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【新刊レビュー】検証の不在を埋める力作 『告白 あるPKO隊員の死(旗手啓介著) 評者:前田哲男


カンボジアに端を発する「不作為の累積」

 1993年、カンボジアPKOのなかで国連ボランティア・中田厚仁さんが殺害されてから、25年がたった(4月8日)。

 中田さんの死の衝撃さめやらぬ5月4日、こんどは文民警察・高田晴行警部補(岡山県警)がポル・ポト派(とみられる部隊)の銃弾に倒れた。今年5月は、その事件から四半世期になる。

 日本初のPKO派遣がもたらした悲劇をおぼえている人はもう少ないだろう。だが、自衛隊の海外派遣と密接なかかわりをもつ二つの事件は、いま、あらたな領域に波及して私たちのまえにある。「南スーダンPKO」における「日報隠ぺい」につづき、イラク戦争参加の自衛隊部隊でも同様の「公文書隠し」が白日にさらされ、安倍政権をゆさぶる政治問題と化しているからだ。

 すべてに共通する要因は、政府による「検証の不在」といっていいだろう。派遣に「国論を二分」する論争があったにかかわらず、カンボジアPKO以降切れ目なくつづいたPKOと多国籍軍派遣の行動実態が、政府または第三者機関によって検証、解明されることはなかった。

 送りだすことに百万言ついやした政府も、任務結了後は口を拭ってしまい、体験から教訓をくみとり歴史にのこす作業は捨ておかれた。カンボジアに発する「不作為の累積」はこんにちも克服されておらず、なお再生産されつづけているのである。

 本書は、「調査報道」のかたちをかりた(自衛隊の活動は除外されているので部分的だが)「カンボジアPKOの検証」にあたる。書名は『告白』だが、「告発」と呼ぶにふさわしい内容をもつ。

 

映像では盛り込めなかった文字資料を多く紹介

 「本編」となるNHKスペシャル「ある文民警察官の死~カンボジアPKO 23年目の告白」は2016年8月に放送され、すぐれたドキュメンタリーとしてかずかずの賞をうけた。本書はその書籍化だが、まこと「検証」と呼ぶにふさわしい骨格をもつこととなった。テレビ版と書籍化された本書をくらべると、(映像作家には失礼ながら)あらためて「活字の力」を感じさせてくれる。

 放映版では、アンピル近郊で高田警部補が襲撃された状況を、50時間におよぶ未公開映像を駆使して「映像的現実」に再現するシーンと、当時、班長だった川野邉警部がポル・ポト派指揮官ニック・ボン准将を探しあてる場面に焦点が当てられていた。書籍版では(それを踏まえつつも)さらに広い視野と細部への目くばりがなされている。50分の番組枠に盛りこめなかった、また映像化しにくいディテールを取りいれた結果である。

 書籍版は「文字による再現」に力点が置かれる。山崎隊長の「総括報告」「警察用長官への報告文書」はじめ隊員による日記――映像版では断片的だった「山崎軍団ニュース」「クメール日記」「川野邉手記」"AMPIL WEEKLY NEWS"――がふんだんにもちいられ、それら一次資料がつくりだすナラタージュ効果により、北西部タイ国境に近いポル・ポト派支配地区9か所に分散配置された75人、そして国境ぎりぎりに任地に配置された「アンピル班5人」の警察官が、武装解除を拒否したポル・ポト派支配地区に囲まれて孤立しつつ、徐々に険悪化していく情勢のなかで不安をつのらせながら、じりじりと惨劇の日に向かっていく日常が、丹念に書きつづられる。

「予告された殺人」だった

 本書を、カンボジア暫定統治機構(UNTAC)代表だった明石康著『カンボジアPKO日記』(岩波書店、2017年)と照合させながら読むと、さまざまな不条理――与えられた任務と現地情勢の落差、それを放置した日本政府の怠慢――が浮かびあがってくる。

 私は(もっぱら自衛隊ウォッツチャーだったが)中田さんと高田警部補の死を「予告された殺人」と表現したことがある(『カンボジアPKO従軍記』(毎日新聞社、1993年)。両書をくらべて、それが正しかったと納得した。

 「明石日記」4月23日の条には、「北西部諸州における文民警察官の安全について、日本が懸念している程事態は深刻でなく、したがって警官のプノンペン避難など必要でない」とある。明石代表にとって、総選挙の実施が至上命題であった。プノンペンから見るとそうだったのだろう。

 しかし本書による当時の現地は、4月、平林隊員の乗った四輪駆動車が自動小銃で武装兵士5,6人の襲撃に遭い、身ぐるみはがされ車を奪われる事件が起こるほど緊迫した情勢だったのである。

 私もこの耳でたしかに聞いた。前年12月、プノンペンでおこなわれた文民警察官のブリーフィングの席で北西部駐在の警察官が、「夜になると毎晩砲声が聞こえます。見ることもできます。10分くらい続きますが、曳光弾が飛ぶさまはまるで湾岸戦争のときのようです。攻撃はだんだん強くなってきたと感じています」(前掲拙著)と語ったことばを。

 状況はすでに破断界寸前にあったのである。明石日記にも、日々増大するポル・ポト派の行動が記されている。だが、UNTAC、日本政府とも手を打とうとしなかった。本書から、あのときの警察官の歯ぎしりがよみがえった。

現在につながるテーマ

 結局、悲劇の因は、UNTACから「指示・命令される任務」における現地情勢軽視、同時に、派遣の根拠となった「PKO協力法」に内在した欠陥、つまり二重指揮――UNTAC・日本政府どちらの権限が優先するのか――という根本問題にくわえ、日本政府が自衛隊派遣と任務遂行のみに関心をはらい、危険地域に配属された日本文民警察隊の板ばさみとなった境遇を放置したことにあったのだった。そのことが全編にわたり、隊員の談話や手記をつうじ説得的に語られる。

 また、山崎隊長が帰国後警察庁に提出した「総括報告」も(「Nスペ」と本書によって公知の事実とはなったが)いまだに公表されていない。これも「情報隠ぺい」といえないか? そうした「いまの問題」と関連づけても考えさせられる本である。

著者名 旗手 啓介
発売日 2018年01月18日
定価 本体1800円+税
ISBN 978-4-06-220519-1
判型・ページ数 四六版・384ページ

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著者略歴

  1. 前田哲男

    ジャーナリスト、軍事評論家。1938年生まれ。著書に『PKO――その創造的可能性』(岩波ブックレット)、『有事法制――何がめざされているか』(同)、『ハンドブック 集団的自衛権』(同、共著)、編著に『自衛隊 変容のゆくえ』(岩波新書)、『岩波小辞典 現代の戦争』など多数。

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