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解説 ビッグデータとIT産業を巡る巨大政治スキャンダルの行方


 2016年12月にダス・マガジンに掲載1されたハネス・グラセゲール2とミカエル・クロゲルス3共著の調査記事『世界をひっくり返したデータとは』(『世界』2017年春増刊号に邦訳掲載)をここに再録する。
 この記事では、英国のケンブリッジ・アナリティカ社(以下、CA社)が、収集した膨大な個人データを基に、先の米国大統領選に現実的に大きな影響を与えていたことが示唆されている。
 その膨大な個人データのかなりの部分が、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、なかでもフェイスブックから得たユーザーの行動データに基づくものと報告されている。
 端的には、有権者の個人情報から一人ひとりの政治志向を判定し、それを基にそれぞれの有権者に合わせた最も効果的な政治キャンペーンを行った、とする。

 先駆的な同調査記事のいわば追跡調査として、2018年3月にジャーナリストのキャロル・カドウォラードル4率いる英国の『ガーディアン』紙5および英国のテレビ局チャンネル46が、一連のスクープを発表した。
 複数の(実名および匿名の)内部告発者による証言と証拠および数々の独自調査を基にして、CA社と関連会社が、米国だけでなく数々の国の選挙に関わってきた様子を炙り出した。
 なかでも英国でのEU離脱キャンペーンに対する関与は国内問題に発展し、3月27日に国会付き委員会にて、内部告発者の一人7を証人喚問して調査審問が行われた8
 また、それら告発に対してのフェイスブック社の対応が不誠実と見なされたのだろう、同社の株価が1割下落する社会現象となった9

 一連の報道に接し、選挙対策サービスを売るCA社にモラル的な問題があったことは疑いなさそうだ。
 しかしそれが現行法に抵触するかどうかは微妙だ。技術の進歩に法整備がおよそ追いついていないからだ。
 欧州で5月に施行される新法GDPR10がその歯止めになるだろうか。

 そして本質的な問題として、SNSにおいて各個人が事実上自主的に個人データを提供している現実がある。この記事の指摘の通り、SNS上の全ての投稿も「いいね」も個人データだ。
 フェイスブック社はじめSNS各社の収入源は、そうした個人データを収集解析した結果の「行動ターゲティング広告」すなわち消費者一人ひとりの嗜好に応じた個人向け広告に他ならない。
 実はそれ自体は、実社会でのやり手の商人と同じ手法だ——なじみのお客さんの好みを知って、それに応じて今日の魚を勧める魚屋に似ている。そして消費者こそ、そんな魚屋つまり「行動ターゲティング広告」を好んで求めるかも知れない。
 比較してネット上のサービスでは、個人データのどれがどういう形で使われているかの周知が不明瞭になりがち、という問題は確かにある。
 また、CA社などが行ったことは、個人の好み(政治志向)を知った上で、行動心理学の知見も使ってその志向を修正するように積極的に働きかけたことだから、魚屋の例と同列ではない。
 しかし、根に繋がるものがあろう。

 社会として、また個人として、この問題にどう対処していくかは、ビッグデータ時代の現代人に突きつけられた課題と言える。

2018年4月3日



1. com の英訳追補版https://motherboard.vice.com/en_us/article/mg9vvn/how-our-likes-helped-trump-win

2. Hannes Grassegger (Twitter @HNSGR) https://twitter.com/HNSGR

3. Mikael Krogerus (Twitter @MikaelKrogerus) https://twitter.com/MikaelKrogerus

4. Carole Cadwalladr (Twitter @carolecadwalla) https://twitter.com/carolecadwalla

5. 『ガーディアン』紙特集 The Cambridge Analytica Files https://www.theguardian.com/news/series/cambridge-analytica-files

6. チャンネル4 “Exposed: Undercover secrets of Trump’s data firm” https://www.channel4.com/news/exposed-undercover-secrets-of-donald-trump-data-firm-cambridge-analytica

7. Christopher Wylie (Twitter @chrisinsilico) https://twitter.com/chrisinsilico

8. 英国下院委員会議事録https://www.parliament.uk/business/committees/committees-a-z/commons-select/digital-culture-media-and-sport-committee/news/fake-news-evidence-wylie-correspondence-17-19/

9. ニュースサイト Recode の記事 “Facebook has lost nearly $50 billion in market cap since the data scandal” https://www.recode.net/2018/3/20/17144130/facebook-stock-wall-street-billion-market-cap

10. EU GDPR (欧州一般データ保護規則) https://www.eugdpr.org/

著者略歴

  1. 坂野正明

    http://www.wisebabel.com/

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