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〈特別公開〉BTSが解放したもの

※『世界』2022年9月号収録記事を、特別公開します。

 2020年から新型コロナウイルス感染症の渦中にある世界は、戦争と反グローバリズムにのみ込まれつつある。グローバリズムというものを全て肯定するつもりはないが、昨今の反グローバリズムの動きが他者への恐怖と暴力を正当化する作用を備えていることだけは確かだろう。

 そんななか、それでも世界がグローバルにがっているという感覚をもたらす事象は依然として存在する。

 その一つが、BTS現象だ。2020年から6曲でビルボードのHOT100(シングルチャート)1位を、6枚のアルバムでHOT200(アルバムチャート)1位を達成したことをはじめ、世界中の音楽市場をぐグローバルな動きは国境が閉鎖されていたコロナ禍でむしろ強くなった。

 そもそもBTS現象とはいかなるものか。この問いが解き明かすのは、韓国政府の韓流政策でもなければ、韓国企業の世界戦略でもない。現象の主体は一貫してBTSとその公式ファンクラブ「ARMY」(「軍隊」と「若者を代表する魅力的なMC」という二つの意味をもつ)である。そして、その核心にあるのは、両者が様々な「闘い」を通じて築いてきたグローバリズム、すなわち「国を超えて地球全体を一体としてとらえる考え方や主義」(『広辞苑』)である。

 もはやBTSについて語ることは、世界のどこでも「いまここ」を共有することを意味するようになった。その繋がりは、どのようにして形成されたのか。そして、世界をどのように変えてきたのだろうか。

 

「K」の成功と限界

 ソウルの地下鉄。オレンジ色の3号線にある新沙駅の一番出口を出て5分ほど歩いたところで、BTSの歴史にとって重要な場所が現れる。BTSが所属する音楽事務所BigHitエンターテインメント(現HYBE)の最初の社屋だった小さなビルだ。BigHitが論峴洞にあるこの建物の2階を借りたのは2007年。BTSのメンバーは2010年から次つぎとここの練習生になり、2013年に「防弾少年団」という名前でデビューを果たすことになる。

 この旧社屋が位置しているのはいわゆる「江南」エリア。90年代から2000年代にかけて、K-POPが誕生した場所である。日本でも広く知られている音楽放送局Mnetや音楽事務所SMエンターテインメント、JYPエンターテインメントなどが、新たな中間階層と若者世代が集まる江南を拠点にしていた。

 興味深いのは、この場所が、それまで韓国の音楽産業を主導したどの拠点からも離れていたことだ(詳しくは『世界』2020年9月号~2021年2月号掲載の「ソウルの夢 グローバル都市をあるく」全6回を参照)。K-POPが生まれる過程は、したがって既存の文化権力や偏見などとの闘いを要するものだった。

 しかし、音楽事務所としてはその次の世代となるBig Hit所属のBTSがデビューした頃には、K-POP業界は既に世界的な規模に成長していた。一方では韓国の文化権力とのそれまでの闘いをつづけながらも、一方では幾つかの大型事務所を中心として自らの権力構造を築いていた。

 韓国語ラップを定着させたグループ「ソテジワアイドゥル」(1992年デビュー)の遺産を受け継いだ「ヒップホップ・アイドル」としてBTSが挑んだのは、その両方に対する闘いだった。既成世代と社会の不条理なシステムに対する若者としての闘いと、K-POPの権力構造に挑むアウトサイダーとしての闘い。自らが書いた歌詞がその日々の格闘を圧縮したメッセージならば、ソーシャルメディアはそれをリアルタイムで共有する日常空間だった。

 すると、それまでK-POP業界にとって未だ遠い市場だったアメリカをはじめ、世界中の若者たちが反応した。それはむしろ韓国国内よりも熱狂的なものだった。過酷な競争と埋められない格差、未来への不安を抱えていた若者たちが、BTSの物語を、国境と言語の壁を越えた普遍的なものとして受け入れ、共感したのである。日本デビューを果たした2014年度の売上実績により、日本ゴールドディスク大賞の新人賞(アジア部門)を受賞したのも、その一例だった。

 ARMYが巨大なファンダムへと成長していくにつれ、BTSもグローバルなファンとの普遍的な共感をより意識したポップスターへと進化していった。

 その普遍性は、一方でK-POPそのものを新しい道に導いた。K-POP業界からすれば2010年代半ばは、PSYの「江南スタイル」(2012年)の世界的ヒットなどにもかかわらず、「Kのジレンマ」とでも呼ぶべき大きな不安と限界を抱えていた時期だった。

 その原因は、日本と中国をはじめとする東アジア市場に依存した産業構造と、日中韓のあいだで高揚していたナショナリズムに対する危機感だった。じっさい、2012年からの日韓関係の急速な悪化、2016年の高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)配備による中国の「限韓令」(韓流禁止令)など、それらは実質的なリスクだった。

 BTSの進化は、この「Kのジレンマ」からK-POPを解放させていった。BTSは、グループを「多国籍メンバー」で構成するといった既存のグローバル化戦略とは大きく異なる道を選び、むしろそれまでのK-POPに欠けていると指摘されがちだった多様性を実現していった。

 こうした多様性と普遍性は、100以上の国と地域に存在するARMYとともにBTS現象の特徴となった。東アジア市場に偏っていた産業の構造も、発表した曲が100以上の国・地域のiTunesチャートで1位を獲得するなど、グローバル・マーケットにまで拡張された。ARMYのメンバーシップ登録が行われるプラットフォーム「Weverse」の登録者数(2020年現在)をみても、韓国(7%)、日本(5%)を含むアジア地域の割合は45%で、半分以上をアメリカ大陸・ヨーロッパ(38%)とその他の地域(17%)のファンが占めている。

 このグローバルなファンダムは、「グローバルに管理される消費者集団」などではない。ARMYは、ときには音楽事務所はもちろん、さまざまな権力とも闘いながら、BTSをめぐるあらゆる問題に対して巨大な集合知としての力を発揮する。この集合知は、ナショナリズムだけではなく、人種、宗教、ジェンダーなどに関わるさまざまな問題に対し、ときにはSNS上で激しく論争しながら、特定の集団間の対立を超えた知識と視点を共有する。したがって、一国の観点から歴史を否定したり、他者を攻撃したりすることは、この「グローバル・ヒストリー」の観点からなる集合知では許されない。

 つまり、K-POPが「Kのジレンマ」から解放されるようになったのは、「ナショナリズムというリスクを管理できるようになった」からではない。むしろ、グローバリズムの多様性と普遍性を強く意識するようになったことで、K-POPそのものが変わっていったというべきだろう。

 

トランプ時代の「ポップ」

 BTS現象を、アメリカを中心とするグローバルな音楽業界の文脈から眺めてみると、今度は「ポップのジレンマ」と呼ぶべき事態がみえてくる。

 国際レコード産業連盟(IFPI)によれば()、1999年に総収入241億ドルを記録したグローバル音楽市場は、その後衰退期に入り、2010年代半ばにはもっとも厳しい状況に置かれていた。しかし、ストリーミング売上の向上によって徐々に持ち直し、2021年には1999年を上回る259億ドルを達成した。2014年にアメリカのファンダムが可視化し、2016年に韓国版アルバムで111万枚の売り上げを記録するなど、ちょうど2010年代半ばにはじまったBTS現象は、この驚異的なV字回復の主な要因の一つである。それは、BTSがアメリカの音楽業界に正式デビューした2017年以降の数字で明らかだ。

 アメリカレコード協会は、2018年だけで、BTSのシングル曲「MIC Drop」にプラチナ認定(100万枚)と、アルバム『LOVE YOURSELF 結 ANSWER』とシングル曲「DNA」、「FAKE LOVE」にゴールド認定を発表した。2019年には、テイラー・スウィフト、エド・シーラン、ポスト・マローン、ビリー・アイリッシュなどにつづいてIFPIによる年間「グローバル・レコーディング・アーティスト」7位に名を連ねると、2020年と21年には連続で1位に選ばれた。さらに2020年、フィジカル(CD・DVDなど)とデジタルを合わせた全アルバム順位で1位と4位を記録した『MAP OF THE SOUL:7』と『BE(Deluxe Edition)』は、フィジカル売上では480万枚、269万枚で1位、2位を記録した。8位の日本語版(117万枚)まで合わせると、1年間の売り上げはフィジカルだけで866万枚にのぼる。2021年にビルボードチャート1位を獲得した「Butter」のストリーミング回数は、17億6000万回。

 こうした数字は、デジタルとフィジカル両方で、BTSがいかにグローバル市場を牽引してきたかを物語っている。

 レコード産業の数字だけではない。ビートルズによる初のスタジアム・ツアー(1965年)以来、ポップの聖地となった米国各都市のスタジアムや、マイケル・ジャクソン、Queenなどの伝説が刻まれているイギリスのウェンブリー・スタジアムなどを満員で埋めた2018-19年のワールドツアーは、時代を象徴するポップスターとしての存在感を示していた。1950年代のロックンロール誕生以来、ポップの歴史を目撃してきた英米メディアがBTSにその時代性を与えはじめたのも、ちょうどその頃である。

 ならば、その時代性とは何か。それは、「トランプ時代」(2017-21年)に欠けていた多様性に他ならない。メキシコ国境に建てられた「トランプの壁」やイギリスの欧州連合離脱(ブレグジット)などが促す「蔓延する排他主義」に対抗する時代精神を、世界はBTSの音楽とその影響力に見出したのである。そしてBTSは、かつてビートルズが「若者」を、マイケル・ジャクソンが「黒人」を、レディー・ガガが「女性」を主流ポップの新たな主体として世界に示したように、ポップの歴史において始終周辺に置かれていた「アジア人」として、時代性を体現する初のポップスターとなった。

 それを可能にしたのは、いうまでもなくARMYの存在である。その特徴は、ファンダムの内側に閉じこもるのではなく、つねに能動的に世界における自分たちの存在価値を生産しつづける点にある。非営利団体「One In An ARMY」の寄付活動をはじめ、あらゆる活動はARMY自身によって決められ、進められる。興味深いのは、自分たちのアイデンティティを自ら把握・分析し、理解していることだ。例えば、「BTS ARMY CENSUS」は、人口推計を通じて、ARMYの国・地域の分布、年齢、ジェンダー、教育水準、雇用状況と分野、ソーシャルメディア利用状況などを自ら把握する団体である。次のは、36の言語を用いて100以上の国・地域の56万2280人を対象にした2022年の調査結果の一部である。

 この調査の目的は、あらゆるステレオタイプを超えて自分たちは誰なのかを知り、その多様性を示すことだという。この調査から読み取れるのは、BTSとARMYが築いたグローバリズムに対する態度である。このグローバル・ファンダムは、特定の集団に偏らない、多様な個人による繋がりが生み出したものだ。強力な影響力を発揮するときにも、けっして「狂信的」ではなく、「知的」でありつづけることが強く意識されている。たとえば、圧倒的に多い「女性」についても、それを一様な存在と捉えるのではなく、異なる背景とアイデンティティによって構成された多様なものとして捉える。

 多様性をもっとも重要な価値とする共同体意識と自分たちのグローバルな影響力に対する自覚は、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)のような社会的な出来事からも顕著に見てとれる。

 2020年5月25日、ジョージ・フロイド氏が白人警官に膝で首を地面に押し付けられ亡くなった事件を受け、アメリカ各地で抗議デモが起きた。それに対し、同年6月4日、BTSは次のような声明を発表した。「私たちは人種差別に立ち向かいます。私たちは暴力を非難します。あなたも私も皆、尊重される権利があります。私たちは団結します」。また、BTSが100万ドルを寄付すると、27時間後にはARMYから同額の100万ドルが寄付されたことでも、大きな話題を呼んだ。

 しかし、より興味深いのは、そこに至るまでの過程である。当時米国メディアも注目したように、米国国内のK-POPファンたちは、BLM運動発生直後から大きな結束力と行動力を見せつける一方で、K-POPアーティストと世界中のファンに対し、積極的な賛同を呼びかけていた。この呼びかけに対し、K-POPはブラック・ミュージックを受け入れて成長したのだから当然だという意見と、アメリカにおけるアジア人に対する差別問題が軽視されているという意見などが飛びかった。

 ARMYの結論は連帯だった。BTSの声明は、ARMYの連帯に対する応答だったと言っていいだろう。つまり、BTSにとってARMYはたんに、アイドルの後ろに「ついていく存在」でもなければ、「一様な存在」でもない。ポップスターとしてのBTSがもつ時代性は、アーティストとファンを問わず多様な存在が相互に影響し合いながら、ともに成長しつづけようとする意識なのかもしれない。

 

「アイドル」を超えた一人ひとりの解放

 その意識を、ここではグローバリズムと呼ぼう。集団的にみえるが個人的で、受動的にみえるが能動的で、消費的にみえるが生産的な、一人ひとりの繋がりが一体として作用する動き。そもそもこのグローバリズムの構築はなぜ可能だったのか。それはさまざまな偏見が向けられるアイドルとして、K-POP業界のアウトサイダーとして、ポップ史の周辺に置かれていたアジア人として、中心性を獲得することなく中心と闘いつづけてきたBTSの感受性から生まれたものである。つまり、その周辺性に、自分を中心だと思わない世界中の一人ひとりが共感したのである。

 ここでいう周辺性は、性的マイノリティや障害者から、貧困、人種・民族差別、DV、社会的排除に苦しむ人びと、そしてこの新自由主義の世界で自分が周辺に置かれていると感じるすべての人びとによって共有される感受性である。

 マスメディアを通さないコミュニケーション形式がこの繋がりを支えてきたことを理解するためには、マスメディアが持つ限界を理解する必要がある。それは、韓流ブームを「アジア地域の文化的親和性」として説明してきたメディアのスタンスに対しても言える。BTSのファンにとって韓国語歌詞という言語の壁は、マイノリティとして社会で感じる壁に比べれば低いもので、たんに「素早い翻訳」がこのコミュニケーションを可能にしたわけではないのだ。

 こうしたBTSとARMYの関係は、先日マスコミによって「BTS活動休止」と報道され、全世界を騒がせた動画にも表れている。2022年6月14日、この情報が初めて流れたのは、記者会見でも、テレビのニュース番組でもなく、約7000万人の登録者数をもつBTSの公式チャンネル「BANGTANTV」だった。

 定例ともいえる「防弾会食」で彼らが語ったのは、BTSがグループとしての第二章に進む、メンバーそれぞれが個人としてどのように成長していくかであった。ビルボードを次つぎと席巻し「世界最大のポップスター」と呼ばれてきたここ数年間に感じていた音楽的行き詰まりと、K-POPのシステムのなかで感じる「アイドルのジレンマ」ともいえるもどかしさ、そして「BTS」という象徴性からくる負担などを、ARMYに直接語りかけたのである。

 その具体的な発言も、「システム」の構造(〝K-POPやアイドルのシステムは人が成熟するための時間を与えてくれない〟)とBTSの本質(〝BTSの本質はARMYだ〟)に触れながら、それらの内側で一人ひとりが感じる「アイデンティティの揺れ」(〝自分が何をしているかわからなくなった〟)と「葛藤する欲望」(〝個人として自分を表現したい〟/〝BTSを永くやっていきたい〟)、そしてファンへの思い(〝こう言うとファンに罪を犯すようで〟)について打ち明けるものだった。

 結果的に「休みたい」という言葉だけが独り歩きしたが、そこで交わされたのは、BTSとARMYがこれまで一貫して共有してきたことに他ならない。自分が自分でいられるためにはどうするべきか。自分を愛し、それを語り、他者と共有することはいかに大切か。

 このような選択に対しては、さまざまな立場から異論が投げかけられてもおかしくはない。いまBTSが背負わされているものは、ナショナルな欲望から、株式時価総額が数千億円単位で変動するグローバル資本の欲望まで、複雑で大きい。米軍基地の返還や大統領執務室の移転などで賑わう龍山の中心地に社屋を移した所属事務所も、いまやK-POPの中心を占める文化権力である。

 しかし重要なのは、RM(BTSのリーダー)が述べたように、彼らは「BTSの本質はARMYである」ことを自覚しているということだ。ARMYがたんにBTSに「ついていく存在」ではないように、この七人の個人も、このグローバル現象にたんに「ついていく存在」ではない。つまり、自分たちとBTSを同一化していないからこそ、またこの現象の本質がファンとの繋がりであることをわかっているからこそ、BTSという「象徴・欲望・システムからの解放」を、こうしたかたちでARMYに直接伝え、求めたのではないだろうか。

 彼らが伝えようとしたことは、動画が出た直後にメンバーのJ-HOPEがソロとして発表したアルバム『Jack In The Box』とその収録曲「MORE」「Arson」のミュージックビデオを通じて、興味深く表現されている。彼は、BTSとは一線を画した個性的なサウンドと世界観を通じて、「BTSのメンバー」とは異なるもう一人の自分を表現することに成功している。けっしてシステムそのものを壊すことなく、その内側と外側を往来しながら成長しつづけるというそのメッセージは、これまでK-POPのアイドル・システムが抱えてきた不安要素をむしろ払拭しているようにもみえる。「兵役」の問題やグループとしての「寿命」などを、こうして個々の音楽的成長やファンとのコミュニケーションを通じて自ら主導していくことは、やがて「アイドル」の進化にも繫がるからだ。

 個人的で、能動的で、生産的な繋がり。BTSとARMYが築いたグローバリズムは、一人ひとりの成長とともに今後も拡張しつづけるだろう。その構造と影響力に、世界が反グローバリズムの時代に突入したからこそ、注目しつづける必要がある。

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著者略歴

  1. 金成玟

    (キムソンミン)
    1976年韓国・ソウル生まれ.ソウル大学言論情報学科修士課程修了,東京大学大学院学際情報学府博士課程修了.博士(学際情報学).東京大学大学院情報学環助教,ジョージタウン大学大学院訪問研究員などを歴任.
    現在―北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授
    専攻―メディア文化研究,国際地域文化研究
    著書―『K-POP 新感覚のメディア』(岩波新書)『戦後韓国と日本文化「倭色」禁止から「韓流」まで』(岩波現代全書)『東アジア観光学――まなざし・場所・集団』(共編著,亜紀書房)ほか

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