異常高温の脅威 いのちをまもるための行動(高村ゆかり)
※『世界』2025年8月号収録の記事を特別公開します。
世界気象機関(WMO)によると、2023年の世界の平均気温は、観測史上最も高く、工業化前と比べて1.45℃高かった。2024年は工業化前と比べて1.55℃高く、1.5℃を超えた最初の年を経験した。2015〜2024年は観測史上最も気温の高い10年でもあった(1)。日本の平均気温も、1991〜2020年の30年平均値と比べて、2023年は+1.29℃、2024年は+1.48℃で、統計を開始した1898年以降最も高い値を記録し、更新した。2025年1〜4月の世界の平均気温は、観測史上最も高い水準を記録した2024年の水準を下回りつつも、工業化前と比べて1.5℃を超えるような水準で推移している(2)。記録的に高い水準で推移する気温の上昇は、気候変動を背景にしていると評価されている。
異常高温による熱中症リスク
日本国内では特に夏の気温上昇が大きい。日本の夏(6〜8月)の平均気温は100年当たり1.31℃の割合で上昇しており、特に、1898年の統計開始以降、2023年、2024年は、1991〜2020年の30年平均値と比べて+1.76℃と、観測史上最も「暑い夏」であった(3)。気象庁の見通しでは、今年の夏(6〜8月)も平年より気温が高くなる確率が高い。記録的な高温を記録した2023年、2024年の経験をふまえても、私たちの健康への影響が懸念される。
熱中症の疑いによる救急搬送者数(消防庁)は、2023年は、5〜9月で9万1467人(7月に3万6549人、8月に3万4835人)、2024年は、前年を上回り、5〜9月で、9万7578人(7月に4万3195人、8月に3万2806人)で史上最多を記録した。熱中症による死亡者は、2018年以降、新型コロナウイルス感染症の影響下にあった2021年を除くと、毎年1000人を超える人のいのちが失われており、2022年は1477人が、2023年は1651人が亡くなった。2024年の死亡者数の確定値は2025年9月に発表予定だが、2000人を超えると見られている(4)。2024年7月の異常な高温は、人為起源の地球温暖化が無かったと仮定した条件下ではほぼ発生し得ない現象であったと推定されている(5)。今や気候変動によって引き起こされる夏の高温は、まさに大災害級の被害をもたらす、私たちのいのちの脅威である。
暑熱は高齢者や子どもに大きな影響
熱中症の影響は、高齢者や子どもなど暑熱の影響を受けやすい人びとに表れやすい。熱中症死亡者のうち高齢者(65歳以上)の占める割合は、近年は全体の8割を超えており、2023年の熱中症死亡者の83%を占める。熱中症救急搬送者のうち高齢者の占める割合は54.9%である。高齢者は、体内の水分量が相対的に少なく、発汗量、血流量が少ない。暑さに対する体の調節機能や感覚機能が低下し、また循環器疾患や腎機能低下の持病があることも多いことなどが理由だ。また、子どもも体温の調節能力が十分に発達していないため熱中症のリスクが高い。気候変動と健康について研究を進める東京科学大学の藤原武男教授らのチームの研究は、暑さ指数(WBGT)が高かった日の翌日に妊婦の常位胎盤早期剝離リスクが一時的に上昇すること、猛暑だと早産のリスクが上昇すること、気温が上昇すると子どもの腸重積症や川崎病の入院リスク、アナフィラキシーや喘息による入院リスクが上昇することなどを明らかにしている(6)。
労働災害となる熱中症
夏季の職場での労働者の熱中症の発生状況を見ると、2018年以降、新型コロナウイルス感染症の影響下にあった2021年を除くと、毎年800人以上の死傷者が発生している。2023年に職場で熱中症になって4日以上職場を休んだ人は1106人、そのうち31人が死亡した。2024年も同様で、死亡者は3年連続30人以上となった。近年は労働災害による死亡者数全体の約4%を占めるまでにもなっている。熱中症は死亡に至る割合が他の災害の約5〜6倍と高く、死亡者の約7割は屋外で作業を行う労働者である(7)。
こうした事態をうけて、厚生労働省は、2025年4月15日、職場における労働者の安全と健康を確保するため、労働安全衛生法に基づき定める労働安全衛生規則を改正し、6月1日から職場で適切な熱中症対策を取ることを企業に義務づけた。2020〜2023年の職場での熱中症死亡者100人のうち、97人が、発見の遅れや対応の不備・遅れなどが原因と分析している。熱中症のおそれがある労働者を早期に発見し、迅速かつ適切な対処により熱中症の重篤化を防止するため、「体制整備」「手順作成」「関係者への周知」を事業者に義務づける。事業者は、①熱中症の自覚症状がある作業者や熱中症のおそれのある作業者を見つけた者が報告するための体制整備及び関係作業者への周知、②熱中症のおそれのある労働者を把握した場合の事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等や重篤化を防止するために必要な措置の実施手順の作成及び関係作業者への周知を行うことが求められる。熱中症のなりやすさを示す暑さ指数(WBGT)28度以上又は気温31度以上の環境下で、連続1時間以上又は1日4時間を超えて実施が見込まれる作業が対象となる。
高温による食料生産へのダメージ
異常な高温は、私たちのいのちや健康を支える食料生産にも影響を与えている。2023年を対象にした農林水産省の「地球温暖化影響調査レポート」(8)によると、高温による白未熟粒の発生による影響が、北日本・東日本で2022年よりも大きく5割程度で、西日本でも4割程度でみられた。白未熟粒は、イネが高温などの条件に遭遇すると、デンプンの蓄積が不十分で白濁するものだ。高温による「粒の充実不足」「虫害の発生」「胴割れ粒の発生」などによる影響もみられ、特に2023年は記録的な猛暑の影響により収穫量が減少し、品質の確保が困難で、水稲うるち玄米の一等比率も特に東日本を中心に2021年、2022年を下回った。こうした高温や豪雨などの災害が米の供給に影響を与え、昨今の米の需給問題の一因であると見られている。
食料危機は社会的弱者に大きな影響
東京科学大学未来社会創成研究院ウェルビーイング創成センターが、全国1万人を対象に2025年2月に行った世論調査を基に作成されたレポート「日本におけるフードセキュリティの実態と気候変動対策への支持」(9)では、経済的な理由で健康的な食料を十分に継続的に取ることができない「食料危機」を経験した層が全体で43.8%を占め、特に男性、若年層、非都市部、東北・九州地方、貧困層に多かった。「食料危機」経験者の18.2%が「これまでに異常気象の影響で体調を崩したり、怪我をして入院や受診をした経験がある」と回答しており、「食料危機」未経験者(7.5%)の2倍以上にあたる。経済的な理由で食料の買い控えを経験した人びとは、異常気象の影響も受けやすいことを示唆している。
暑い夏からいのちと健康を守る
今年も暑い夏となると予測されており、私たちのいのちと健康を守る行動が必要だ。その影響が社会の中で弱者に深刻に表れることを考えると、社会全体での影響への対処が必要となる。特に高齢化が進展する日本にとって極めて重要だ。気候変動適応法に基づき、国は熱中症特別警戒アラートを発出するほか、市区町村長が住民などに開放する「指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)」を指定することを支援する。屋外で作業に従事する農業者など、第一次産業従事者は高齢化も進む。こうした人びとへの周知と対策も必要だ。
同時に、私たちが温室効果ガスの排出を削減できなければ、異常な高温の頻度と高温の水準が将来さらに大きくなると気候科学が予測していることも忘れてはならない。直面する暑い夏からいのちと健康を守るとともに、激動する国際環境のもとでも将来の気候変動の影響をできる限り抑えるために排出削減をいかに実現するのか知恵を絞る必要がある。
(1)WMO, WMO confirms that 2023 smashes global temperature record, Press release, 12 January 2024.WMO, WMO confirms 2024 as warmest year on record at about 1.55°C above pre-industrial level, Press release, 10 January 2025.
(2)Copernicus Climate Change Service (C3S), Copernicus: Second-warmest April globally - Global temperature still more than 1.5°C above pre-industrial, Press release, 7 May 2025.
(3)環境省「熱中症に関する最新の情報」(2025年3月19日)
(4)前掲註3及び朝日新聞「2024年の熱中症死者が過去最多 初の二千人超見込み、猛暑影響か」(2025年5月3日)
(5)気象庁「令和6年7月以降の顕著な高温と7月下旬の北日本の大雨の特徴と要因について」(2024年9月2日)
(6)朝日新聞「猛暑の健康被害、熱中症だけじゃない 妊婦・高齢者・子どもの注意点」(2025年6月18日)。原論文についてもURL掲載あり
(7)厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」(2025年)
(8)農林水産省「令和5年地球温暖化影響調査レポート」(2024年9月)
(9)東京科学大学未来社会創成研究院ウェルビーイング創成センター「日本におけるフードセキュリティの実態と気候変動対策への支持」(2025年5月)