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「慰安婦」像をめぐる歴史戦(前篇)——主戦場・アメリカ

 公有地での「慰安婦」像設置に抗議して、大阪市長がサンフランシスコ市との姉妹都市解消を宣言した。自国の戦争犯罪を反省せず女性の人権を顧みない日本のイメージが、海外でますます強まっている。

■反発で強化される「反省しない国・日本」のイメージ

 2017年9月22日、よく晴れたサンフランシスコ市で、中華街のセントメアリー公園に新たに設置された「慰安婦」像の除幕式が行なわれた。

 朝鮮半島、中国、フィリピン出身の「慰安婦」少女三人が手をつなぐ様子を、最初に元「慰安婦」として名乗り出た金学順(キムハクスン)氏が見守るという作品。計画当初はデザインが未定で、「碑」や「メモリアル」と呼ばれてきたが、デザイン公募の結果、地元彫刻家スティーヴン・ホワイト氏による像に決まった(本稿では「像」と表記する)。

 除幕式の段階では地元の市民団体「『慰安婦』正義連盟(CWJC)」所有の像と碑文を私有地に設置するという形だったが、10月17日に土地が市に寄贈され、11月14日には市議会で、市による像と碑文の寄贈の受け入れ決議案が全会一致で可決。同月22日にはエドウィン・リー市長がこの決議案に署名した。サンフランシスコ市は米国の大都市としては初めて「慰安婦」像を公有地に設置した自治体になった。

 日本政府はこれに反発した。像と土地の寄贈に関して、11月15日の記者会見で菅官房長官は、サンフランシスコなど米国での「慰安婦」碑や像の設置は「わが国政府の立場とは相容れない」とし、阻止の取り組みを続けていくと表明。

 安倍首相も11月21日の衆院本会議で日本政府としてリー市長に拒否権の発動を求める申し入れを行ったと発言した。

 サンフランシスコの姉妹都市である大阪市も、2015年以降、橋下徹前市長と吉村洋文市長が抗議の公開書簡を複数回送付し、像設置反対の意思を表明してきたが、今回の市への寄贈に関してもリー市長の拒否権の発動を求める書簡を送付した。だがリー市長が寄贈受け入れ決議案に署名をしたことを受け、吉村市長は「信頼関係は完全に破壊された」として、60年続いた両市の姉妹都市関係を解消することを表明した。その後、12月12日にリー市長が急逝するという急展開を迎え、サンフランシスコ市への通達については遅らせるとしたものの、吉村市長は姉妹都市解消の立場を変えていない。

 地元メディアしか報道していなかった問題が、大阪市や日本政府の反応のために全米や海外のテレビや新聞でも大々的に報道されることになった。海外での「慰安婦」の碑や像の設置を日本が嫌がれば嫌がるほど、国際的には自国の戦争犯罪を反省せず、女性の人権を顧みない国というイメージが強化されている。

■「歴史戦」の主戦場としてのアメリカ

 現在までアメリカ・カナダの公有地・私有地に建てられた「慰安婦」の碑や像は13にのぼる。2017年に入ってもサンフランシスコを含め四市で像が設置され、12月14日には新たにニュージャージー州フォートリー区での碑の設置決議が全会一致で可決されるなど、着々と増えている。

 日本の右派は、「慰安婦」問題に関して、中国、韓国が日本を「貶める」ために「戦い」をしかけており、その「主戦場」がアメリカだという認識を持っている。

 そのきっかけとなったのが、2010年にニュージャージー州パリセイズパーク市に設置された全米初の「慰安婦」碑で、2012年5月、在ニューヨーク総領事館や自民党議員らが撤去を求めている。

 2012年12月に第2次安倍政権が発足して以降は、在米日本大使館や領事館、日本の姉妹都市が「慰安婦」碑や像の建設に反対し、撤去を求め、市議や市長らに働きかけるなどの動きが特に盛んになった。さらに「なでしこアクション」など日本の右派団体が地元市長や市議ら関係者への抗議を呼びかけ、日本から同じ文面のメール抗議が殺到した。

 こうした「歴史戦」のシンボル的な存在になったのが、2013年7月30日、ロサンゼルス近郊のグレンデール市の市立公園に建てられた「平和の少女像」である。市議会の決議の結果、公有地に設置された全米初の少女像だった。日本からのメール抗議が殺到するほか、2013年7月9日に開かれた像の設置に関する公聴会に在米日本人右派が参加し反対意見を述べるなどの動きがあった。

 グレンデール少女像に反対する在米日本人や「新一世」(戦後、特にバブル期に移住した新しい移民)らは、日本の右派論客や活動家らとともに2014年2月、「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」設立。その2週間後にGAHTの目良浩一代表らがグレンデール市を相手取り、ロサンゼルスの米国連邦地方裁判所に裁判を起こし、同年10月にはカリフォルニア州地裁にも同様の訴えを起こした。

 また、日本では2014年8月、朝日新聞の「慰安婦」報道の検証をうけて、朝日新聞社へのバッシングが起きた。そして、朝日の報道が「慰安婦」問題を捏造し、世界に影響を与えた結果、全米各地に「慰安婦」碑や像が作られ、それによって日本人や日系人がいじめ被害にあっているという説が、証拠もないままに右派メディアによって拡散されるようになった。

 この論に基づき「日本会議」や「頑張れ日本!?全国行動委員会」などの右派団体が中心となって朝日新聞社を訴える複数の裁判が起こされ、在米日本人らが直接の「被害」を主張する存在として裁判の原告や証人として関わった。

 これら日米での裁判の結果は、米国ではGAHTの敗訴がカリフォルニア州高裁、連邦最高裁にて確定し、しかも州高裁ではSLAPP(恫喝的訴訟)認定。また日本での複数の対朝日の裁判も原告が現段階で全て負けており、惨敗といえる。

 だが、裁判の情報共有や支援を募るという名目で、右派団体は在米日本人への働きかけを積極的に行ない、各地で集会を開くなどして運動を拡大していった。こうした活動の裏方として宗教団体「幸福の科学」の米国支部が大きな役割を果たしていたことは見逃せない。

 そして、日本政府が、GAHTがグレンデール市に対して起こした訴訟を支持する意見書を、2017年2月に米最高裁に提出したことで、官民一体で「歴史戦」を戦っている様があからさまとなった。

(つづく)

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著者略歴

  1. 山口智美

    1967年生まれ。モンタナ州立大学准教授。専門は文化人類学、フェミニズム。共著に『海を渡る「慰安婦」問題』など。

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