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新刊レビュー/田村剛著『熱狂と幻滅 コロンビア和平の深層』 評=伊高浩昭

 現代南米最古のゲリラ組織「コロンビア革命軍」(FARCファルク)は2016年末、コロンビア政府と和平に到達した。本書は、その戦士たちにインタビューして得られた発言や、その複雑な心境を綴る、興味深いルポルタージュだ。
 
 一気に読んだ感想は、「著者が羨ましい」の一言に尽きる。
 私は和平過程開始前の三十余年、コロンビアでゲリラ取材を何度も試みたが、実現したのは一度だけだった。だから、取材が公認された和平過程で要員らの生き方をつぶさに取材し、その生の表情や言葉を日本の読者に伝え得た著者の活躍が眩しい。紙面で著者執筆の記事を読んでいたが、こうして一冊にまとまると読み応えが違う。
 
コロンビア和平の経過
 
 本書内容の背景に触れたい。
 
 南米北西端に位置するコロンビアには、アンデス山系、カリブ海と太平洋の海岸地方、アマゾン、オリノコ両大河流域の密林と大平原が拡がる。鉱業、農牧業、林業、観光、水産業が盛んで、産油国でもある。
 
 途方もなく豊かな天然の幸に恵まれているため、スペインから独立して200年、利権争いに端を発する権力闘争が絶え間なく続いてきた。麻薬コカインの原料、コカ葉はアンデス山麓で栽培される。コカ葉とコカインの生産量は世界一だ。
 
 キューバ革命後の1960年代からFARCをはじめゲリラ諸組織と政府軍の間で、米軍の言う「低強度内戦」が展開された。いくつかの組織は90年代に和平に応じたが、FARCとチェ・ゲバラ路線の「民族解放軍」(ELN)は21世紀に生き延びた。
 
 だが、東西冷戦終結、ソ連消滅、社会主義キューバの困窮、南米での平和改革路線定着で、両組織とも武闘目的を失っていた。それでもコカインの密輸、身代金誘拐、「革命税」徴集により資金を稼ぎ、武器や食糧を調達、密林地帯を拠点に消耗戦を続けた。
 
 一方、政府は今世紀に入ってから米国と軍事同盟関係に入り、政府軍は段違いに強力になった。
 
 勝算がなくなったFARCは、隣国ベネズエラの大統領だった故ウーゴ・チャベスらの忠告を容れ、2012年、当時のコロンビア大統領フアン=マヌエル・サントスの呼び掛けに応じ、キューバの首都ハバナでの和平交渉に入った。
 
 和平合意は2016年11月に成立、FARCは参政権を得て「人民革命代替勢力」(FARC)を名乗る政党に移行する。
 
和平時の熱狂とその後の幻滅
 
 ゲリラ組織が政党になり、国政に参加することは、おおかたの日本人には理解しがたいことだろうが、政治的市民の「下剋上」や「敗者復活戦」を可能にする壮大な「魔術的寛容さ」こそがラ米(ラテンアメリカ)の大きな魅力なのだ。前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒーカや元ブラジル大統領ヂウマ・ルセーフはゲリラだった。
 
 和平をなしとげたコロンビア大統領サントスはノーベル平和賞に輝く。だが、大統領と並んで協定に調印したFARC最高幹部ロドリーゴ・ロンドーニョ(現FARC党首)の受賞はなかった。この明暗が、和平時の熱狂と、その後の現実が醸す幻滅を象徴する。
 
 首都ボゴタにあるオンブズマン事務所によれば、政党FARC発足後、今年6月までに党員135人と家族34人が殺され、要員一一人が行方不明になった。人権などの社会活動家四六二人も殺害されている。和平交渉でFARC首席代表を務めた序列2位のイバン・マルケスは暗殺を恐れ、和平後に上院議員に就任する権利を捨て、地下に潜った。
 
 和平に強硬に反対した政界極右の指導者で元大統領、現職上院議員のアルバロ・ウリーベ、その子飼いで現職大統領のイバン・ドゥケらに代表される大地主、金融資本家らの伝統的支配階層が牙を剥き、秘密警察、シカリオ(職業殺し屋)、パラス(極右準軍部隊)から成る暗殺装置が作動しているのだ。この7月に国連安保理派遣団がコロンビアを訪れた際、政党FARCは相次ぐ党員殺害を「国家テロ」と糾弾、暗殺を野放しにしているドゥケ政権の不作為を告発した。
 
 本書について惜しい点は、FARCなどの反政府組織が誕生し、育っていった背景を具体的に理解するという点でも、強烈な社会的・経済的格差の存在のほか、麻薬資金による政府当局の広範な腐敗、反対派や左翼活動家の暗殺、パラスとの連繋などの記述がもっと欲しかったこと。FARCによる凶行とともに、一方のパラスの残虐な貧農殺戮、凄まじい土地奪取の実体、さらに政府軍による法律外処刑や、一般人を殺し「ゲリラの遺体」に見せかけたことなども、同様に詳述する必要があるだろう。
 
多難な今後
 
 ノーベル賞を受賞したサントスは、ベネズエラ大統領ニコラス・マドゥーロへの敵対的発言を繰り返した。平和賞受賞者として、隣国の前大統領として、今年5月に始まったマドゥーロ政権と反政府勢力との危機打開交渉に当然関与すべき立場にあるが、お呼びでないのだ。ノーベル平和賞の名が泣くというものであろう。
 
 また、サントス政権期から続けられてきたELNとの和平交渉は、現政権下で頓挫した。サントスにノーベル賞受賞者としての威厳と強い自覚があれば、交渉の挫折は避けられたはずだ。
 
 著者は、「(革命の)理念は放棄しない。武器を論争に替えたのだ」というロンドーニョの発言を紹介する一方で、政党としての再出発前後のきわめて多難な状況をも紹介している。FARCはよほど強靱な政党にならないかぎり、一九九六年の和平後に政党化し影響力を失った中米グアテアラのゲリラ連合の轍を踏みかねない。
 
 20世紀半ばから70年間、一度も左翼や本格的な進歩主義の政権が誕生したことのないラ米唯一の国がコロンビアだ。米国と組んだ保守体制を覆すのは容易でない。

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著者略歴

  1. 伊高浩昭

    1943年生まれ。 ジャーナリスト。立教大学ラテンアメリカ研究所学外所員。元共同通信ラ米駐在記者・移動特派員、編集委員。一九六七年から、ラテンアメリカを中心にイベリア半島、沖縄などを取材。著書に『コロンビア内戦 ゲリラと麻薬と殺戮と』(論創社)、『チェ・ゲバラ 旅、キューバ革命、ボリビア』(中公新書)など著書・翻訳書多数。

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