裁判所を大炎上させるくらいの世論を
袴田事件再審請求が東京高裁で棄却された一件。その経緯、問題点に関しては本誌『世界』でも専門家、関係者が縷々述べられておられましょうから詳細を省くが、有り体に申してこの期に及んでまたやらかしたか、高裁は! と憤慨すること、それこそ「半端ない!」わけです。
高校生の頃より世に何件か知られていた冤罪事件に興味を抱き、関係書を読み漁り、漫画家業に奉じて後は「冤罪File」(2017年休刊)に連載をもっていた私としても、どうにも怒りが収まらない。ましてや当の袴田巖さん、姉の秀子さん、事件弁護団や支援の方々の落胆、それに倍する怒りはいかばかりか。
その弁護団の報告会も兼ねた「くり返すな冤罪!市民集会Ⅱ」に参加すべく6月21日東京・文京区民センターへ。250名ほど収容可能な同センター最大の会議室はほぼ満員の状況。この集会では他にも係争中の冤罪裁判関連の報告、アピール等も組み込まれており、会議は和やかな中にも怒気を孕む、異様な熱気を帯びている。皆、思うところは同じで、裁判所は何を守ろうとして、愚にもつかぬ屁理屈を述べたて、しがみつくのか。そのもって行き場のない怒りを共有する場でもある。
実はこれはいささか皮肉めいた物言いで、本来ならば法廷が一義にその場でなくてはならないはずだ。そこで真実を見極めるべく、裁判官は汲むべきは汲む―だが、そんな当然なことがまかり通らないのが、裁判所の現状となっている。それを「司法の壁」と美称していてよいものか。
その点に関するふたつの重要な提言がこの集会にあった。
ひとつは井戸謙一弁護士による基調講演で述べられた、そもそも再審開始決定に対する検察官の上訴はゆるされるのか? との提言。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則に抵触するものとし、これを禁じる国も多いという。この無用の抵抗を出来ぬものとし、争うべき点があれば再審の場で展開すればよいとするもの。ただ局所的な証拠潰し(これとて相当悪辣で非論理的なものばかりだが)に終始し、判決の総合評価が欠落していると氏は厳しく断じた。
もう一点は西嶋勝彦・袴田事件弁護団長の報告にあった要求すべき改善点。結局この袴田裁判にしてもそうなのだが、再審開始吝かでなしとする裁判官と、頑に門を閉ざす裁判官、どちらが担当となるかで裁判の行方が大きく左右されてしまう。被告側はその人選にも一喜一憂させられるという現状なのだが、そもそもそれはシステムとして大いに欠陥ありというご指摘だ。
二点は一市民集会での提言にとどまる話ではない。進行中の冤罪事件に対応される一方で、このそもそも論に立ち返った改善がなされることを強く望みたい。
そして、話はこの市民集会から離れるが、今回の袴田事件再審請求が棄却されたことを報じた6月11日のNHK 7時のニュース。このたびの判決に関する有識者コメントとして、門野博・法政大学大学院教授にマイクを向けていたが、これは門野氏を知ってのブラックジョークか? なにせこの御仁、名張毒ぶどう酒事件裁判の第7次再審請求で、名古屋高裁が一度下した再審開始決定を、検察の異議申立を受けて撤回した、冤罪界では知らぬ者なきトンデモ裁判官だった方。よりによってこの御仁に袴田事件再審棄却の言を求めるとは。知っていて聞いたのならNHKもなかなかキツいことをする。
近頃、芸能人の某がけしからん発言をしたとかでネットがしばしば炎上するが、世の中もっと憤るべきことがある。この『世界』誌も今やWEB版があると聞き驚いた。
どうか冤罪事件をめぐる裁判にもっと憤ってもらい、裁判所を大炎上させるくらいの世論を喚起したいものだ。
〔本誌9月号記事より転載〕