COP30 多国間協調への決意(高村ゆかり)
※『世界』2026年1月号収録の記事を特別公開します。
2025年11月10日からブラジル・ベレンで開催された気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)は、予定していた会期を1日延長し、11月22日に閉幕した。気候変動問題に対処する最初の国際条約である気候変動枠組条約の下で、条約に参加する国による会合COPが毎年開催されているが、30回目のCOPであるとともに、2015年のパリ協定の採択からちょうど10年という節目となる会議でもあった。
COP30はまた、米国の政権交代後初めてのCOPであった。中国に次ぎ世界第二の温室効果ガス(GHG)排出国である米国は、トランプ大統領就任直後にパリ協定からの脱退を通告し、2026年1月27日に脱退となる。途上国の気候変動対策への資金支援を停止・撤回し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)総会にもCOP30にも代表を送らなかった。9月の国連総会では、「気候変動は史上最大の詐欺」と大統領が演説した。こうした米国の政策変更がこの多国間の交渉にいかなる影響を与えるのかが注目された。
パリ協定の目標実現にむけ連帯
最終日に合意された「世界的な努力/協働」を意味する「Global Mutirão」と名付けられた決定は、その冒頭で、気候変動枠組条約、京都議定書、パリ協定という多国間の気候レジームの下での成果を確認し、多国間主義とパリ協定の原則と規定へ強い誓約と決意を強く再確認している。そして、人びとと地球のため、気候変動対策と支援を行うためにパリ協定の目的と長期目標の実現をめざして決意をもって連帯し続けると表明している。子どもと若者にとっての世代間衡平の重要性を考慮し、現世代と将来の世代のために気候システムを保護するという決意を確認する。米国について直接の言及はないが、パリ協定が再び普遍的な参加を得ることへの期待も表明した。
これまで米国に追随する国はない。大いに議論となった決定文書も、この点について草案の段階から異論はでず、パリ協定の下で多国間協調を進めるという強い決意を示した。
パリ協定 その10年の到達点
パリ協定から10年。気候変動対策はどこまで進んだのか。ちょうど2025年は、パリ協定の下で、5年に一度各国が自らの目標(Nationally Determined Contribution:NDC)を作成し、提出することが求められており、2035年目標の提出が推奨されている。2025年11月25日時点で、世界のGHG排出量の74%を排出する119カ国とEUが2035年目標を提出する(ただし、世界の排出量の11%超を占める米国の目標は、前バイデン政権が提出したもの)。G7諸国はもちろん、ブラジル、中国、インドネシア、ロシア、南アフリカなどのG20の主要国も提出した。いずれの国も2030年の目標からさらに排出を削減する目標を提出する。中国は、2035年目標として、排出量が頭打ちとなった水準から7〜10%削減するという初の「削減」目標を提出した。提出された目標の評価では、2030年から2035年で、二酸化炭素(CO2)換算で3.4Gtさらに削減し、途上国に支援が適切に与えられる場合には4.1Gt削減される。2025年11月10日に更新された国連の報告書によると、パリ協定採択前は、世界のGHG排出量は、2035年に2019年比で20%〜48%増える見通しだったが、提出された2035年目標が達成されると、2019年比で12%削減する見通しだ。COP30の決定文書でも、パリ協定の採択前には工業化前と比べて4℃以上の気温上昇が見込まれていたが、各国の最新の目標がすべて達成されるならば2.3〜2.5℃の上昇に抑えることができるとしている。
化石燃料脱却のロードマップ
パリ協定から10年、明らかに世界の排出削減は進んだ。一方、異常な高温、豪雨など気候変動の影響がすでに顕在化する中で、将来さらに深刻化する気候変動の影響・リスクに照らして、気温の上昇をできる限り低減することが不可欠だ。国際社会が、パリ協定の下で、工業化前と比べて1.5℃までに気温上昇を抑えるという目標を掲げるのはそのためだ。1.5℃目標の達成には相当な追加的削減が必要となる。各国が提出した2035年目標の水準からCO2換算で24.1〜27.8Gtの削減が必要となる。現在の世界の排出量が約60Gtであることを考えても、ここ10年ほどの間にいかに大きな削減を実現することが必要かがわかる。
合意文書の交渉において、一番大きな争点となったのが、「化石燃料からの脱却(Transitioning Away from Fossil Fuels)」のロードマップを作成するかという点だった。化石燃料からの脱却は、2023年のCOP28において、各国が2035年目標を作成する際のガイダンスとして一度合意されたものだ。世界のGHG排出量の60%超を占める化石燃料対策を進めない限り大幅な削減は実現できない。実際の削減を加速・強化するための方策として、「化石燃料からの脱却」のロードマップを作成することを、EU、英国、ラテンアメリカ諸国などが強く主張した。それに対して、サウジアラビアなどの産油国、ロシアなどが強く反対し、最終的に決定文書には盛りこまれなかった。
決定文書に盛りこまれなかったものの、議長国ブラジルが、公式の交渉プロセスではないが、イニシアティヴをとって、「化石燃料からの脱却」のロードマップと、2030年までに森林減少を止めるロードマップを、国のみならず、国際機関、専門家など様々な関係主体とも連携して作成し、来年のCOP31に報告することを表明した。
熱帯林恒久保全ファシリティ
ブラジルは、COP30に先だって、11月6日、7日と各国の首脳級が集まるLeaders Summitを開催し、そこで、熱帯林恒久保全ファシリティ(Tropical Forest Forever Facility:TFFF)を立ち上げた。民間資金も含め1250億ドル(約20兆円)の資金動員を目指し、それを基本財産として、運用で得た運用益で熱帯林保全の支援に充てるというものである。10億ヘクタールをこえる熱帯林を有する74の途上国を支援対象に想定し、熱帯林保全の実績に応じて長期的に支援を受ける仕組みとする。森林の喪失、減少の分は支払いから割り引かれる。少なくとも20%は、先住人民・地域コミュニティに支払う予定である。
インドネシア、コンゴ民主共和国をはじめ途上国の熱帯林の90%を超える熱帯林を保有する34の途上国を含む53カ国が支持を表明、これまでに60億ドルを超える資金供与が表明された。目標とする1250億ドルという基本財産にはまだ遠く及ばないが、英国や中国など趣旨に賛同しつつも、実際にいかなる仕組みとなり運用されるのかを見て判断するという国もある。
森林減少からのCO2の排出は1990年からの30年間にも1.3倍超となっており、世界のGHG排出量の10%超を占める。資産運用による運用益を活用した長期的な支援、しかも熱帯林保全の成果ベースで行われる支援の仕組みがいかに展開していくか、注目される。
多国間協調とCOPの役割
将来の気候変動の影響をできるだけ低減するために排出削減のさらなる強化、加速が必要な中、COP30でロードマップなど具体的な施策が合意されなかったことは残念だ。多国間で協調し、パリ協定の下で連帯して気候変動対策に取り組むという強い決意をより具体的に示す機会を失したとも言える。
他方、具体的な施策に合意できなかったことをもって、今回のCOPや多数国間の国際協調の意義や実効性を評価するのは拙速だろう。途上国の気候変動影響に対する適応策への資金支援を、2035年までに2025年水準から少なくとも3倍とするといった目標など一定の合意の前進はあった。様々な利害を有するすべての参加国のコンセンサスでしかCOPは合意ができない。合意ができる水準はみなが反対しない最大公約数の合意となりがちだ。
その点、今回、議長国ブラジルが、COPの外側でロードマップの作業を進め、作業の結果をもってあらためて翌年のCOPに報告するという進め方は、やるかやらないかで議論を積み重ねるのではなく、合意の水準を引き上げていく面白い先例になるかもしれない。2021年のCOP26の機会に、国々が自発的にグループを作って、国際航空、国際海運それぞれの分野のネットゼロ目標を掲げる宣言を発し、COPの外側ではあるが、取り組みを進めた。その結果、国際民間航空機関(ICAO)、国際海事機関(IMO)がそれぞれ2050年ネットゼロ目標を掲げるに至った。
米国の政策や地政学的な緊張関係から、気候変動にかかわらず、多国間協調は難しさを増し、長年にわたって築いてきた国際協調体制に不安定で、見通しのききにくい状況を生んでいる。世界貿易機関(WTO)など多国間の通商・貿易制度がその典型だろう。
その中でも、多国間協調の下で合意を積み重ねていく努力は、ねばり強く続いている。パリ協定のような大きなルールづくりの段階から実施の段階に移ったものの、各国の排出削減を加速・強化するために、目標やビジョンの形成、各国の対策を促進していく相互のレビューや資金支援などの促進策など、なお多くの事項について国際的な合意と連携が必要だ。
今回のCOP30で議長国ブラジルが多様性と参加を重視し、多くの先住人民が会議に出席していた。年に一度のCOPは、上記のような合意形成とともに、子どもや若者、次の世代を含め、最も気候変動の影響に脆弱で、声が届きにくい人びとや国々の声を聞き、問題の現状と深刻さを共有し協働して取り組む、国際連携の基盤を提供する。
多国間協調が容易でない状況だからこそ、多国間協調を進める戦略的な場として、COPの役割は一層重要になっている。




