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絶望からのメディア論 ——なぜ私は朝日を辞めたのか

『世界』2023年12月号に掲載した内容の一部を特別公開します

 

「唯一無二の全国紙」

 業界を掌握する自信に満ちた言葉だった。

 「紙の新聞に対する信念を失った新聞社と、信念を持ち続けている読売陣営とでは、この先、どんどん差が広がるはずです」

 7月14日、東京都内のホテル。業界紙『新聞之新聞』によると、読売新聞グループの山口寿一社長は「唯一無二の全国紙へ」のスローガンが掲げられた会場で、販売店幹部らを前にこうあいさつしたという。

 今年に入って、用紙代高騰などを理由に他の全国紙や地方紙が相次いで購読料を引き上げているが、読売は3月25日、「物価高騰が家計を圧迫する中で、読者の皆さまに正確な情報を伝え、信頼に応える新聞の使命を全うしていくため、少なくとも向こう1年間、値上げしない」と宣言した。

 山口氏は「他紙が値上げにあたり、新聞の公器としての使命、読者・国民の利益をどこまで熟慮したかは不明」と皮肉り、「今回の価格据え置きを生かして、全国紙におけるシェアをさらに高めるべきです。そのようにして来年の創刊150周年を誇りをもって迎えたい」と訴えたという。

 日本ABC協会のまとめでは、2023年9月度の読売の朝刊発行部数は621万部。朝日、毎日、産経の3新聞の合計(計611万部)を上回った。日本経済新聞を含めた全国紙五紙におけるシェアは45%を超えた。実売部数は各社でばらつきがあり、「見せかけ」の数字である可能性は否定できないとはいえ、読売のシェアは突出している。

 アメリカの数学者B・O・クープマンが六段階に分けて、市場でのシェアの目安を導いた「クープマンの目標値」に照らせば、読売は上から2番目の「安定的トップシェア」(41.7%)を確保している。業界における「強者」として安定した事業展開が可能となり、下位企業はシェアアップが困難となると分析されるランクだ。

 

再編の主導権

 新聞業界を取り巻く環境は厳しい。スマートフォンの普及で生活習慣から切り離され、発行部数は急落し、総世帯数の半分程度に落ち込んだ。デジタル化に対応した収益モデルも確立できていない。

 宅配の新聞には2019年から消費税の軽減税率が適用されるようになったが、日本新聞協会が「今後も国民がより少ない負担で、全国どこでも多様な新聞を容易に購読できる環境を維持していくことは、民主主義と文化の健全な発展に不可欠」(2013年1月声明)と訴えてきた理由も揺らいでいる。

 新聞通信調査会は10月14日、毎年恒例の「メディアに関する全国世論調査」を発表した。「情報源として欠かせない」のトップは、インターネットの54.5%で、新聞は35.1%で4位。10年前の2013年は、新聞がトップの54.6%で、インターネットが4位の38.1%。立場が逆転した。

 調査では、各メディアの印象を「情報が信頼できる」「情報が面白い・楽しい」「情報が分かりやすい」「社会的影響力がある」「手軽に見聞きできる」「情報源として欠かせない」「情報の量が多い」「情報が役に立つ」の8項目について尋ねている。新聞は「信頼」の項目を除いて、インターネットを下回った。10年前には「情報が面白い・楽しい」以外の七項目で、新聞がインターネットを上回っていたのとは対照的だ。

 そうした状況のなかで、読売が「唯一無二の全国紙」を標榜して、紙のシェアにこだわるのは、メディア業界の再編を見据えているからだ。業界ナンバーワンこそが、新たな秩序の主導権を握れると考えている。

 10月5日には、IT大手LINEヤフーと、インターネット空間の健全性を高め、人権を守る一環として、ネット上に掲載される記事などでのプライバシー尊重をより進める取り組みを始めるとの共同声明を発表。「世界最大の発行部数を有する読売新聞と利用者数国内最大級のLINEヤフーが共同して発信することで実効性を高める。他メディア等にもプライバシー重視を呼びかける」と打ち出した。国内最大のニュースサイトと連携し、どのような記事を優先表示したり、排除したりするかのルールづくりに影響力を行使するための布石だろう。

 さらに、フェイクニュースや広告詐欺などの氾濫を抑止するデジタル技術も、読売が電通と一緒に推進している。

 「オリジネーター・プロファイル(OP)」と呼ばれる技術で、インターネット上の情報の発信元を自動的に表示する仕組みをつくるものだ。新聞社が発信元のニュースの場合、新聞社の社名や第三者機関による認証をポップアップで表示することが想定されている。実用化を目指してOP技術研究組合を設立し、理事長に日本で「インターネットの父」と呼ばれ、菅義偉政権で内閣官房参与を務めた村井純・慶應義塾大教授を迎えた。生成AI(人工知能)の普及に対応した知的財産権保護のあり方などを議論している政府にもOP活用を後押しするよう求めている。

 読売のデジタル版は、基本的に紙の新聞購読者やその家族に限った会員サービスだ。「紙偏重」の経営といわれているが、渡邉恒雄・グループ本社代表取締役主筆(97)の退任後には一気にデジタルの分野にも本格的に乗り出す準備を進めているのだ。

 

ホワイトナイトと権力接近

 読売は2013年から2人連続の4期8年、新聞協会の会長の座にあった。特定の社に偏らないように回してきた会長職では異例だ。その足場をもとに業界をリードし、「ホワイトナイト(白馬の騎士)」と呼ばれたのが二〇二一年。国内に二つしかない新聞輪転機メーカーの東京機械製作所が、投資ファンド「アジア開発キャピタル」から敵対的買収を仕掛けられたときのことだ。

 当時、新聞協会の会長だった山口氏が呼びかけ、全国40社の新聞・通信社が「新聞各社の日々の印刷・生産体制に支障が生じ、ニュースの伝達に影響が及ぶ可能性があることに懸念を抱いている」という趣旨の書簡を東京機械に送付。最終的には、アジア開発が保有する約40%の株式のうち、32%を「新聞社有志」が取得する形で収束させた。

 新聞社有志の取得割合は、中日新聞社=2.5%、朝日=2%、北国新聞社=1%、信濃毎日新聞社=1%、北海道新聞社=0.5%。読売は25%で筆頭株主になった。突出した「ホワイトナイト」の地位を読売が手にした。

 ただ、読売新聞は、ビジネス基盤を維持するために公権力と手を組むことをためらわない一面を持つ。

 たとえば、2021年12月には、読売大阪本社と大阪府が、情報発信など8分野で連携・協働を進めるために「包括連携協定」を結んだ。公表された「今後の主な取組み」には「生活情報紙などの読売新聞が展開する媒体や、各種SNSなどを活用して、大阪府の情報発信に協力します」という内容まで盛り込まれていた。

 2025年開催の大阪・関西万博の税金による「特需」を見越した関係づくりとみられるが、取材される側の権力と取材する側の報道機関の「一体化」は、知る権利を歪め、民主主義を危うくする行為にほかならない。

 吉村洋文大阪府知事と記者会見をした読売幹部は「読売はそうそう、やわな会社ではない」と報道の萎縮を否定したものの、「新聞社にとっては将来的には『ウィンウィン』の関係。萎縮しないかは、『萎縮しないでしょう』というしかない」とも述べた。協定の解消を求めるオンライン署名には、1週間ほどで5万件を超す賛同が集まった。筆者も署名の呼びかけ人になったが、反響の広がりは、「ウィンウィンの関係」といって、メディアが権力からの独立性を失うことへの危機感の表れだった。

 日本の健全なジャーナリズムと民主主義社会を維持していくうえで、読売が「唯一無二の全国紙」となる状況は望ましいものとはいえないだろう。

 

築地の陥落

 いま、読売グループ内で「朝日が頭を下げてきた」とささやかれているプロジェクトがある。

 朝日の東京本社前に広がる築地市場跡地(東京都中央区)の再開発だ。読売グループは、三井不動産などと企業連合を組み、東京ドームに代わるプロ野球読売巨人軍の本拠地スタジアムの建設を目指している。そこに不動産ビジネスなどの収入を確保したい朝日も加わることになったからだ。

 近年、読売の独走を許している大きな責任は、10年前まで全国紙シェアで読売と30%台で争ってきた朝日新聞にある。

 原因は、慰安婦問題に関する「吉田証言」報道と東京電力福島第一原発事故に関する「吉田調書」報道の記事取り消しなどが重なった2014年以降の経営の失敗だ。

 当初は、読者の声や社外の評価を踏まえて報道を点検し、編集部門に説明や改善を求めていく「パブリックエディター」の制度を導入するなど前向きな動きもあったが、総じて上層部の視野が狭く、目先の数字合わせと危機管理にばかり力を注いだ。

 記者や取材網を次々と削り、記者クラブに頼らず調査報道のスクープを連発していた「特別報道部」まで解体した。その一方で、ネットの広告収入を増やそうと特定分野に特化した「バーティカルメディア」事業に資金を投入したが、ほぼ失敗に終わった。定年延長の実施で退職金の支払いを五年間先送りしたが、結局、2020年に創業以来最大の赤字を計上して、翌春、渡辺雅隆社長が引責辞任。中村史郎社長・角田克専務の体制になった現在もその基調は変わらない。

 とくに、「危機管理」を重視する幹部が台頭した結果、報道は萎縮した。2022年7月の安倍晋三元首相銃撃事件で明るみになった旧統一教会(世界平和統一家庭連合)をめぐる問題の報道で出遅れたことが象徴的だ。かつて旧統一教会の問題ともっとも闘っていたメディアであることを知る読者ほど「なぜ社内に蓄積があるのに、こんなに腰が引けているのか」と離れていった。デジタル版の会員も伸び悩んでいる。

 2014年問題のときには、安倍政権・読売・産経などが「朝日バッシング」を展開するなか、リベラルな言論の軸が崩れることを危惧した地方紙が朝日を擁護していた。しかし、朝日経営陣は業界全体をみる仕事に消極的で、読売が4期8年、新聞協会長を続ける要因となった。今年6月に中村氏が協会長に就任したが、業界内の主導権は読売にすっかり奪われてしまった。

 

新聞労連から投げかけたもの

 2002年に朝日新聞に入社した筆者が、全国の新聞・通信社の労働組合でつくる新聞労連(日本新聞労働組合連合)の委員長になったのは2018年9月。「危機管理」の名の下、朝日らしいリベラルな言論空間を封印しようとする雰囲気が広がり始めた時期だった。

 「朝日新聞が壊れそうなんだから、それどころじゃないだろ」

 信頼する社内のメンバーからは引き留められた。当時39歳。安倍政権の下で民主主義のルールが変質し、メディアの分断も進んでおり、政治記者としても大事な時期だった。

 それでも、メディア業界が曲がり角に差し掛かっている中、誰かが引き受けないと……

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(続きは『世界』2023年12月号でご覧ください)

 

 

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著者略歴

  1. 南 彰

    琉球新報編集委員

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