世田谷美術館「雑誌にみるカットの世界」展の魅力
(写真提供:世田谷美術館、撮影:上野則宏氏)
実はカットも読みどころ?
月刊誌『世界』は、毎号約40本の論考やエッセイなどから構成されています。時代を読みとき読者に届ける言葉(文字)のほか、誌面にいろどりを加えるカットも雑誌の重要な要素です。編集部の原本棚には、終戦直後の1946年1月の創刊号から2023年現在までの原本がずらりと並んでいますが、バックナンバーをひっくり返し、論文を参照することはあっても、そのカットにじっくり目をとめることはまずないと言ってもいいでしょう。ましてや、カットだけを眺め渡す機会はありません。
そんなとき、世田谷美術館で開催されている「雑誌にみるカットの世界」展に目を見開かされました(開催:2023年8月5日~11月19日)。
多くの兵士・民間人を死に至らしめた敗戦国・日本にあって、転換期における思潮の本流を求める総合雑誌として『世界』は出発しました。その創刊の志は伝えられていますが、カットからは、ビジュアル面でも文化的豊かさを提供しようとする意志が感じられます。
小さなカットにビックネーム起用
驚きだったのは、洋画家の中川一政、小磯良平、版画家の棟方志功、彫刻家の佐藤忠良、飯田善國など、ビッグネームが描き手に名を連ねていたこと。
敗戦直後の材質のよくない用紙への活版印刷ですが、目次の上部または下部に見開きで置かれた横長のカット、扉や各論考のタイトルに添えるカットなど、毎号実に趣向がこらされています。しかも原画には、印刷技術の限界で表現しえなかった繊細さと勢い、あるいは遊び心があり、左右のバランスを指示するメモ、ホワイトで調整した跡など、雑誌づくりの息づかいが感じられます。カットを依頼し受け取りに行き、本文と組み合わせて毎月の版面をつくるのは、コンピュータ組版の現在とは大きく異なり、時間のかかる作業だったことでしょう。
展示室は、実際にカットが掲載されているページのパネルと、原画がセットで見られるようになっています。「第一期 1946年~1950年 戦後改革」「第二期 1951年~1960年 講和から六〇年安保」「第三期 1961年~1975年 高度成長・ベトナム戦争・沖縄」「第四期 1976年~1995年 核戦争の危機からポスト冷戦へ」に区分され、当時の思潮とカットの用い方の両方がわかります。時代ごとの目次構成にも興味津々ですが、それにしても70年代くらいまで、執筆者のほとんどが男性とは!
(写真提供:世田谷美術館、撮影:上野則宏氏)
学芸員の仕事でよみがえった資料
さて、なぜこのような展示が世田谷美術館で実現したのか。当の『世界』編集部員の多くは実情をまったく知りませんでした(汗)。そこで、世田谷美術館の学芸員、矢野進さんと伊藤まりんさんにご挨拶かたがた、お話を伺いました。
『世界』のカットが岩波書店から世田谷美術館に最初に託されたのは2017年とのこと。約100名の描き手による総計5000点ものカットでした。
この整理を前任者から引き継いだのは、2020年4月に同館に就職した伊藤まりんさん。新型コロナウイルスが猛威をふるい、初めての緊急事態宣言が出されるなど、外出自粛が呼びかけられていた時です。伊藤さんは原画をスキャンし、在宅勤務を活用してデータを整理、何年何月号のどの論考に掲載されたものか照合するなどの作業を進め、約3年を経てこの度の公開に至ったとのことでした。
2017年の寄託と聞いて思い至るのは、ちょうどその頃『世界』編集部は社内で引っ越しをしていますので、過去の膨大な資料の整理に迫られたのでしょう。箱に入れられたまま編集部の一隅で死蔵されるのではなく、学芸員の方の力があって資料がよみがえったことに頭が下がりました。よかった。
『世界』1955年3月号目次
荻須高徳氏によるカット(写真提供:世田谷美術館)
幸福な縁
岩波書店と世田谷美術館の橋渡しをしてくれたのは、小社OBの多田亞生(つぐお)さんでした。『奈良六大寺大観』など美術書編集を長年続けてきた大ベテラン。岩波書店総務部からのSOSを受け、同じくOBの大宮伸介さんと共に『世界』カットを作家別に分類し、旧知の世田谷美術館館長・酒井忠康さんにコンタクト。そこから一雑誌の資料は、公的な財産として収蔵・公開されるに至りました。
実は多田さんは『世界』編集部にも1960年代末から2年ほど在籍していたとのことです。画家の家に原画を受け取りに出向いた体験もあるそう。当時はカットは買い取りで、自分の絵も使ってほしいと持ち込みもあったと言います。「創刊当初は同じものを何度か使うこともあったそうですよ」と多田さん。やがて、新刊号1冊は1人の画家が主に担当するようになり、使い切れなかったストックから後日掲載されることも。サインがないものもあり、それを画風などから同定していくのは学芸員泣かせであったろうと語ります。
さて、世田谷美術館に収蔵されている最新のカットは、把握されている限りでは1993年の掲載だそうです。『世界』の組版は、活版印刷から80年代には写真植字(写植)となり、さらに90年代になるとコンピュータ組版へと変わっていきます。デジタル時代になるとともに、カットも次第にデータ化され、あるいは写真などビジュアル面での幅が広がっていったのでしょう。
世田谷美術館所蔵の雑誌『世界』のカットは、戦後出発した月刊誌の貴重な記録であると同時に、印刷技術の変化も刻まれているのかもしれません。
■世田谷美術館「雑誌にみるカットの世界 『世界』(岩波書店)と『暮しの手帖』(暮しの手帖社)
開催は11月19日まで。詳細はこちらをご覧ください。
付 記
『世界』は2024年1月号からリニューアルします。読者に伝えたい言葉(文字)を大切にすると同時に、読みやすさ、そしてビジュアル面でも楽しめるものにできればと思います。創刊から78年目の『世界』もぜひご期待ください!!