づいており、そのどれかに異を唱えれば、メディアによって「変わり者」から「狂人」の間のどこかに位置付けられることとなった。その合意とは、第一に、国家経済は引き続き金融、建設、不動産によって牽引されるべきである。第二に、公共サービスは徐々に資金を削減されるか、民間委託されることで財政均衡を図るべきである。第三に、公共資産は完全に民営化されるのではなく、国民保健サービス(NHS)や高等教育のような大規模機関は、トップダウンの官僚制度と「市場原理」のハイブリッドとして運営されるべきである、といったものだ。 

 パブリックとプライベートのこうしたハイブリッド化は、サッチャー、ブレア、ブラウン、キャメロンによって推進され、いまや世界のほぼいたる所で一般的になっているが、どこで導入されても同じ結果をもたらす。つまり、ほとんどの人びとが、ますます多くの時間を書類記入に費やすことになるのだ。……市場原理と規制を同時に推進することが、概ねこの「中道主義」と呼ばれるものの本質である。……知識階級の間では、この枠組みから大きく逸脱する政治家が選挙に勝つことは不可能だという絶対的なコンセンサスが出来上がっていた。 

 この記述をアメリカの民主党に当てはめてみると、事情はだいぶはっきりする。民主党内の「左派」に該当するのはバーニー・サンダースだが、選挙を前にして党内からの排除工作によって失墜したのは、首相になる直前で放逐された英国の労働党党首ジェレミー・コービンと同じだ。「中道=リベラル」はアメリカでも英国でも似たやり方で党内の左派ポピュリズムを屈服させつつ主流化したが、グレーバーがこの論考でアメリカにおける中道の象徴として挙げるのは、誰あろうバラク・オバマだ。 

 英国の中道が夢見ていたのは「英国版バラク・オバマ」を見つけることだった。あたかもビジョンを持っているかのような身ぶりや口ぶりを完璧に体得し、誰もそのビジョンの中身を問いたださない(なぜならそのビジョンとは「ビジョンを持たないこと」だからだ)ような指導者だ。 

 オバマは、長いこと左派のアイコンとして絶大な影響力を誇ってきたが、MAGA界隈では、その威光は地に堕ちて久しい。シリアやリビア、ウクライナで政権転覆を仕掛け、金融危機においては銀行に味方し、人種間対立を促進し(「Race」「Racism」の語の流通量はオバマ政権下で急増しはじめたとされる)、中産階級の没落を黙って見すごした企業優先の「グローバリスト」という評価は一般化している。右派に人気の高い黒人経済学者トーマス・ソーウェルをして「史上最低の大統領」と言わしめたほどだ。 

 前記のグレーバーの論点からすると、いまアメリカの人びとが批判的に注視すべきは、新自由主義と官僚主義とが手を組んだ新自由主義的テクノクラート、つまりは「中道」だということになるのだが、アメリカでは、なぜかこの論点がうまく作動しない。 

新自由主義の最初の犠牲者 

 その原因として考えられそうなヒントを、ここでもグレーバーが三つほど授けてくれる。 

 まず彼は、「リベラル」の語が、英国・欧州とアメリカでは異なることを指摘している。英国や欧州では、「中道」は、古典的な意味の「自由主義」を表す「リベラル」と置換可能な言葉とされているが、アメリカでは「リベラル」の語に社会民主主義的なニュアンスが含まれ「左派」と置換可能なものになっているため、混乱が起きているというのだ。ちなみにアメリカでは、「古典的リベラル」は、「リバタリアン」の語に代替されたとグレーバーは説明する。 

 またグレーバーは、アメリカでは「新自由主義」の語がほとんど浸透していないとも語っている。グレーバーがこのことを指摘したのは、二〇〇九年の論考「新自由主義、あるいは世界の官僚化」においてだが(“Neoliberalism, or The Bureaucratization of the World” The Insecure American)、現在でもこの状況は、大きくは変わっていないように見える。アメリカ人に新自由主義を説明するためには、「自由貿易、自由市場改革、グローバリゼーションといった明らかなプロパガンダ用語に頼らざるを得ない」とグレーバーは言う。たしかに、冒頭でサルゴンが説明したアメリカの経済状況は、新自由主義経済の帰結だと手短に言ってしまえるはずのものだが、サルゴンや彼女に近い立ち位置の者が「新自由主義との戦い」を語ることは稀だ。彼女らの標的はどこまで行っても「リベラル=左派」なのだ。ちなみにグレーバーは、アメリカ国民は「新自由主義の最初の犠牲者」だと語っているが、痛ましいことに、アメリカ人にはその自己認識がほとんどないとしている。 

 さらに、グレーバーは『官僚制のユートピア』の中で、アメリカ人は極めて官僚主義と相性がいいにもかかわらず、そう認識していないとも指摘している。 

 左派とリベラルがほぼ同義で、新自由主義というイデオロギーに馴染みがなく、かつ自分たちは官僚主義とは無縁だと思いたがる。この三つの盲点が重なることで、中道の脅威が見えなくなる。グレーバーの指摘から、そんな仮説を組み立てることができそうだが、重要なのは、これによってより大きな混乱に見舞われているのは民主党支持者だということだ。 

 MAGAはといえば、新自由主義者を「グローバリスト」、蔓延する官僚主義を「ディープステート」と呼ぶことで、オバマに代表される「中道」の存在の特定において左派より一歩先んじている。「MAGA左翼」といった新語が飛び出してくるところからも、混乱に対して自らの立場を絶えずキャリブレーション(エンジニアリング用語で計測機器の誤差を修正したり、調整したりすること)しているさまを見てとることができる。 

 そんな中、目下の最大の問いは、グレーバーの言う「エクストリーム・センター」とトランプがどこまで本気で戦うつもりがあるのかだ。残念ながらサルゴンが挙げた三つの約束は、すでに大きくぶれ始めている。これまでの成り行きを見るにつけ、これがぶれるときは決まって、中東のある国が関わっているようにも見えるが、以前書いたとおり、そこにMAGAの分断線があるのだとすれば、三つの「約束/願い」は少なくとも、トランプ政権と支持者の距離を測るための、いい物差しにはなるのだ。 

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著者略歴

  1. 若林 恵

    編集者・黒鳥社コンテンツ・ディレクター。著書に『会社と社会の読書会』(共著)、『さよなら未来』ほか。

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