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【新刊レビュー】リアルな核リスクを赤裸々に回顧 ――ウィリアム・ペリー『核戦争の瀬戸際で』 評者:太田昌克

 

「核の賢人」の回顧とメッセージ

  1990年代に米国の国防長官を務め、北朝鮮の核危機解決へ向けた外交交渉の最前線に立ったウィリアム・ペリー博士の回顧録 "My Journey at the Nuclear Brink" (Stanford University Press)の邦訳版が刊行された。

 表題にもある「核戦争の瀬戸際」を歩き続けた「核の賢人」であるペリー博士が、この大著に込めたメッセージを一言で表現するとしたら、評者は、結論部分となる第25章に出てくる次の一節を真っ先に紹介したい。

 「我々は核兵器が決して二度と使われないようにすべての力を結集すべきである」。

 博士が一生をかけて探求してきたのは、「核なき世界」に道を開く核不使用規範の確立、換言するなら、ノーベル賞学者で20世紀屈指の戦略家であるトマス・シェリング博士が力説した「核のタブー」の構築である。

 邦訳版出版の直前となる昨年末、評者は偶然、インタビュー取材のためにペリー博士その人を米カリフォルニア州パロアルトのご自宅に訪ねた。今年、91歳を迎える米外交・安全保障コミュニティーの大御所が屈託のない笑顔を見せながら、回顧録の日本語版出版を心から喜んでいる姿がとても印象的だった。その理由はほかでもない。博士の言う「核戦争の瀬戸際への歩みについての物語」が実は、私たちの住む国、日本に端を発しているからだ。

 

原点としてのオキナワ、ヒロシマ・ナガサキ

 18歳で陸軍工兵隊に入隊したペリー博士は1946年秋、占領軍の一員として沖縄に向かった。那覇港に到着した若かりし博士が目の当たりにしたのは、沖縄戦で破壊し尽くされた戦地の凄惨な爪痕だった。その時の衝撃は、博士の戦争観のみならず人生観をも変えたのかもしれない。終章には次の言葉が刻まれている。

 「破壊された光景を目にしたとき、18歳の青年が抱いていた戦争の栄光というイメージは雲散霧消した。私はそこで、その後の人生でも忘れることのない二つの教訓を得たのだった。一つは戦争には栄光が存在しない―それがもたらすのは死と破壊のみである―ということである。もう一つは、将来的に核戦争が起きれば、それは死と破壊にとどまらず、文明の終焉をもたらすということである」

 長崎を最後に二度と核兵器を実戦使用させないことを生涯の使命とした博士は爾来、名門スタンフォード大学に身を置く市井の研究者、防衛産業に携わる民間実業家、巨大な官僚組織を操る政府高官、そして国家安全保障を司る政治家の立場でさまざまな歴史的局面に立ち会い、核のリアルな脅威を目の当たりにしてきた。

 時としてその旅は、「終末兵器」が手招きする〝核の死線〟をさまようことすらあった。本書は、そんな核を取り巻く史実をドキュメンタリー・タッチで活描した、一級の歴史資料と呼んでもいい。

 ペリー博士が初めて核戦争の足音を耳にし、その身を震わせたのは1962年10月のキューバ危機だ。

 

「今日こそが最後の日になるのだろう」

 ソ連の核戦力実態を把握する電子偵察システムの開発を手掛ける実業家だった博士は、キューバ危機の発生後、旧知の米中央情報局(CIA)幹部の依頼を受け、急きょ西海岸から首都ワシントンへ飛び、キューバのミサイル基地の偵察写真を見せられた。その瞬間、恐怖が全身を駆けめぐったという。

 それから連日、博士はミサイルの配備状況を分析する仕事に携わるが、「毎日分析センターに通いながら、今日こそが私の地上での最後の日になるのだろう」と覚悟していたと当時を回想している。 

 キューバ危機をめぐっては実際、核魚雷を搭載したソ連軍潜水艦がキューバの沖合で米軍駆逐艦に対する核使用を検討していた事実が後に判明している。評者も2014年になって、沖縄に当時配備されていた核巡航ミサイル「メースB」の運用・管理を担当していた元米軍技師から、危機が最終局面を迎えたある晩、誤った発射命令がミサイル発射基地に届き、すんでのところで核使用が回避されたと聞かされたことがある。

 国防次官だった1977年11月9日の夜、博士は一本の電話でたたき起こされた。電話口の将官は、警戒用コンピューターがソ連から米国に向け200発のICBMが飛翔中だと表示していると告げた。すぐにコンピューターの誤作動であることが判明し、大統領が「核のボタン」に手をかける一大事には至らなかった。それでも「一瞬心臓が止まりかけ、最悪の核の悪夢がとうとう現実になったと思った」という。

 

「核なき世界」をあきらめるのは「敗北主義」

 博士がこのとき味わった「核の悪夢」は、過ぎ去りし日の物語ではない。なぜなら、今なお米ロ両国がそれぞれ数百発単位で核弾道ミサイルを即時発射態勢に置いているからだ。

 今日、核兵器による破滅の危険性は、冷戦時代よりも高くなっている。米国や世界の人々は、自分たちが直面する今日の核兵器の危険性を十分に理解していない――。

 博士はこの著の中で幾度も、現代の核リスクという巨大な暗雲が人類全体の行く末を暗澹たるものとしている現実を訴えている。そして、米ロ関係の険悪化に伴う核軍縮の停滞や北朝鮮核問題などがネックとなって、核廃絶はもはや実現不可能との冷笑的な空気が被爆国日本の国内にすら流れる中、「核なき世界」をあきらめるのは「敗北主義」だと言い切る。

 「私は核戦略を選択する場に身を置き、それに関する最高機密に直接アクセスできる人生を歩んできたが、そうした比類のない、戦慄を覚えるような、しかし見晴らしの利く立場にいたからこそ得られた結論がある。それは、核兵器はもはや我々の安全保障に寄与しないどころか、いまやそれを脅かすものにすぎないということだ」

 1990年代に博士自身が深く関与した米朝交渉の秘話も登場する。「核の賢人」が放つ言葉の深遠さを胸の奥底に刻みたい。

 

著者 ウィリアム・J・ペリー 著
松谷 基和 訳
出版年月日 2018/01/10
ISBN 9784490209785
判型・ページ数 四六版・320ページ
定価 本体2,500円+税

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著者略歴

  1. 太田昌克

    共同通信編集委員。早稲田大学客員教授、長崎大学客員教授を兼務。最新著に『偽装の被爆国』(岩波書店)。

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