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ストーカー対策最前線【後編】 被害体験が示す分かれ道 (内澤旬子)

『世界』2025年12月号の掲載記事を特別公開します。11月号掲載の前編はこちら


 前編で警察相談にはアポイントをとってからと書いた。けれどもストーカー・リカバリー・サポートの守屋秀勝氏(以下守屋さん)は、「わざとアポイントを取らずに行って話のわかる人を出してと言うこともあります」と語る。守屋さんは元ストーカー加害者だからこそ誰よりもストーカーの心理がわかることを活かし、ストーカー被害相談を受ける。被害者の要請があれば、弁護士といつでも電話できる体制にしながら警察署にも同伴する。また同時に加害者更生支援も精力的に行なっており、全国各地(の警察署)を飛び回っている。 

 守屋さんが被害者から相談を受ける時には、既に被害者が相談してみたけれども警察が動いてくれない場合が多い。初手から警察に強く出ることが有効に働くようだ。 

動かない警察 

 守屋さんによると、被害者が証拠を用意して相談しているにもかかわらず、まったく相手にしてもらえなかったり、被害者につきまとって加害者が逮捕までされたのに被害者の一一〇番通報者登録もせず防犯グッズの貸出しもしていないなど、怠慢な警察署がある一方で、迅速に対応してくださる警察署もあり、その落差が非常に激しいと嘆く。 

 「だからまず被害者には演技派女優になりなさいって言います。警察は、本当に苦しんでいて、私が殺されたらどうするんですかというくらいの気迫でいかないと動いてくれないよと言います。極端に聞こえるかもしれませんが、説得力がないと警察は動いてくれません」 

 かなり過激に聞こえるが、バッサリ否定もできない。私が被害に遭った際も元交際相手を脅迫罪で検挙しますとなった時に、「でも内澤さん、全然怖がってないんですよね」と不満そうに言われて驚いたのだ。被害をわかってもらうために一生懸命わかりやすく説明しているのに、同時に怖がっていることも要求されるのである。結構な無理ゲーだ。 

 警察署によっては「被害者だけ入って」と守屋さんは入室同行を断られることもあるそうだが、「守屋さんと一緒でないと相談できない」と被害者からの強い要請を受けて、入る。「一一〇番通報登録と防犯グッズ貸出しは引き出します。それから警告してもらえるかどうか。最低でも口頭警告はほしいところです」 

 ここからは実際の被害者体験を見ていきたい。 

Rさんの場合―言語の壁と不信感 

 Rさんはアジアから留学生として来日して日本語を学び、卒業後は会社に勤めていた。夜は飲食店を経営していて、常連客の一人と付き合うこととなり、同棲する。ところがこの男性がひどいモラハラDV常習者だった。店が終わってから夜中に車で人気ひとけ のない山に連れて行かれてそのまま朝まで帰してくれない、などの嫌がらせなどを受け、半年ほどで別れを決意すると、ストーカー化。つきまとい、店の営業を妨害する行為などをしはじめた。 

 警察に相談したけれど、彼女が願ったようには加害男性を厳しく指導してくれなかった。「日本の警察は何もしてくれない」「自国に帰れと言われてとても悔しかった」と、警察への不満を口にする。十数年前に来日し日本で学び就職した彼女にとって、「帰れ」はこれまで築いてきたキャリアや人間関係をゼロにすることを意味する。帰国したところで何もないのだから、とうてい納得できないだろう。 

 ただ、Rさんの場合、日常的な会話や仕事をする上では不自由ないのだろうが、警察で法律用語を交えたやりとりとなると、難しかったと思われる。 

 彼女は二回被害届を出しながらも取り下げている。 

 誰もサポートしてくれなかったのだろうか。よく聞いてみると、警察署は日本人の通訳を立ち合わせてくれたそうなのだが、Rさんによると通訳者の言語能力が低く、Rさんが日本語で話すほうがまだ通じたと語る。実際に一一〇番通報者登録制度についても登録を解除された時に何が変わるのかを理解していなかった。 

 その後、守屋さんと繋がり、三度目の被害届を出して、一週間後に逮捕となった。近づいたら即逮捕となる接近禁止命令も出してもらえた。守屋さんによれば、警察署の対応はそこまで酷かったわけではないと語る。 

Sさんの場合警察への抗議で対応一変 

 Sさんは四国某県に住んでいた。加害者とは六、七年ぐらい前に商品を売り買いする地域型アプリで知り合う。単なる取引の相手として半年に一回くらい会っていただけなのだが、だんだん連絡が頻繁にくるようになる。お互いにパートナーがいることは話して(Sさんからは牽制して)いたし、思わせぶりな態度をとったこともない。デートをしたこともない。それなのにしつこく連絡してきて、Sさんの身辺を調べるなどのつきまとい行為があったためにSさんが居住する地域の警察署に相談に行く。 

 ところが相手は警察に呼び出されると、「彼女は自分と付き合っている。結婚を考えている恋人で痴話喧嘩のようなものです。もう仲直りしました」とうまいこと嘘をついて終わらせてしまう。元々別の案件で地元(同県下隣接市の警察署)の警察官と付き合いがあり、Sさんのことを被害妄想気味であり感情がうまくコントロールできないなどと警察に説明していたのだ。 

 彼の言うことは虚偽で、自分は相手とは何の関係もない被害者です! と診断書や着信記録、インターホンの動画などできる限りの証拠を揃えて提出して何度説明相談に行っても、警察は信用してくれない。 

 加害者はSさんの子どもが通う学校やパートナーの会社に電話をかけて自分が子どもの面倒を見ていると言ったり、Sさんのクレジットカードの情報を盗んで自分の電気ガス料金の支払い先にしたり、電話も一日一〇〇回から二〇〇回とSさんが出るまでやめず、Sさんを呼びつけて殴る蹴るの暴行と、とにかく心理的にも物理的にも嫌がらせを繰り返しつづけた。被害期間は約一年半にも及んだという。 

 Sさんは被害のたびに証拠を持って警察署に行き被害を訴え続けるが、相手にしてもらえない。そして包丁で殺されかかったところをやっとのことで逃げて警察に駆け込んで、ようやく口頭警告を出してもらい、被害届を出すことを勧められる。けれどもお子さんの学校卒業まであと数カ月という大事な節目だったので避難することができない。警察官からはそれでは今後の転居先で必ず被害届を出してくださいねと言われる。 

 Sさんはお子さんの卒業を待って誰にも行き先を告げずに県外へと引っ越す。そこで知人が探してくれた専門家の守屋さんと繋がり、守屋さんに同伴してもらって元の警察署に被害届を出しに行く。すると、年度がかわって担当の警察官はいなくなっていて、被害届が受理されなくなってしまう。 

 Sさんは避難先の警察署や某県警本部に、これだけのことをされているのに所轄の警察署が被害届を受け取らないと複数回抗議を入れる。 

 某警察署は抗議を受けて一変する。〝偉い人〟が出てきて「ちゃんと捜査するので被害届を出して、もうクレームはやめてください」と言われたそうだ。 

 その後はこれまでの膨大な被害を、弁護士の力を借りて一件ずつ被害届を出しては告訴を繰り返した。こうして接近禁止命令も出してもらえた。加害者が被害者の住所を特定できないよう、住民票や戸籍の写し等の交付を制限する住民基本台帳支援措置も受けた。さらに捜査しているうちに見つかった余罪の関係で、生活安全課から暴力団対策担当に替わったことで、捜査は加速する。ちなみにこの加害者は別の女性にもつきまといをしていた。こうした例は他にも聞いたことがあり、二股ストーキングは意外と多いのかもしれない。 

 複雑すぎて加害者へ実刑がつくまでの経緯は述べられないが、よく心折れなかったし果敢に戦ってきたと思う。今でも当該警察署よりも現在居住している地域の警察署を通したほうが手続きがスムーズに進むそうだ。あまりにも酷いので、加害者からの被害を記録するだけでなく、これまでの警察とのやりとりも全部こっそり録音しているという(録音していいですかと警察に聞けば、しないでくださいと言われる)。そんな気丈なSさんでも、加害者と似た体型身長の男を見かけると、見つかったのかと血の気が引いて過呼吸を起こしてしまうそうだ。 

Aさんの場合――職業は関係ないが 

 Aさん(三〇代前半)はこれまでに複数回、男性につきまとわれている。二〇代半ばの時に知り合いの三〇代後半の男性にしつこく言い寄られ、断っても断ってもつきまとわれ、年末の帰省に差しかかった頃にお前の実家に行くと脅迫じみた口調で言われる。実家の場所まで知られているのかと怖くなり、警察に電話して窮状を訴えた。その当時はストーカー規制法のこともよく知らなかった(すでに法律は存在)。とにかく相手の男に何か注意してほしいというすがるような気持ちだった。 

 電話に出た警察官は、それでは相手の男が住む地域の警察署に連絡しておきますと言った。Aさんは相手の反応がどうだったのか(逆上していないかどうか)が気になり、相手の住む地域の警察署に電話をかけてどうなっているのか問い合わせると、何も聞いていない、記録すら残っていない状態だった。Aさんは焦りながらももう一度最初から事情を説明した。ところが対応した警察官に「相手の男のところに行くのは正月明けでもいいか」と言われてしまう。 

 そのお正月の帰省に合わせて実家に来ると言われたと訴えているのに、なぜ正月明けまで動いてくれないのだろうと、不信感が湧いた。 

 その男はまるでずっとAさんの行動を監視していたかのように、Aさんが帰省したタイミングを見計らうように実家にやってきた。お兄さんがインターホン越しに確認、一一〇番通報し、パトカーが数台来て男は逃げていった。 

 警察としては実際に来たところを押さえたかったのかもしれないが、Aさんにとっては実家まで本当に来るのと来ないとでは受ける恐怖がまるで違う。事前に来ないように頼んだつもりで、そうできたかもしれないのに、してくれなかった。 

 「今から思い返すとかなり警察から軽くみられていたと思います」と悔しそうに言う。 

 そういった警察に不信を抱く経験を複数回経て、二〇二二年のこと。地元で交際していた男性と別れようとして何度も別れ話を持ちかけるが、相手が応じてくれず、強引に引き止められ続けていた。暴力沙汰にもなっていたので遠くに逃げようと思ったものの、先立つ引越し資金がない。実家から遠く離れたF県のキャバクラを見つけ、働くことにした。店がマンスリーマンションを従業員寮として契約していたので、身一つで行くことができるためだ。店のホームページに顔出しもしなくて大丈夫だった。 

 相手を刺激することに恐怖を感じていたので、ずっと付き合っているようなやり取りをしながら、突然消えるようにF県某市に逃げ出し、ようやく離れることができたと思っていた。 

 ところが、行き先がバレないように消えたはずなのに、ほどなく相手から連絡が来る。今自分もAさんが働く街に出てきてボーイとして働いているというではないか。Aさんはパニックを起こす。 

 警察に連絡してみたものの、土日を挟んでいたためなのか、捗々しい反応がない。これまでの体験も手伝い、このままでは警察は助けてくれないかもしれないと、眠ることもできずに誰か助けてもらえる人はいないかと調べ続けて、守屋さんにたどり着く。二四時間電話対応とあったのが心強かった。翌日には守屋さんがF県まで来てくれて、警察に付き添ってくれた。 

 「警察はストーカー加害者のことがわかっていないと思います。守屋さんは元ストーカー加害者なので、ストーカー加害者がどれくらい本気なのかを知ってるだろうと思って連絡をしました。守屋さんがついてきてくださらなかったら、きっと相手にされなかったと思います」と言い切る。 

 相手との別れ話でめた時の骨折は診断書を取っておらず、証拠として提出したのはLINEのやりとり。相手を刺激しないように返事を書いていたために、「怖がっている」「嫌がっている」ように見えない、「好意があるように見える」「実害がない」などと言われて警察が対応を渋りそうになったのでAさんが「じゃあ殺されてから相談に来ればいいんですか」と激昂して大泣きし、守屋さんの尽力もあり、接近禁止命令を出してもらうことになった。その後相手からの接触はなくなった。 

 筆者はいわゆる「夜職」に就く女性はアイドルなどと同じようにストーカーに遭う確率が高くなってしまうのではとなんとなく思っていたので、思い切って聞いてみた。すると、これまでお店に来てくれるお客からつきまとわれたことはなく、個人的に付き合うか、道端で見かけて付け回されることが多いのだという。二〇二四年一〇月に東京で起きたガールズバーの客が起こした殺人事件は極めて例外的で、キャバクラに来る客の男性は基本的にはマナーを守って自分が使える金額の範囲で「遊ぶ」ことを心得ているそうで、ひとりの女性に執着せずにダメだったら次へ行く男性客が多い。同じ職業だった女友達も全員「客」ではなく、路上で見かけて「一目惚れ」状態になってつけ回すストーカーに遭っていたとのことだった。「夜職」にまつわる偏見を私自身も持っていたことになるので、改めたい。 

 しかし、だ。職業は関係ないということは、つまり、さらに言いにくいのですが綺麗な女性のほうがストーカーに遭いやすいと言うことになりませんか? と重ねて聞いてみたところ、そうなんです! 実はすごく言いにくいことですけど、職業ではなくて容姿がストーカーを引き寄せているんだと思っていますと言ってくださった。Aさんはインタビューを受ける前にネットで私の名前から画像を検索していて、私にならこのことを話せると思ってくださったそうだ。私自身容姿のことを褒められて素直にうれしいと思うよりもうんざりすることが多い人生だったが、こうしてAさんの本音を伺えたことは、ありがたく思っている。こうした外見の呪縛と被害は、逆の場合もまた往々にして起こりうることも申し添えたい。 

 Aさんは現在は結婚しており、結婚相手の親族が経営する職場で、信頼できる身内とともに働いている。決まった人だけとしか会わない内勤だそうだ。一時期、派遣の仕事をしていた時にも男性から一方的な好意を寄せられたため、知らない男性と会う機会のある仕事はもう怖くてできない。当然接客はカフェであっても無理とのこと。誰とも会いたくないという気持ちは、本当によくわかる。 

Bさんの場合――被害者も警察も早めに動いて吉となる 

 警察相談がうまくいかない場合ばかりではない。とてもうまく機能して解決した例もある。 

 Bさんは三年ほど前に、勤めていた会社の同僚と仲良くなる。二人で食事に行ったりしていたが、Bさんとしては暇な時に遊んでくれる男友達くらいの気持ちでいた。ところが相手の男性はそうではなかった。 

 「今となってはですが、相手の好意を感じながらも恋愛未満の関係でいたいという自分の気持ちをはっきり伝えることができなかったこと、反省しています」と語る。 

 違和感はLINEを交換した時に訪れる。「まるで付き合っているかのような」メッセージが来るようになる。会社で他の同僚男性と話していたことに不快感を表してきたり、返信が遅いだけでものすごく怒ってきたり。これはちょっと危ないのではないかと怖くなり、自分が恋愛感情を持っていないし、付き合うつもりはないと気持ちを伝えたのだが、相手の男性はBさんの言うことをまったく聞き入れようともしない。これ以上説得する気を失い、ラインの返事も書かなくなった。LINEをブロックして相手から来たメッセージは削除していた。 

 すると相手の男性は、職場でBさんが残業しているとわざと仕事を遅らせて帰りの時間を合わせ、出入り口に待機して、話しかけてきたそうに目配せしてきた。気づかないふりをして逃げるように帰宅すると、今度は電話が鳴った。 

 「一般の感覚として好きな人からもう会いたくないと言われて、LINEブロックされて、さらに相手にしてもらえなかったら引くと思うんですよ。それなりに言い分があったとしても相手にとっては迷惑なんだなってわかると思うんです。それなのに諦める様子がないってことは、この人の精神状態が普通じゃなくなってるって怖くなったんです」 

 電話は一度だけ着信音が鳴った後に切れたが、恐ろしくてLINEの返事も出せなかった。 

 年に一度の人事制度を利用して、相手とは別のフロアの部署に異動した。 

 異動してしばらく経って、もう解決したものだと思っていた頃に、相手からまた電話がかかってきた。前回の着信からかなりの月日が経ったのに、相手はその間ずっと納得できない思いを抱えていたことになる。いてもたってもいられなくなり、また自分だけでなく実家の家族にも被害が及ぶことも考え、守屋さんに相談をした。いろいろ調べた中で加害者の気持ちや行動についてよく知るのはやはり元加害者だろうと思ったからだ。 

 「最初は警察相談する気持ちはまったくなかったんです。警察沙汰にしない形で穏便に解決できないかと思っていました。たった数回の着信で、彼の人生を滅茶苦茶にしてしまっていいのだろうかという葛藤がありました。それに家族からも警察に相談したら逆上されるんじゃないかと心配されていました。被害者の人、皆あるあるだと思うんですけど」 

 その時に守屋さんから加害者の立場として次のようにアドバイスされた。 

 「お話からすると本人はまだ自分がストーカーになっていることに気づいていないと思う。ここは早めに警察に言ってもらうことで、彼に『あっ自分は今やばいことをしているんだ』って自覚してもらう。それが一番いいのではないか。彼はたぶん自覚したらすぐに止まると思う。家族を守るために警察に言わないでおこうじゃなくて、家族を守りたいんだったら勇気を出して警察に行こう」 

 こうしてBさんは加害者としての守屋さんの勘を信じて警察に相談することを決める。 

 警察署には友人と守屋さんと三人で相談に行った。LINEのやりとりは消してしまっていたので、電話の着信記録のスクリーンショットを証拠として持っていった。 

 これまでの筆者の体験や他の被害者たちの体験に鑑みると、着信履歴だけで警察が動いてくれるとは思えず、思わず「それで動いてくれたんですか」と聞いてしまった。 

 なんと、たまたまI県警はストーカー事案に力を入れているとのことで、着信があり、被害者が拒否の反応を示しているにもかかわらず加害者側がコンタクトを取ろうとした事実があれば、対応しますと言われたそうだ。そして本当にすぐに一一〇番通報者登録、防犯グッズの貸出しもしてもらえ、その日のうちに口頭警告が実施され、夕方にはBさんに警告が済んだことが知らされた。びっくりするほど迅速なのだ。 

 口頭警告時の相手の反応をBさんが警察官に尋ねると、「すごくびっくりしていた。Bさんがそんなふうに怖がって迷惑だと思い詰めているとはまったく思っていなかったようだった。反省はしていると思うのでもう彼はやらないとは思います。でも、何かあったらまた相談に来てください」と言われた。 

 「きっとその警察官も何人も対応してきての〝もうやらない〟という感触なのでしょうから、信じようと思いました。とても安心できました」 

 理想的な展開だ。しかも相手からはその後もずっと連絡はないという。 

 「状況によって違うのでなんとも言えないんですけど、引き延ばすよりは早めに対処(第三者が介入)するほうが、絶対にいいと思います。なんとなくですけど、加害者との関係がれていく中で、〝今ならなんとかなる〟っていう時期があるんじゃないかと思うんです。そこを越えてから相談しても、逆上されて逆効果になってしまうんじゃないでしょうか」 

 私もそんな気がしてならない。自分の被害を思い返しても、メッセンジャーのやりとりの中でこの時点だったらまだなんとかなったのかもしれないという境界がわかる。しかしそれは事後だからわかるのだ。境目がどこにあるのか、トラブルの最中にある被害当事者ではわかりようがない。 

 Bさんは今もこの経験を引きずり、男性と知り合っても「もしこの人もあの人みたいになったら」と考えてしまい、交際することができないでいるそうだ。 

 それにしても前号では「引越し、転職などの覚悟を固めてから相談」と書いたが「早めのほうが穏便に終わる可能性が高まる」のも事実であり、総合すると「早めに覚悟を固める」ほうがいいということになる……。 

ストーカー冤罪の構造 

 「警察署によって対応の落差が激しいことは、被害者と加害者、どちらにとっても不利益となります」と語るのは、ストーカー規制法に詳しい松村大介弁護士だ。彼の元に多く寄せられる相談は、被害者の多くは警察相談で相手にされなかった人。そして加害者の多くは、冤罪だ。どちらもあとを立たないそうだ。つまりそれだけ「動いてくれない警察署」と「動きすぎる警察署」の両極が存在するということになる。 

 ストーカー冤罪については無視することはできない。筆者も男性の被害者だがお話を伺ったことがある。関連する裁判も一度だけ傍聴させていただいた。その時点ではまだ被害者を装った女性のほうが圧倒的優勢でもあり、前もって話を丹念に伺っていて彼のほうが正しいのだとわかっても、もし万が一……という気持ちもゼロにはできなかった。本当に難しい。その後かなり経ってから冤罪が証明されたと聞いた。相手女性の悪賢さに改めて震え上がった。こういうがいるから、警察も本当の被害に遭っている人の言うことまで、慎重に聞かざるを得なくなっている。だからこそやっぱり証拠保全をしっかりしていきたい。 

 松村弁護士は、令和四(二〇二二)年に書面警告を受けた女性が取り消しを求めて起こした裁判で、弁護団の一員となっている。この裁判、一審二審で争われたのは原告女性がストーカー行為を行なったかどうかではなく、そもそも書面警告に「処分性(裁判で取り消しを求めることができること)」があるかどうかだった。 

 口頭警告と書面警告、そもそもどれくらいの差があるものなのか。自分の事件は適用外だったこともあり、禁止命令までの段階的措置なのだろう、くらいの知識しかなかったので、詳しく教えていただいた。口頭警告は、加害者の経歴に明確な傷はつかないが、書面警告以上になると、警察庁の管理する「ストーカー情報管理ファイル」に永久登録される。そして銃刀法の所持許可が取消しとなる。書面警告を受けて「リスト入り」した人物がその後、本当のストーカー行為をした場合に、前科があるように考慮される。また書面警告から禁止命令を経ずに逮捕も可能となっているそうだ。 

 このように明確な法的不利益があるものは原則、「処分性」をつけて冤罪であった時に裁判で取り消すことができるようにするべきなのに、書面警告は行政処分ではなく行政指導となっている、というのが原告側の主張である。 

 ちなみに冤罪被害の概要は、弁護士ドットコムの記事(若柳拓志「『裁判所は何のために存在しているのか』代理人が批判――『ストーカーは事実無根』訴えが門前払いされた理由」二〇二四年八月二四日付)および産経新聞(「ストーカー警告は取り消し訴訟の対象外なのか――『冤罪』の反論できず 大阪高裁が判断へ」二〇二四年六月二二日付)によるとストーカーとして書面警告を受けた女性は中国から留学してきた大学院生で、相手男性が同じ研究室のメンター、指導担当者。男性から関係を迫られ、断れば研究に支障をきたすからと一度は応じたものの、二度目を断ったところ、男性側が女性につきまとわれていると警察に申し出て、女性が口頭警告を受ける。とはいえ研究上のやりとりはしてもよいと警察から許可をもらってお互いに研究室に通っていたが、食事会の場でも男性が女性を恐れて避けるどころか正面に座ってきたりした。女性が納得できずに問いただそうとメールを五回送信したことで、女性の側に書面警告が出され、指導教授からは研究室の活動への参加を禁止されてしまった。警告によって研究活動にも重大な支障を被り、心身の調子も崩しているという。 

 説明をしていただく前は、書面警告に処分性をつけることで警察が迅速に動けなくなることを危惧していたが、こういった事例があると、後で取り消すための道筋すらないというのは、やはりおかしい。 

 そして、松村弁護士によれば、書面警告が行政指導であれば出すのは警察の裁量に任されるが、行政処分となれば、警察が動いてくれない時にも被害側が裁判所に訴えることができる。そして認められれば警察を動かすことも可能になる、つまり被害者にも有益なルートが確保されることになるそうだ。 

 こうしてみると、口頭警告で収まってくれたBさんの場合は、加害男性にとっても最小限のダメージで済んで本当によかったと思える。 

 松村弁護士がストーカー被害相談を受ける際には、事実関係や加害者の性格の見極めを慎重に行なった上で、カメラの設置など証拠拡充のアドバイス、被害者と弁護士の連名で拒否する意向を通知もする。加害が実刑になるようなレベルでなく、警察介入がただ逆上を招くだけと判断したら、松村弁護士自身が介入、つまり加害者と話をすることもあるのだそうだ。これにはちょっと驚いた。被害者と加害者の間に立ってくださる弁護士がいるとは思わなかったからだ。それで解決できるのならば、費用はかかってもお互いにとってよい場合も多いと思う。 

 そして、「被害届の不当な不受理」の場合には、警察署長、本部の監察官室、公安委員会には苦情、管轄の検察官に直接告訴状を送付して受理を促す。 

 先に述べたSさんの場合でも最終的には「上部組織に抗議」で対応が変わった。この最終手段を自力で、より効果的に行なうには各種「通達」を参照するとよい。ストーカー・リカバリー・サポートの顧問弁護士からも通達の重要性はご指摘いただいている。 

通達を頼りに 

 ストーカー規制法の条文は、いわば骨格のようなもので、その後に警察庁から各都道府県警察本部長や各付属機関の長、などといった肩書き宛に出される「通達」というものがある。ストーカー規制法の血肉に当たる「運用の仕方」が細かく書かれている。主に法改正後や大きな事件後などに出される。加害者に治療を呼びかける方法通達などもある。かなり細かく文章化されており、タイトルも間違い探しなのでは? と思うくらい似ているけれども違う通達があり、さらに同じタイトルの通達が年月とともに更新されていたりもする。ウェブサイトで誰でも閲覧できる。 

 それら通達内容のすべてがどの警察署でもきちんと守られていれば、川崎ストーカー事件の悲劇は防げたはずだと、松村弁護士は語る。そう、読んでみると本当にいたれりつくせり、理想の警察対応が文章となっているのだ。 

 「恋愛感情のもつれに起因する暴力的事案への迅速かつ的確な対応の徹底について(通達)」は、探した限りでは平成三一(二〇一九)年と令和六(二〇二四)年に出されたものが閲覧できた。よく見ると発出組織名が部分的に違っているし文章の構成も異なるが、平成三一年通達の有効期間が終わり令和六年に新たに出されたようだ。興味深いことに両通達ともに前号で触れたような「被害者等に(中略)説得等にもかかわらず被害の届出をしない場合」に言及している。 

 平成三一年通達でもうすでに「当事者双方の関係を考慮した上で、必要性が認められ、かつ、客観証拠及び逮捕の理由がある場合には、加害者の逮捕を始めとした強制捜査を行うことを積極的に検討する必要がある」としている。 

 令和六年五月に出されたバージョンではさらにきめ細かくなり、「警察に相談をするに至っているという事情を十分酌み取り、事案の危険性・切迫性を見極めること。警察署長は、担当者が被害者に被害の届出の意思がなく事件化を図らないと判断した場合には、更に慎重な検討を加え、事案を見極め事件化の要否を判断すること。なお、被害者等の真意を酌み取り、より正確に当該事案の危険性・切迫性を評価するため、相談場所、対応者、同伴者を同席させるかどうかなどの対応方法等に十分配意し、被害者等がより相談しやすい環境を確保すること」とある。 

 川崎ストーカー事件での被害女性が最初に警察相談に行ったのが令和六年六月なので、ちょうど前記の令和六年通達が出た直後ということになる。さらに同じく令和六年五月に出された「人身安全関連事案への対処に係る留意事項について(通達)」では、被害者からの聴取での意思確認方法や配慮の必要性、危険性や切迫性の見極めを担当警察官個人ではなく組織で行なうこともしっかりと明記されている。 

 こうして警察庁は令和七年九月四日に「神奈川県川崎市内におけるストーカー事案等に関する警察の対応についての検証結果等について(通知)」を発表すると同時に前述二つの通達に加えて「行方不明者発見活動に関する規則の運用上の留意事項について(通達)」、「人身安全関連事案への対処体制等について(通達)」の改正版を出した。 

 それぞれの通達の中で今回新しく加わったのは、ストーカー事案関係者が行方不明になった場合の確認の徹底、被害者と加害者が短期間で離縁復縁を繰り返している場合の危険性周知、そして交番や駐在所で相談を受けた場合の体制強化、などだ。どれも川崎ストーカー事件の検証を踏まえてのものだとわかる。 

 今後警察庁は「被害届を取り下げた場合のその後の対応」についての通達を出すのだろうか。動向を見守りたい。 

二番目に怖い存在 

 さて話を元に戻すと、もし警察相談に行って被害届を出したいと言っても受けつけられず、上部組織に抗議をするとなったら、これらの通達を引用して「通達が守られていない」と陳情するのである。ただ「動いてくれなかった」と言うよりも何をすべきだったのにしていないのかを細かく指摘できるので、説得力は増すはずだ。 

 被害者にとって一番怖いのは加害者であるとして、二番目いや加害者と同じくらい怖い存在にもなりうるのが、警察ではないだろうか。もちろんだが良心的に親身になって話を聴き、動いてくださる警察官もたくさんいらっしゃることも強調したい。それでもここに長々と述べた経験知をシェアすることで、ひとりでも多くの被害者が、長い戦いの中で途方に暮れることがなくなることを、祈念する。健闘を、祈る。 


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著者略歴

  1. 内澤旬子

    挿画家・文筆家。著書に『ストーカーとの七〇〇日戦争』(文春文庫)、『私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月』 (山と溪谷社)

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