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名著再読/民衆にとっての教育の意味を問う パウロ・フレイレ『被抑圧者の教育学』 評=花崎皋平

 パウロ・フレイレは、文字をおぼえる機会に恵まれなかった人々、抑圧されてきた人々に文字を教える識字教育を実践しながら、そうした人々のための教育とはどうあるべきなのか、という問いを深めていったブラジル人である(1921年~1997年没)。

 抑圧のもとでは、人間としての価値を認識する機会も奪われていること、したがって、文字をまなぶのと同時に、自分が生きている地域、環境、社会に目を開くには、どういう教育でなければならないかについて、独創的な理論、思想を打ち立てた。フレイレ『被抑圧者の教育学』は、その代表的な著作である。

教育のふたつのパターン

 フレイレは、教育に二つのパターンがある、と言う。一つは銀行型、もう一つは対話による問題解決型である。 

 銀行型は、教えられるものを銀行預金者に見立て、教えるものが預金口座に知識や情報を振り込む。そして、その預金残高が増えることが教育されることになる。教えられるものは常に教えられるという受動的立場に置かれる。 

 対話による問題解決型教育は、人と人との対等な対話に基づき、現実を変革すべきものとして発見し合うことである。したがって、教える/教えられるは相互的であり、教育と意識化とは同時的に進行し、学ぶ者の主体化と社会変革への参加をうながす。 

 その具体的方法として、「生成テーマ」の発見、「コード化」の方法論が論じられているが、特徴は、すべて現場での経験と実践に密着して議論がなされていることである。 

 もう一つの重要な問題提起は、「反—対話」の理論を論じる中で示される「文化侵略」と、それに対立する「文化統合」である。

 

 「文化侵略」と「文化統合」

 「文化侵略とは、支配の対象となる人々の持つ潜在能力をばかにしつつ、侵略される人たちの文化的文脈に侵入し、浸潤し、侵略者の世界観を押し付け、創造性を押さえつけて成長を邪魔すること」と述べられている。

 それに対して「文化統合」は、「自らのいるところの社会構造を温存しようとするような文化に対峙する方向で作り上げられていくような文化行為」といわれている。キューバ革命などラテンアメリカの革命運動について考察しつつ、その文化革命的側面の重要性を説いている。

 この問題提起は、射程の長い重要性を持っているが、この本では、まだ一般論にとどまっており、実践報告をともなう具体的論述ではない。その後の世界では、女性解放運動、先住民族の権利回復運動が大きな課題となっており、その分野においては多文化、多民族共生の文化が実践の課題になっており、フレイレの提起の重要性とそれを発展させる必要性がある。 

 この本が日本に初めて紹介されたのは1979年で、当時、反開発運動、市民・住民運動、部落解放運動などに関わる人たちの間で学習会のテキストとして読まれ、実践を導く指針となった。現代の古典と言ってよい名著である。 

 私自身がこの本に最初に出会ったのは、1970年代半ば、英語版だった。手に入れて読み、翻訳したいと考えて出版社に相談したところ、すでに翻訳権が取得されているとのことだった。当時、北海道ではアイヌ民族が権利回復の闘いを進めており、私はそれを支援していたので、その運動の思想的・実践的な指針となった。1979年に日本語訳が出てからは、すぐに読書会のテキストとして使った。今でもまた読書会で使いたい本だ。

 

著者 パウロ・フレイレ 著
三砂 ちづる 訳
版元 亜紀書房
価格 2600円(税別)
発売日 2018年4月9日
判型 四六判
製本 上製
頁数 408頁
ISBN 978-4-7505-1545-8

著者略歴

  1. 花崎皋平

    はなさき・こうへい。1931年生まれ。哲学者。北海道小樽市在住。著書に『生きる場の哲学 共感からの出発』(岩波新書)、『天と地と人と 民衆思想の実践と思索の往還から』『田中正造と民衆思想の継承』『ピープルの思想を紡ぐ』(七つ森書館)、『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』(岩波現代文庫)、『アイデンティティと共生の哲学』(平凡社ライブラリー)など多数。

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