WEB世界

岩波書店の雑誌『世界』のWebマガジン

MENU

ストーカー対策最前線【前編】 警察相談に行くとき知っておくとよいこと(内澤旬子)

『世界』2025年11月号の掲載記事を特別公開します。12月号公開の後編はこちら


 神奈川県警の謝罪 

 二〇二四年一二月川崎市で元交際相手の男からストーカー被害を受けていた女性が行方不明となり殺害された事件で、神奈川県警は九月四日に検証結果を公表した。被害女性が警察に何度も相談していたにもかかわらず、危険性・切迫性を過小評価、さらに行方不明になったときに痕跡と思われるものがありながら鑑識活動を行なわなかったことなど、一連の対応に不備があったと認め、謝罪したのである。 

 もし自分がストーカー被害に遭ったら、警察に行っても痴話喧嘩とあしらわれて助けてもらえないのかと、不安になった女性も多いのではないだろうか。そもそも警察相談したらどう助けてもらえるのか、助けてもらえるためには何が必要なのか、どれくらいの被害で相談に行くべきなのか、はっきりわからないままどうにかしてもらえるかもと「とりあえず」警察に行く人がほとんどだろう。 

 筆者は二〇一六年に交際相手と別れようとして逆上され、先方が憎悪型ストーカーになってしまい、一回目の逮捕(不起訴釈放)、再犯二回目の逮捕、実刑判決収監、満期釈放までのおよそ二年間、断続的にひとりで警察に行って相談し、その都度対応していただいた。 

 それこそ最初は「とりあえず」行ってみて、勝手がわからず悪手も踏んだ。そこで体感したことを踏まえ、ストーカー・リカバリー・サポートの守屋秀勝代表(以下守屋さん)、弁護士及び被害体験者への取材から、なるべく齟齬をきたさずに警察からのサポートを引き出すにはどうしたらよいのかを考えてみた。 

 ストーカー・リカバリー・サポートの守屋さんは元加害者であることを公表し、加害者だったからこそストーカーの心理が誰よりもわかることを活かし、加害者更生支援を精力的に行なう一方で、被害者からの相談にも乗っている。被害者から要請があれば弁護士といつでも電話できる体制にしながら警察署にも同行する。 

 断っておくが、被害者は「こう振る舞うべき」でそれができない場合の落ち度を責めたいわけでは決してない。ストーカー被害者への配慮が十分とはいえない現行制度の中で、何が正解かまったくわからずに途方にくれる被害者及び関係者に、経験知をシェアしたい一心で書いている。今回、警察相談を中心に取り上げるため、ストーカー加害者心理についての言及は最小限にしている。 

 被害者の心理状態 

 ストーカー被害の警察相談のおおまかな流れは次の通り。 

 被害に遭っている人間が警察署に行き、つきまといなどの被害状況を説明。被害レベルや証拠の有無などから、警察が相談の記録を残しつつも様子見としてそのまま帰される、加害している相手に口頭指導、口頭警告、書面警告、禁止命令のいずれかを出す手続きに入る。もしくは暴行、住居不法侵入、脅迫などの刑法犯罪に当たる行為があると認められれば刑事手続き(被害届の提出)に入る。 

 それと同時に被害者に対して一一〇番通報者制度登録と防犯グッズの貸し出しを行なう。この二つがあればワンプッシュで警察に繋がり、誰が出ても相談内容が共有される。いちいち説明する必要もなく、すぐに警察が駆けつけてくれる。相手がいきなり自宅の玄関や職場まで来るなど、一刻を争う事態となったときにはとても心強い。 

 加害者が注意や警告で被害者への接触を直ちにやめて、その後も何もなければ無事解決。もしそこでやめずに被害者へ接触を試みたりする場合は、禁止命令を経て逮捕もしくは他の罪状で逮捕、となる。この流れがうまくいかないと、最悪の場合は「相談をしていたのに警察が動いてくれずに殺されてしまう」ことになる。 

 まず一点。今すでにつきまといを受けている被害当事者の精神状態は、通常ではない。オンライン上のつきまといであってもだ。個人差はあるが普段よりも長文読解能力が落ち、理路整然と説明したり複雑な話を聞き取ったりするのが難しくなっていることが多い。しかも困ったことにそれを本人が自覚できていない場合も少なくないということを、被害者自身が知っておいたほうがよい。 

 そういう場合は信頼ができて、被害を客観的に説明できる人に頼ることが望ましい。金銭に余裕があれば、ストーカー問題に詳しく被害者の気持ちを理解できる弁護士などに同伴してもらえば理想的だ。場数を踏んで警察での「流れ」を知っているので、うまく誘導してもらえる。 

 ただし地方の場合は都市部と違って弁護士の選択肢も減るし、経験があり信頼できる有能な弁護士を探すために一々面談していくのも時間とお金がかかる。 

 そして理想的な弁護士に丸投げする場合でも、弁護士から言われて事前に準備するものは同じである。次の①、②は自分が受けている被害を客観視するよい機会にもなるので今後どう動くにせよ、つくっておくとよい。 

相談に行く前に用意するもの 

 ①これまでの経緯を時系列順にまとめる。年表のような箇条書きにする なるべく相手と知り合ったところから、交際した場合は交際に発展するまで、暴力や心理的DVがいつからそしてどこで起きたか、どんな頻度であるのか。いつから相手と別れよう(距離を置こう)としてどんな状況で何を言って、どんな反応が来ているのか。 

 初対面の警察官に被害を思い出して語るのはけっこうしんどいことで、支離滅裂になったり話が飛んでしまったりしがちなので、箇条書きを見せながら話すなどするとよい。 

 ②客観的な証拠 家に訪ねて来た場合、玄関監視カメラの動画、SNSのリプライやメッセージのスクリーンショット、何か送り付けられた場合はその写真、怪我などで通院した場合は診断書と怪我の写真など。膨大にある場合には、膨大に用意するほうが被害の深刻さをわかってもらえる。これも日時と場所がわかるとよい。 

 データで警察署に持ち込んでも警察署のPCに差し込むことができない場合もあるので、紙に印字するかデバイスを持参して見せることができるようにする。 

 また。LINEなどのSNSに大量にメッセージが来ている場合、それが証拠になるので、どんなにつらくてもアカウントやトーク履歴を削除せずにそのままにしてブロックはしないで「証拠を貯めて増やす」余地もつくっておくこと。ブロックすると相手が逆上する恐れもある。既読をつけることでも相手を刺激しかねないと覚えておきたい。そして携帯を落としたり無くしたりする場合に備えて、データのバックアップも忘れずに。 

 ③連絡してこないでほしいことを明確に伝える これは必ずしもやらなくてもいいという弁護士もいらしたが、あったほうが話の進みは早い。「怖いので家に来たりメッセージをたくさん送ってくるのをやめてほしい」と拒絶を示した上で、さらに二回以上何らかのつきまとい行為(メッセージを含む)があったら、動いてもらえる可能性が高まる。 

 私もやってしまったのだが、「これ以上近づくなら警察に相談する」などと書きがちだ。しかしこういった「警察をちらつかせる」書き方は相手を逆上させる可能性が高い。手がつけられなくなってしまうとこちらもダメージをより大きく受けるため、自分がどう感じているのかを素直に伝えてやめてほしいと丁寧にお願いするのがよいようだ。 

 それがどうしても怖くてできない場合は、来たメッセージなどに一切返事をしないで完全に無視することで、「嫌がっていること」を客観的にわかるようにしておく。LINEの場合は、iPhoneでは画面長押しで既読をつけずに内容を見ることもできる。 

 ④避難先の検討と確保 こちらも相談前に検討しておくとよい。詳しくは後述する。 

 ⑤身分証明書 各種手続きに必要となる。 

 ⑥加害者情報 住所、電話番号、口座番号、車両ナンバーなどわかる範囲で。 

警察は被害届の取り下げ・非提出を嫌う 

 さて、これら(①②だけでも)を携えて自分が住んでいる市町村の警察署に行くのであるが、ここではっきりさせておきたいことがある。警察に相談して解決を進めるということは、被害の程度にもよるが、自分が警察に行ったことが相手に知らされるということなのだ。 

 相談時には「ストーカー・DV等への対応について」という紙を渡され、警察に刑事手続、文書警告、禁止命令等、その他の対応(注意、口頭警告)それぞれに分けて、してほしいか、ほしくないかのどちらかに丸をつけるようにと迫られる(「人身安全関連事案への対処に係る留意事項について(通達)」一三頁)。一応その他の対応では〝現時点では決心できないのでいつ頃を目処に確認してほしい〟という選択肢も、設けてくれてはいる。 

 被害者の話や証拠などから刑事手続が必要と判断されれば、被害届を出すように促される。被害届は被害の申告であり、この件の対応を警察に委ねることを意味する。実は被害届を出してもすぐに警察が捜査するとは限らないのだけれど、被害者にとって被害届の提出による心的負担は、重い。加害者が交際相手である場合は特に、被害者はなんとか「警察沙汰にしないように、穏便に」解決したいと願っている。とにかく相手を刺激したくないからだ。疲弊してどうしようもなくなって警察に相談に行ってもなおまだ「相手に私が警察に相談したことを知られたくない」と考えてしまう。凄まじい矛盾であるが、恐怖が日常になると、長期的な視点ももちにくい。 

 また、加害者に警察が連絡を入れるときには、被害者は避難することを勧められる。これも被害届や申出を出し渋る大きな要因となる。被害が大きい場合や相手の性格に危険性が認められる場合は、一時的な避難ではなく引越しと転職も視野に入れねばならない。特に小さな子どもや老人など保護が必要な家族がいる被害者は、簡単に避難できない。そこまでするほどのことだろうかと迷う。 

 警察としては出せるタマもないので覚悟が決まったらまた来てくださいね。となってしまう。一一〇番通報者制度登録と防犯グッズの貸し出しをしてくれるならまだいいが、それらもないこともある。それでも相談記録は残るのだが、被害者としては「無駄だった」と気持ちも落ちてしまう。 

 私の場合、相手が脅迫じみたことを言ってきたので慌ててよく調べずに、とりあえず証拠と経緯をまとめたものを持って行ってみた。警察署で膨大なメッセージの内容を吟味していただき、脅迫罪で立件を進める(当時ストーカー規制法がSNSのメッセージを対象にしていなかったために適用外だった)こと、相手が私に名乗っていた名前が偽名で逮捕歴があることを示唆された上で「被害届を出せば本名を教える」と言われて、仰天した。本名が知れない恐怖でいっぱいになり、被害届を書いた。なんの心の準備もなかったので、偽名のことがなければ被害届を出そうとは思わなかっただろう。本名を知って帰宅し、一通り検索して相手の前科などを知って落ち着くと、出した被害届で相手がより逆上するのが恐ろしくてたまらなくなった。 

 「やっぱり被害届を取り下げたいんです」と警察署に電話をかけたとき、「ちょっと話しましょう。すぐ署に来てもらえませんか」と言われた。この時の警察官(年配男性)が親身になって話を聞いてくださった。もちろん「取り下げるのならば警察は今後一切この件から手を引きます」とも最後にきっちり詰められたのであるが、その前段階として話を聞いてくださったことは大きい。ある程度の信頼関係を築くことができた。それで思い直して被害届取り下げをやめた。そうして相手は逮捕された(とはいえそれで終わりにはならないのだが)。 

 どうもこの被害届取り下げは、私たち一般市民が考える以上に警察のやる気をぐようなのだ。川崎のストーカー事件でも被害女性は複数回被害届を取り下げている。相手同伴で警察署に行っての取り下げで、仲直りしましたと言わされている。これは典型的なDV状態とも言える。DVについての知識があれば、どうにかして時間をおいてでも女性だけと会って話を丁寧に聴取し直すなどの配慮もできたはずだし、取り下げられたからとその後の悲壮な訴えを無視してよいことにはまったくならない。 

 被害届をいったん出しても取り下げができる制度自体は必要であるし、被害届を取り下げてはいけないと言っているわけではない。それでも現状では警察官とやりとりする時には、被害届の取り下げで受けるダメージが大きいことは、頭に入れておいたほうがいいと思うのだ。 

 今回取材した中にも被害届を二度取り下げていた女性がいらした。次号で詳述するが、やはり発言の端々に警察への不信感が滲み出ていた。 

発射スイッチを押す怖さ 

 ストーカー規制法に基づく警告や禁止命令を出してもらう場合も、まずは被害者の申出が必要になる。これもまた「自分が発射スイッチを押したことが相手に知れる」状態なのである。怖くて踏み切れない被害者も少なくない。 

 一応、明らかに危険とわかる場合、被害者の申出がなくても緊急の禁止命令を出せるように法改正はされている。しかし余程のことがないと発令されないようだ。 

 九月一日に世田谷で起きた殺害事件では、被害女性が警察相談時に供述した暴力行為の証拠がなく、さらに〝被害届を出さなかったので〟、相手の加害男性にはこれ以上近づかないように口頭指導するにとどまったと報道されている。それでも「大阪に行く」という加害者を東京駅まで付き添い見送ったのだから、立ち会った警察官もこの時点で「結構危険」とは思っていたように思う。そして翌日には女性のマンション付近を彷徨っているのを通報される。こうなると相当危険な状態だと思う。しかし今度もまた口頭指導に留まって、緊急の禁止命令は出されない。それでもできる限りのことはしようとしたのだろう。すぐに帰国するよう指導し、成田国際空港の保安検査場に入るまで見送った。そんな警察官の努力を踏みるように舞い戻ってきて殺害している。禁止命令が出ていたら防げたのかもわからないし、担当の警察官は被害女性が被害届を出さなかったことで引いたりせず、むしろできる限りのことをして守ろうとしたように私には思える。 

 警察庁は、川崎ストーカー事件を受けて八月二九日に、被害者の申出なしに警察が警告を出せるよう法改正の検討をしていると発表したばかりで、この事件で改正審議に勢いがついた形となった。  

 警察のやる気を削ぐこととしてもう一点頭に入れておきたいのが、示談だ。示談をすることは珍しくないが、その際には警察がどう反応するかなど、それとなく警察官や弁護士に探りを入れて今後にどう影響するかも検討したほうがいい。示談を守らない加害者も少なくないからだ。ただし私の事例が珍しい、示談で警察が不機嫌になるなんて聞いたことがないという指摘も受けているので、あくまでも参考程度に聞いていただきたい。 

 筆者の場合は加害者の逮捕後勾留中に相手方の弁護士から「前科の関係で執行猶予がつかずに実刑になるから」と強く要求され、検察官からも「裁判は被害者の負担も大きい」と言われて相手が怒り狂って示談条件にも難色を示しているにもかかわらず、示談をすることを選んだ。示談をしていることを加味して検察官は不起訴処分を出す。 

 これがまさか警察の機嫌を損ねることになるとは本当に思いもしなかった。三カ月後に示談を守らずに再接触してきた時に相談に行くと明らかに態度が変わっていて、「民事不介入」であることを告げられた。そして前回逮捕時にせっかく警察が色々手続きして頑張って逮捕したのにとチクリと嫌味を言われたのである。え?? と目が点になった。今となればどうして機嫌を損ねたのかがわかったのでよかったとも言える。 

 逮捕だけではダメで、起訴して何らかの処分をつけないと、警察の手柄にならないということなのだろうか。それが事前にわかっていればそれも含めて示談にするか突っぱねるのか検討したのに、誰も教えてくれなかったのだ。 

 その後、書き込み内容がどんどん過激になるまで三カ月も耐えねばならなかった。名誉毀損で検挙してもらうために警察署を再訪した時には最初からストーカー事案を担当する生活安全課ではなく刑事課の刑事をとお願いした。「絶対に何があっても示談もしないし被害届も取り下げたりしないので、進めてください」と頭を下げた。証拠も自費で開示請求して集めた。一度冷めて動かなくなった警察に動いてもらうには、初手のときよりもずっと大変になるというのが、私が得た実感だ。そして私の話を聞いて最初は動きが鈍かったとはいえ、揃えるものを揃えたら二度目の逮捕に動いてくださった香川県警には感謝しかない。 

警察に行く前にはアポイントをとる 

 弁護士もだが、生活安全課の警察官のなかでもストーカー問題に詳しい人とそうでない人がいる。筆者が被害に遭った十年前から比べて改善されたかと思ったが、守屋さんに確認したところ、いまだに知識の差が激しいそうだ。これは是非ともセミナーを開くなどして全国の生活安全課の署員に徹底していただきたい。 

 それはそれとして経験値の個人差が激しい現状で、少しでも経験値がありかつ被害者の立場や心情を汲める人に話を聞いてもらうにはどうしたらいいか。世代と性別である程度はにかけることができるのではないだろうか。 

 オンラインでのつきまといに関しては、いいねをつけた、こんな絵文字が来た、フォローを解除などの意味がわからない人に話してもまず怖さを理解してもらえない。実際に学生時代にSNSを活用した世代に話すほうが通じる可能性が高まる。そしてリベンジポルノなど異性に見せたくない証拠がある場合には、同性の警察官のほうが確実とはいえないけれども話しやすい人に当たる確率は高まる。 

 各自治体の警察署のホームページでも相談はなるべくアポイントをとって来てくださいなどと書いてあるので、このアポイントをとるときになるべくコンピュータやSNSに詳しい警察官、若い女性の警察官など希望を述べるのだ。そんなことを言ってもいいんですかとよく聞かれるが、大丈夫だ。該当する警察官が在籍している限りは対応してくださる。女性の警察官の数も年々増加している。 

 私は以前に俳優の友人がSNSのメッセージ機能で知らない人とチケットのやり取りをしているうちに相手がストーカーになってしまったときに、上京して警察相談に付き添った。この時には直前に電話をかけて行ったのであるが、あいにく女性の警察官はおらず、かなり年配の男性が出てきた。性的な文言もあるメッセージを読んでもらうのに抵抗があったので、若い女性の警察官が所用から戻って来るまで一時間待たせてもらいたいと言ったところ、快諾してくださった。その甲斐あって手続きは非常にスムーズに進み、捜査してみるとなんとその加害男性は居住している関東近県でも他の女性にも付きまとい行為をして既に地元の警察が捜査中であることが判明した。付きまといに二股があるのかとちょっとびっくりした。 

警察以外に頼れるもの 

 「被害者は警察にいけば守ってもらえると思っている人が多いです」と語るのは、ストーカー・リカバリー・サポートの顧問弁護士だ。 

 「弁護士が客観的な証拠を整理して相談に同行すれば、見回りを増やしたり一一〇番通報者登録はしてもらいやすくなるとは思います。それでも警察のリソースも限られているので、二四時間警備してもらえることは難しい」 

 被害届申出にも結構な書類手続きが必要だったので、被害届取り下げにも、おそらく膨大な書類手続きが必要なのだろう。それで事が進むのではなく戻るとなると、気が遠くなるほどの無駄手間に感じられるのかもしれない。〝限られたリソースの中で〟と考えると確かによくわかる。だからこそ警察に相談するときはなるべく覚悟をもってということになるのだろうか。しかし覚悟を決めるのに時間をかけているとその分加害者は自分のしていることが相手を怖がらせているとは気付けなかったり、悪意がある場合は増長したりしていく可能性もある。本当に難しい。 

 「二四時間守ってはもらえない状態で最優先に考えねばならないのは、まずは身の安全です。だからこそ相手から完全に隠れること、引越しを勧めるのです」 

 それは間違いないのだ。警察の介入の直後に連絡して来なくても、一年後に来る可能性もある。身の安全が最優先だからこそ、警察も被害届とともに避難を強く勧める。正論だ。よくわかってはいる。それでも理不尽だという気持ちはどうしてもる。自分で答えを出せない時にはストーカー事情に詳しい弁護士に相談して整理をつけることも必要だ。 

 筆者は自分の経験からつい警察以外に頼れるものはないと思いがちだ。けれども先ほどの弁護士は、加害者が交際相手である場合は、各自治体にあるDV相談窓口に行くこともお勧めしてくださった。被害を恥ずかしいことと捉えがちで、なかなか周りに相談できない人も少なくない。相談先は多いほうがよい。 

 警告などを出す際の避難先は、警察署から案内してもらえない場合が多勢だ。通達(建前)上は地域のDVシェルターなどと連携を進めるとなっているが、進んでいるとは言えないし、各都道府県警察によって対応に開きがある。避難を勧める被害者全員に一時避難先を紹介しているのは京都府警だけで、それ以外では確認が取れていない。 

 それならば自分で市役所や県庁のウェブサイトなどから「デートDV」の文字のある相談窓口を探して話を聞いてもらう手もある。一時避難所を案内してもらえる可能性も高まる。 

ストーカー保険の存在 

 もう一点、被害者として話を聞かせてくださったひとり、Aさんから「もっと多くの人に存在を知ってほしい」と強く勧められたのが、ストーカー保険だ。複数のお友達が加入しているそうだ(Aさんの被害体験は次号で述べる)。 

 一番有名なのは、あそしあ少額短期保険とALSOKによるand ME。ストーカー行為をした者に対して、警察署等から警告(口頭によるものは除く)または禁止命令等が発令された場合に保険金がおりる。セキュリティ機器の購入費用二〇万円まで、ALSOKのガードマンが駆けつける費用二四〇万円まで、緊急避難一時費用一泊一万円を一四泊まで、引越し費用四〇万円まで、さらに弁護士へのメール無料相談(三回まで)なども付いており、とてもきめ細かい。とはいえ色々条件があるので契約する際には重要事項説明・約款をご確認いただきたい。 

 調べてみたところ、他にはプラス少額短期保険の生活総合保険にストーカー特約があり、〝保険期間中に警察本部長等に「ストーカー行為等の規制等に関する法律」に基づいて申出等を行ない受理された場合〟に、引越し費用が最高一〇〇万円まで補償される。あすか少額短期保険でも新・入居者安心保険などに特約としてストーカー対策費用保険金を付帯させることができるようだ。こちらは三〇万円。 

 それにしてもどうやって警察への申出が受理されたことを証明するのだろうと思って一社に電話で尋ねてみたところ、警察に書面を出してもらうのだそうだ。え、書面?? となった。 

 書面警告や禁止命令が出されたときも、被害者には口頭による説明しかなされないからだ。本当に禁止命令を出してもらえたのかわからない、と不満そうに呟く被害者も少なくない。よくわかる。恐怖で記憶が曖昧になることも多いので口頭で告げられただけでは確証がもてない。かといって加害者には絶対に連絡は取れないので確認できない。 

 書面は出してもらえるのだろうか。守屋さんに聞いてみたところ、わざわざ大阪府警本部に問い合わせてくださった。すると以下のことがわかった。口頭警告注意に関してはいくら被害者から申出があっても書面での報告はない。書面警告並びに禁止命令が出されて被害者から申出があった場合は、書面が出る。そして大阪府警本部の警察官は、ストーカー保険があることをご存知なかったそうだ。 

 しかし保険の存在を知らないならば、なぜ書面を出してほしいと被害者が言うと思うのだろう。安心するためだと思ったのだろうか。それなら書面警告と禁止命令を出したら被害者全員に書面通知していただきたいのだが。あるのかないのかで、安心感が全然違う。私が貰えたらコピーを壁に貼って毎日眺めて心を落ち着かせるだろう。 

 守屋さんはこのストーカー保険について、「補償内容が全然足りない。月々三〇〇〇円とってもいいから中身を充実させるべき」と言う。何がどこまで必要なのか、and MEの補償内容を見ながら洗い出してみた。 

1 引越し費用と当面の生活費 無制限 
2 子供の幼稚園などが決まるまでの緊急預け先の費用など。無制限 
3 引越し時に特化した警備費用。二人は必要。無制限(警察はやってくれないし、ALSOKに頼める二四〇万円とは別立てであったら絶対安心) 
4 鍵の取り替えや盗聴器発見の調査なども無制限 
5 仕事を辞めたときの就業補償 一年間無制限 
  (失業保険も自己都合で辞めるので三カ月間出ない) 
6 弁護士費用 無制限(ちなみにストーカー・リカバリー・サポートでは弁護士の紹介も行なっている) 
7 カウンセリング及び精神科通院費用。被害者も精神科通院補償が必要。最大二〇回 通院無制限 
 

 心的外傷後ストレス障害の診断には一カ月通院加療が必要となる。私も被害後のメンタルの不調に悩んでいるし、それ以外の要因もあるが今も自分を責める気持ちと常に戦っているので、これも大事だ。 

 月々三〇〇〇円でここまで無制限補償がえるのかどうかは私にはわからないが、これくらいの補償があれば、迷わずに被害届を出し、警告か禁止命令の打診があったら申出を書いて、危険に備えて知らない土地に引越しできる、かもしれない。少なくともお金の問題で躊躇する人はいなくなる。これくらい被害者が被る被害は大きいのだ。 

 後編では被害者の警察相談体験を紹介する。 

タグ

著者略歴

  1. 内澤旬子

    挿画家・文筆家。著書に『ストーカーとの七〇〇日戦争』(文春文庫)、『私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月』 (山と溪谷社)

関連書籍

  1. 月刊誌世界は、リニューアルします

渾身の記録、ついに文庫化

孤塁 双葉郡消防士たちの3・11

孤塁 双葉郡消防士たちの3・11

吉田 千亜 著

詳しくはこちら

好評の連載をまとめた一冊

いま、この惑星で起きていること 気象予報士の眼に映る世界

いま、この惑星で起きていること 気象予報士の眼に映る世界

森 さやか 著

詳しくはこちら

ランキング

お知らせ

閉じる