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気候再生のために

トランプ2.0の気候変動対策(高村ゆかり)

『世界』2025年4月号収録の記事を特別公開します。


 一月二〇日、米国に再びトランプ政権が誕生した。就任即日、大統領は移民、国家安全保障、エネルギー、環境など広範な事項に関する大統領令を発したが、その一つが、バイデン前大統領によって発せられた七八の大統領令・覚書を廃止するもので、気候変動に関連するものも相当数にのぼる。トランプ2.0の下で、中国に次ぎ世界第二の温室効果ガス排出国である米国の気候変動対策はどうなるか、世界の排出削減にいかなる影響をもたらすのか。

パリ協定から再びの脱退

 大統領令では、トランプ1.0(二〇一七〜二〇二〇年)と同様、パリ協定からの脱退を表明、直ちに国連に通告することを命じ、一月二七日、脱退通告が国連に提出された。トランプ1.0では、政権内でも意見が割れ、脱退表明は二〇一七年六月となった。発効から三年経過しなければ脱退が通告できないというパリ協定の規定に基づいて、二〇一九年一一月四日、正式に脱退を通告し、二〇二〇年一一月四日、脱退が効力を発生した。しかし、脱退発効前日に行われた大統領選挙でバイデン氏が当選し、就任即日の二〇二一年一月二〇日、パリ協定を再締結した。それゆえ、米国の脱退は二カ月半ほどだった。パリ協定発効後の脱退通告は一年で発効し、米国は、二〇二六年一月二七日に正式に脱退となる。今回は三年ほどパリ協定に米国不在の状況が続く。

 パリ協定の親条約である気候変動枠組条約からの脱退も取り沙汰されたが、それは示されていない。ただし、パリ協定からの脱退や資金拠出の停止・撤回などの措置が完了後、追加的措置が必要かを検討することを大統領令は定めている。気候変動枠組条約は、議会上院の三分の二の承認を経て米国が締結した条約で、大統領の権限で脱退できるのか。米国法には明文の規定はなく、議会と大統領の権限関係にも及びうるため、訴訟が提起される可能性は高い。

途上国への資金支援停止

 同じ大統領令で、気候変動枠組条約の下での資金拠出の誓約を撤回した。たとえば、途上国の気候変動対策を支援する「緑の気候基金(GCF)」には、四〜五年に一度、全体で一〇〇億米ドル程度拠出されているが、オバマ政権時(二〇一四年)には二〇億米ドル、バイデン政権時(二〇二三年)には三〇億米ドルを拠出している。

 昨年一一月に開催されたCOP29では、途上国の気候変動対策への資金支援について、先進国が先導して二〇三五年までに少なくとも年三〇〇〇億米ドルという目標が合意されたが、この目標の達成にも影響があるだろう。資金不足から十分な対策をとることができない途上国も少なくない。途上国への資金支援は、途上国の対策水準を引き上げ、ひいては世界全体の削減水準を引き上げるためのものだ。地球規模課題である気候変動問題に国家間で協力して対処しようとする信頼関係を支えるものでもある。

 大統領令では、米国の利益に反する国連や国際機関からの離脱、資金拠出停止、支援見直しも発表した。国連人権理事会から離脱し、国連教育科学文化機関(UNESCO)への参加を見直す。世界保健機関(WHO)からは分担金の支払い条件次第で脱退する可能性も示唆している。気候科学の進展と科学に基づく政策形成のドライバーである気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の会合に米国は参加しないとの報道もある。

 国際関係にアメリカ第一主義を持ち込む政権の復活は、これから四年間、気候変動にとどまらず、国際協調が必要な場に大きな影響を及ぼすだろう。

米国の排出削減へのインパクト

 世界第二の排出国である米国の排出削減はどうなるのか。バイデン政権が進めてきた気候・エネルギー対策からの転換を明確に打ち出し、石炭など化石燃料の開発規制や環境規制の撤廃・緩和や、電気自動車(EV)購入補助金の打ち切り検討などが含まれる。風力発電向けの連邦政府管理区域の貸与を停止する措置は、特にこれから拡大を期待されていた洋上風力事業に大きな影響をもたらすことが見込まれる。

 米国の排出削減に与える影響が大きいのは、二〇二二年に成立したインフレ抑制法(IRA)だ。IRAは、再生可能エネルギー、クリーン水素、バイオ燃料などクリーンエネルギーの生産や投資、エネルギー効率の高い新築住宅、ヒートポンプなど省エネ設備導入、EV、燃料電池車の購入などについて税を減免して支援する。米国の二〇三〇年目標(二〇〇五年比五〇〜五二%削減)達成に必要な削減量の約八割はIRAによると見込まれていた。IRAの支援措置がすべて撤廃・廃止されると、IRAが続く場合と比べて、米国の排出量は二〇三〇年までの累積で、CO換算で四〇億トン増える見通しだ。他方、IRAの下で二〇二四年三月末までに表明された投資を見ると、共和党の地盤の強い州(二六八五億ドル)に、民主党の地盤の強い州(七七四億ドル)の三倍以上の投資をもたらしている。この八月には、一八名の共和党下院議員が下院議長宛に、IRAの廃止・改正を検討する場合には民間投資を損なわないよう税控除の継続を求める書簡を送っている。

 米国では、化石燃料の中でも燃焼時のCO排出量の多い石炭火力は既に価格競争力を失っており、その発電量はここ一五年減り続けている。オバマ政権発足の二〇〇九年に電源構成の四四%を占めていた石炭火力からの発電は、トランプ政権の二〇二〇年には一七%に減少した。米国の一次エネルギー消費においても、ガスが増える一方、石炭が占める割合はここ一五年減少し続けている。規制を撤廃しても石炭火力に後戻りする可能性は小さいだろう。他方、余剰となる化石燃料の輸出で米国外の排出を増やすおそれがある。

世界はどう動くのか

 こうしたトランプ2.0の動きに対して世界はどう動くのか。パリ協定脱退が続出するような可能性は低い。今年はパリ協定に基づいて二〇三五年の削減目標の提出が求められている。主要各国は、世界の平均気温の上昇を工業化前と比べて一・五℃までに抑えるという「一・五℃目標」をめざして削減目標を引き上げ、対策を強化する方針を変えていない。日本も二月一八日、地球温暖化対策計画を閣議決定し、その中で、二〇一三年度比で、二〇三五年に六〇%削減、二〇四〇年に七三%削減という目標を決定し、国連に提出した。これらの目標の水準が果たして一・五℃目標と整合的かはおいても、二〇五〇年カーボンニュートラル、一・五℃目標と整合的であるべきとの方針を国は変えていない。

 異常気象など将来に向けて深刻化すると予測される気候変動の影響への懸念も強い。加えて、日本を含め先進主要国を中心に、気候変動対策が産業政策として進められていることも、方針を簡単に変えられない理由だ。

 大変興味深いのは、エクソンなど米国の大手エネルギー会社の周りでは、米国がパリ協定から脱退せず残ることを望む声が聞かれるという点だ。一月二三日付けのロイター配信の記事によると、経営トップはコメントを避けたが、パリ協定内で米国の影響力があったほうがよいという意見とともに、政策が変わることが政策の不確実性をもたらし、その結果、民間企業の中長期の移行戦略に関わる不確実性を増し、新たな技術・事業の開発・投資に悪影響を及ぼすことが懸念されている。

非国家主体が先導する

 トランプ1.0では、州や自治体、企業、金融機関が気候変動対策を先導した。今回もパリ協定の脱退表明を受けて、ニューヨーク州、カリフォルニア州など米国の人口の五五%、GDPのほぼ六〇%を占める二四州の知事で構成される米国気候同盟は、排出実質ゼロに向けて対策を進めており、米国において気候変動対策は継続することを国際社会に伝えたいとの国連宛書簡を公表した。都市、企業、学校など五〇〇〇以上の非国家主体からなるAMERICA IS ALL INも、「米国の気候変動リーダーシップのバトンを引き継ぎ、クリーンエネルギー経済への移行を継続するために全力を尽くす」と発表した。トランプ1.0と同様に、ブルームバーグ慈善財団ほか米国の財団が、米国が気候変動枠組条約に支払うべき資金を代わりに支払うことを発表している。

 昨年一二月以降、ゴールドマン・サックス、ブラックロックなど米国の大手金融機関が排出実質ゼロをめざす金融機関・投資家の世界的連携(GFANZ)から脱退する動きもある。政権交代により、こうした連携への参加で、反トラスト法違反に関わる訴訟などのリスクが拡大することを懸念しての対応とみられる。一方、脱退した金融機関は、気候変動リスクを織り込んだ投融資方針は変わっていないと説明する。なお、GFANZも、企業単位ではなく、独立した経営トップからなる団体に移行し、資本の動員の障壁に対処することに焦点を置くものに再構成・転換する方向で検討されている。

私たちはいかに対応するのか

 トランプ2.0でも脱炭素に向かう動きは早々に後退するものではない。日本は、輸入化石燃料からクリーンエネルギー中心に転換する「GX(グリーントランスフォーメーション)」を推進し、気候変動対策を、産業構造の転換、産業競争力のための産業政策と位置づけている。

 気候変動対策は、まさに地政学リスクが高まる時代に、エネルギーの安定供給や安全保障を強化するものである。日本には、省エネ技術などで強みを持つ企業も多い。脱炭素の世界的な潮流を推し進めることが、市場拡大の機会にもなる。中長期的な視点で日本の国益を考えれば、米国に同調する必要はなく、気候変動対策を進めることに大きなメリットがある。

 国家間協力が難しい局面で、危機感を共有する国々と非国家主体が連携して、気候危機に対処する行動があらためて必要とされている。気候再生のためにいかに行動するか。この問いにいかに答えるかが、再び私たちに投げかけられている。

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著者略歴

  1. 高村ゆかり

    東京大学未来ビジョン研究センター教授。専門は国際法学・環境法学。

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