透けて見える武器商人の思惑―― 『消えた21億円を追え』 望月衣塑子
ロッキード事件、政界工作の真の背景
〝戦後最大の疑獄〟と言われた、米国の最大手軍事企業ロッキード社(現・ロッキード・マーティン社、以下「ロ社」)による、日本の政財界への巨額資金工作事件。NHKの取材班が600点、段ボール20箱に及ぶ膨大な捜査資料をひもときながら、当時の検事やニクソン政権の安全保障担当首相補佐官、商社丸紅の幹部らへの取材を丹念におこなった。見えてくるのは、国家間における軍事ビジネスの闇の深さだ。
事件では、1976年に田中角栄元首相がロ社から、民間航空機〝トライスター〟の日本導入をめぐり、丸紅を通じて5億円を受け取ったとされた。同年、アメリカ上院の公聴会で、ロ社のアーチボルド・コーチャン副会長が、〝昭和の怪物〟と言われた児玉誉士夫と秘密の代理人契約を結び、約21億円を支払ったと明かした。
ところが、この政界工作には「真の狙い」があった。
それは、同社の対潜哨戒機「P3C」の売り込みだ。
NHK取材班は、ロ社の代理店の丸紅で航空機課長を勤めていた坂篁一から新証言を得る。
“田中元首相への5億円は、P3Cの輸入に道が開けるよう国産化計画を破棄し、P3Cを選定してもらえるよう、後押ししてもらうためのものだった――”
「民間機導入のため」とされていた事件の構図は、40年の時を経て本来の姿を見せていくようになる。
「日本のカネで軍事力を拡大」
ニクソン大統領の安全保障担当補佐官だったリチャード・アレンは取材班の求めに応じ、1972年8月と9月の日米首脳会談の舞台裏を明かしている。
「大統領補佐官のキッシンジャー(当時)の話はいつも安全保障だった。ニクソンに対し『ハワイ会談で田中にP3CとE2C(グラマン社の早期警戒機)の購入を迫るべきだ』と話していた」。
狙いは明瞭だった。アレンは、「私たちは懐を痛めることなく、日本のカネで我々の軍事力を拡大することができる。加えて、私たちが望んでいた日本の軍事的な役割の強化にも繫がる」と解説する。
隠蔽された事件の真相
取材班は仮説をたてて資料に当たり、次々とキーマンに接触していく。そして、米国の極秘文書に行き着く。
文書の作成者は事件発覚後、本国への報告書で「P3Cに疑惑がのぼることで日米関係が破綻しかねない」と繰り返し、事件の拡大を最小限に防ぐよう進言。
「これ以上、資料を日本に提供するな」、「米政府がさらなる新事実が明らかになるのを避けるための方法を見つけることが広く望まれている」と記していた。
一方、日本でも児玉の秘書が命じて、段ボール5箱分ほどの書類が焼却処分された。重要な証拠や証言の多くが、日米双方の政府や関係者の手で葬り去られていた。
事件後、導入を決めた日本に対し、米国は1機100億円超のP3Cを計100機輸出した。現在、日本は世界第2位のP3C保有国だ。
軍事企業と政府――現在に通じる教訓
事件から40年が経過した現在も、米国のスタンスは一貫している。
昨年末の日米首脳会談で、ドナルド・トランプ大統領は、安倍晋三首相に「米国の軍事製品をもっと買うことで米国の雇用が増え、日本の安全にもプラスになる」と言った。今年度の防衛省予算は前年度から650億円増え、5兆1900億円を突破した。
1基1500億円と言われるミサイル防衛システム「イージス・アショア」を前倒しで2基購入することも決まった。ロ社が開発した1発1.6億円という最新鋭の巡航ミサイル「JASSM」も今年度から導入される。
2兆数千億円と言われる日本の武器市場。2014年4月の武器輸出解禁以降、その約4分の1にあたる5000億円弱が、米政府からの武器購入に費やされている。
米国の大手軍事企業がいまも日米両政府に対して影響力を持ち、日本の防衛装備政策はその軍事企業の思惑に動かされているのではないか――。本書が明らかにした「歴史」から得られる教訓は少なくない。
著者 | NHK「未解決事件」取材班 |
---|---|
版元 | 朝日新聞出版 |
価格 | 1620円(税込) |
発売日 | 2018年3月20日 |
判型 | 四六判 |
製本 | 並製 |
頁数 | 240頁 |
ISBN | 9784022515322 |