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株式会社が保育園をつくるとき、何が起きるか 小林美希

保育士の低すぎる賃金
 202万円、214万円、222万円、223万円、227万円――。
 驚くべき数字が並んだ。これは、株式会社が運営する東京都内の認可保育所で働く保育士の、もっとも低いほうの平均年収だ。国をあげて保育士の処遇改善が行なわれているにもかかわらず、なぜ、こんなに賃金が低いのか。
 
 
  急増する株式会社の現状を追ったルポルタージュ第1弾は、本誌『世界』2018年2月・3月号で報じた東京23区内の認可保育所の保育士の人件費(給与)比率だった。[i] 保育園や運営者の実名を挙げての初の調査報道となり、くりかえし国会でとりあげられるなど、その反響は大きかった。

 東京都は独自に保育士の処遇改善を行なっている。その「キャリアアップ補助金」を受けとっている保育施設は、都が用意した様式の財務諸表を提出しなければならない。そこには、園長や事務員を除く、保育従事者(以下、保育者)の人件費比率が記載されており、開示請求をすることによって文書が得られる。

 その文書を調べてみると、冒頭で紹介した驚くべき低賃金の実態が見えてきた。保育園の運営費用のうち、国が想定する人件費比率は、園長など含む全体で8割。しかし、それに対して現場の保育者の人件費は、わずか2~3割というケースがあることが、前回にひきつづき、今回の調査でも判明した。詳細は本誌『世界』9月号を参照していただきたいが、とくに賃金が低く報告されているワースト10の株式会社立の園名を下記に紹介する。

市区町村 設置者 保育所名 常勤保育者の年収換算(円) 常勤保育従事者の一人当たり月額賃金
港区 アイグラン あい保育園赤羽橋 202万1820円 16万8485円
文京区 同仁キリスト教けやき学園 同仁美登里保育園 214万7772円 17万8981円
文京区 グローバルキッズ グローバルキッズ後楽二丁目園 222万5508円 18万5459円
千代田区 テノ.コーポレーション ほっぺるランド西神田 223万20円 18万5835円
大田区 千趣会チャイルドケア えがおの森保育園・かまた駅前 227万1072円 18万9256円
小金井市 グローバルキッズ グローバルキッズ武蔵小金井園 228万4620円 19万385円
町田市 日本保育サービス アスク木曽西保育園 233万6640円 19万4720円
小平市 学研ココファン・ナーサリー ココファン・ナーサリー花小金井 235万5396円 19万6283円
豊島区 ブロッサム こまごめさくらさくほいくえん 239万5908円 19万9659円
板橋区 テノ.コーポレーション ほっぺるランド板橋小豆沢 239万7156円 19万9763円

 

人件費の驚くべき低さ

 2018年3月号でフォーカスした株式会社立の認可保育所について、もう少し振り返ろう。保育者の人件費比率の低い順から、テンプスタッフ・ウィッシュの「大井町のぞみ保育園」(17.3%)、ポピンズの「ポピンズナーサリースクール市ヶ谷」(17.8%)、ブロッサム(現在は株式会社さくらさくみらい)の「つきのみさきさくらさくほいくえん」(20.6%)などの調査結果を掲載した。

 株式会社立では、低い順から1~10番目の保育者人件費比率が17.3%~25.5%しかなく、社会福祉法人の同24.5%~31.4%と比べ大きな差があった。同比率4割未満でみると、社会福祉法人は39施設だったが、株式会社は207施設にも上り、全体の半数近くを占めた。

 人件費比率の低いなかには、「アスク」保育園を展開する日本保育サービス、「にじいろ」保育園のサクセスアカデミー(現ライクアカデミー)、グローバルキッズなど大手が名を連ねた。

 東京都がまとめた「保育士等キャリアアップ補助金の賃金改善実績報告等に係る集計結果」では、2015年度の園長や事務員を含む全体人件費比率が、社会福祉法人で約7割、株式会社で約5割となっている。17年度も同様で、実に約2割もの開きが出ている。

 同報告書では、定員と職員の平均勤続年数を同じ条件にした支出も比べているが、社会福祉法人と株式会社で最も差が出るのが人件費支出だった。定員67~77人、職員の平均勤続年数を5年という条件で、社会福祉法人が1億126万400円の人件費をかけている一方で、株式会社は7181万円でしかない。

 社会福祉法人が土地を所有しているケースが多く税制などでも優遇される一方で、株式会社は土地や建物の賃借料に運営費を使わなければならない事情や、株式会社は歴史が浅く職員の平均勤続年数が短いという背景もある。しかし、それにしても株式会社の場合は人件費として支払われているなかの相当の額が、人件費以外に消えている。

 この調査で、保育者の人件費比率が分かったことは画期的だった。さらに、2016年度から東京都は「賃金改善報告書」の提出を新たに求め、ここで賃金の実額に迫ることができた。

 「キャリアアップ補助金」は2015年度からスタートしているが、2016年度からはこの補助金を受ける保育施設には、財務諸表のほか新たに「賃金改善実績報告書」の提出を求めている。そこには、教育・保育従事者の常勤と非常勤、保育従事者以外(園長や調理員など)それぞれの「職員一人当たり賃金月額」が記載されている。

 東京都によれば、「賃金月額は、ボーナスや国から出る処遇改善費を含んだ年間の賃金総額を12カ月で割ったもの(交通費など実費で支給されるものは除く)」で、いわば"年収"に近い賃金の実態を知ることができる。それが、今回の調査で得られた、冒頭の”年収”の金額なのだ。

 

 今回調査した年度の賃金額には、保育士の経験に応じて国から出る処遇改善費が含まれていないため、人件費分の運営費をどう配分するのか、その保育所の賃金への考え方や実情が素直に出ているのではないだろうか。

保育士の“年収”は、いったい、いくらなのか

 筆者は、都内の認可保育所について、情報開示請求で得られた賃金改善実績報告書から、「教育・保育従事者(以下、保育者)の常勤職員の職員一人当たり賃金月額」を基に、各保育所で働く保育者の平均賃金の年額を調べた。冒頭で紹介した賃金の額は、都内で低い順から挙げたものとなる。

 8月8日発売の月刊『世界』2019年9月号では、文書の開示請求で得られた都内411カ所の株式会社(NPO法人、学校法人等も含む)の認可保育所の賃金について調査した。そのなかで、ここではもっとも賃金額が低い15園を記したが、本誌では、300万円に満たない105カ所の保育所について実名をあげてルポする。

 急増する保育所のなかには”ブラック保育所”も目立ってきた。

 ほんの20年前までは、認可保育所を設置できるのは自治体による公立保育所と社会福祉法人による私立保育所だけだった。保育は公共性の高い事業のため、私立は社会福祉法人にしか設置が認められていなかったのである。代表者が地域にねざして社会活動をしていることが多く、多くは性善説が通用してきた。

 ところが2000年、営利企業の参入がNPO法人や宗教法人などとともに認められた。1997年の山一証券の破綻に見るような金融不安から、リストラの嵐が日本を襲う。同じ時期、専業主婦世帯と共働き世帯の比率が逆転し、既婚女性の就労も増え、待機児童の問題が深刻化していったからだ。

 そして2013年にも転機が訪れる。東京・杉並区で、待機児童になった母親たちが赤ちゃんを抱えて路上に出て保育所問題を訴えたのである。待機児童をめぐる報道が過熱し、安倍晋三政権は待機児童対策を重点政策に位置付けた。保育所作りは政治家たちの人気取りの切り札と化し、全国の自治体で保育政策の優先順位は上がった。

質は後回しの現実

 保育はそもそも”儲かる”ものではない。労働集約的な業界で、人件費が多くを占める。2000年に解禁されてもしばらくは株式会社立の保育所は増えず、10年経った2010年時点でも全国にわずか227カ所しかなかった。このため、株式会社の参入を促そうと規制緩和が次々と行なわれた。「待機児童になるよりはマシ」と。

 まるで、かつての「失業するよりはマシ」といって企業経営者に都合のいい、いつでもクビを切りやすい雇用の規制緩和が行なわれ、非正規雇用のワーキングプアが生み出された構造と同じように、保育では本来の基準を緩和して企業の参入障壁を下げているが、それは子どもの“安全保障”を切り下げることと同じだ。

 横浜市が保育所整備の担い手を企業に求め、いっとき、数字の上では”待機児童ゼロ”を達成したことを受け、安倍政権はこの「横浜方式」を全国に広めるべく音頭をとった。すると株式会社立の認可保育所は、2013年の488カ所から17年には1337カ所に急増したではないか。そして今もなお拡大路線を走っている。

 急ピッチで箱物が作られれば当然、人材確保や教育が追いつかない。ある自治体の保育課では、「新しくできる保育所では経験者が2~3割というところが多い」という。新人ばかりの保育では、おのずと質は劣化していく。公園に散歩に出かけ、子どもを置いて保育園に戻ってしまうような事故も多発している。

 待機児童を解消するための量ばかりが優先され、質には目が向いていないのが実態だ。行政の側も本音としては「株式会社は保育になじまない」と感じている一方で、受け皿を担ってくれるのが株式会社という現状にジレンマを抱いている。これまでの筆者の取材からも、まるで保育士が使い捨て状態になっている大手もあった。
 
 子どもの安全、保育の質を守ることができるのは、保育士だけだ。だからこそ、保育士の処遇が大切だということを、連載を通じて問題提起していく。


[i]2015年度は東京都が調査に乗り出した初年度のもので、数値に誤りがあっても受領している。また、都は事業活動収入に占める保育従事職員の「給与支出」の割合を求めていたのだが、都側が財務諸表の項目に「人件費比率」と記載していたため、定福利費を含めた人件費を記載した保育所が混在した。現在は「事業活動収入に占める保育従事職員給与支出」の割合と改められている。本文や都の資料に記載されていた保育者の人件費比率は給与比率を指す。

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著者略歴

  1. 小林美希

    こばやし・みき。一九七五年、茨城県生まれ。『エコノミスト』編集部を経て二〇〇七年よりフリーのジャーナリスト。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房:二〇〇七年日本労働ペンクラブ賞)、『ルポ “正社員”の若者た ち』(岩波書店)、『ルポ 職場流産』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 保育格差』『ルポ 保育崩壊』(岩波新書)など多数。

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