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市民が凶悪犯に作り上げられるまで

布川事件の冤罪被害者で、現在は冤罪事件の支援活動などをおこなう桜井昌司さんに話を聞いた。警察が事件を作り上げ、それをもとに市民が凶悪犯になっていく足跡を追う――。 

 

◆布川事件とは?

 1967年8月30日の朝、茨城県北相馬郡利根町布川で、男性の他殺体が発見された。

 現場は玄関と窓に施錠がされ、勝手口はわずかに開いている状態だった。警察の捜査にもかかわらず、盗まれたものは判明しなかったが、現金や借用書などが盗まれた可能性があった。

 警察は事件当日の目撃情報から、当時20歳だった桜井昌司氏と杉山卓男氏を逮捕した。

 第一審(1970.10.6)の水戸地裁土浦支部は無期懲役、第二審(1973.12.20)の東京高裁では控訴棄却、最高裁(1978.7.3)で上告が棄却され、2人の無期懲役が確定した。

 再審第1回公判(2010.7.9)以降、6度にわたって公判がおこなわれ、2011年5月24日に判決公判で再審無罪。

 再審無罪まで44年間を要し、収監期間は29年間に及んだ。

 


 

桜井昌司さん

〈桜井昌司さん〉

 

警察の取り調べが冤罪を作るまで

――桜井さんは布川事件の冤罪被害者として警察の取り調べを経験しました。そのときに感じたことを教えてください。

 取り調べというのは、警察が真実を究明することだと一般的には思われています。しかしそれは違います。

 実際には、警察が考えていること、思っていることを事実として扱う場なんだと私は思っています。要するに、疑いをかけるのではなく、最初から被疑者を犯人と決めつけて調べているのです。

 布川事件は強盗殺人事件ですが、私は若いころに窃盗をはたらいたことがあります。もともとコソ泥をしていたこともあって、一気に犯人にされてしまったように思います。警察の取り調べは確証があってのものではなく、いわば確証なき確信によっておこなわれているように感じました。

 

――取り調べの様子について具体的にお聞きしてもよろしいですか。

 まず警察から突き付けられたのは、「杉山とお前が一緒にいたのを見ている証人がいるんだぞ」という証言でした。私と杉山は折り合いが悪くて、一緒に行動することは滅多にありませんでした。しかし、事件当日はたまたま一緒にいたんです。

 取り調べの時間は、朝から夜12時まででした。1回くらい、12時を超えたこともあったと記憶しています。取調官は、口調はそれほど強くないものの、こちらが言ったことを逐一否定してきます。アリバイなどについて話しても、「あなたが間違っているよ」と一蹴されるだけで、取り付く島もないのです。私は当時、警察が嘘を言うはずはないと信じていたので、自分の記憶の方が間違っているのではないかと思えてきました。

 また、何かを質問されて黙っていると「黙っているのは犯人である証拠だ。言い訳を考えているに違いない」と言われたこともあります。

 私が否認に転じたときは、「死刑になるかもしれないぞ。死刑になってから助けてほしいといわれても遅い」と言われました。私は当時20歳でしたから、「まだ若いんだから認めて、これからやり直せる」とも説得されました。

 

こうして犯人は社会化される

――多くの事件で警察の取り調べに対して被疑者が「自白」をしていますよね。犯行にかかわっていなければ自白はできないと思うのですが、いかがでしょうか。

 多くの人が自白した被疑者を見て「この人は犯人だから真実を知っていて、それを話した」と思うのは無理もないことです。しかし、実際には、警察の作ったシナリオに沿って犯人にされていくプロセスがあるのです。

 そのプロセスは、一問一答から始まります。

 たとえば「被害者の家に行ったときどうした?」「こんばんはって言いました」「それでどうした?」「家の人が出てきたんです」というように進んでいきます。

 それから「被害者は半袖だった?」などの質問が来て、事件当時は夏ですから普通に考えれば「半袖でした」と答えます。それから、色はどうだったとか、そういう質問が次々に来るのです。

 最も印象的だったやりとりは、「被害者は襟付きのシャツだった?」という質問でした。私は反射的に「ついていました」と答えると、警察官が「え、ついてたの?」と聞き返すので、これは正解ではないのだと思って「ついてなかったです」と供述を変えました。それがそのまま採用されたのですが、のちに、その部分は訂正されて、「被害者は襟付きのシャツを着ていた」と書き換えられました。

 このように、一問一答を通して、取り調べられる側が“正解”を当てにいくように誘導されて、調書が作られていき、最後に「犯人が自白した」とあたかも被疑者がひとりでにすべてを供述したかのように歪められて報道がされてしまいます。

 多くの人が、警察がおこなっている取り調べの実情を知らないのでそうした誤解が起きてくるのだと思います。

 

袴田事件 私はこう思う

――2018年6月11日に出た袴田事件についての高裁の判断をどのようにご覧になりますか。

 極めて不当でおかしいと思います。最初から結論を決めていてそこに落とし込んだようにしか見えません。本来、裁判官は事実を見ないといけないのに、その視点がなかったように思います。

 たとえばくり小刀で4人も殺すことができるでしょうか。ズボンよりもステテコの方にたくさん血がついているのも、普通では考えられない状況です。DNA型鑑定さえ崩せば勝てると息巻いていた検察官に乗っかった形ではないかと私は思っています。

 私もふくめて多くの冤罪被害者について言えることですが、警察の取り調べの中で見落とされてきた事実があまりにも多すぎます。証拠をきちんと精査すればそんな結論になるはずはないのに、犯人を決めてからシナリオを作っていくためにそこに符合しない証拠は強引に排除されていく。

 布川事件においても、野方にあったバーに立ち寄った時間を最終的には書き換えられました。もしもバーに立ち寄っていたら終電では行き着けなくなってしまい、犯行が成立しないからです。

 犯人を検挙して、治安を維持することしか警察は考えていません。そのときに出る犠牲についてはほとんど考えていないとしか思えない取り調べが横行している。そこに正義はあるのでしょうか。

 

――最後に、布川事件が桜井さんに残したものを教えてください。

 私は犯人としてでっち上げられた冤罪被害者です。

 しかし、もしも希望を持てるとすれば、冤罪被害を体験することでいろいろな視野が開けたことでしょうか。

 現在、国賠訴訟を闘う中で、ある警察官から「昔に不良だったんだからまともに働くはずはない」とか言われたこともあります(笑)

 でも今は、冤罪被害者の支援をおこなうなどして、人の役に立つことができている。

 それでも、私を疑っている人はいると思います。しかしそうした人たちに対しても、自分の生き方で無実を証明することができたらと思って日々生きています。

 それから、仲が悪かったのに数奇なめぐりあわせで同じく冤罪被害者となった杉山とは、社会復帰してからも事件について話したことはありません。別にこの事件がきっかけでお互いに仲良くなった、みたいな話もありません。けれども、私は杉山が犯人ではないことを知っているし、杉山もまた、私が犯人ではないことを知っている唯一の人間なんです。本当に不思議ですよね。

 

――本日はお忙しいところありがとうございました。

(聞き手=編集部・松崎一優)

著者略歴

  1. 『世界』編集部

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