WEB世界

雑誌『世界』のWebマガジン

MENU

巖さんの妄想「最高権力者」は無実の証

 30歳で逮捕された袴田巖さん、その後の人生は暗転し地獄の苦しみに襲われること半世紀。他に類例のない重く過酷な刑罰を背負う死刑囚とされてきました。巖さんが被った精神的ダメージは甚大で、痛々しいかぎりです。無罪が確定しない現在、回復は遅々としており本質的な蘇生は望めないというのが現状です。なぜなら、巌さんを蝕んだ根本原因、冤罪が解決されていないからです。支援者として身近に巌さんと接する私は、その精神的ダメージにあってもなお不動のものとして生きる巖さんの心情について述べずにはいられません。

 巖さんの症状は「拘禁症」、つまり長期にわたる拘禁がもたらす妄想などと一言で言われていますが、そんな通り一遍のものではありません。虚無が支配する独房に投獄された48年間の毎日は、強いられた孤独と絶望の中で、冤罪を晴らせない焦りと抑えることのできない怒りに震え、そして宿命として迫りくる死刑執行への戦慄に苛まれる日々。

 そういう極限状況に放置された「死刑囚」の頭の中に渦巻くものは何か。

 私は思うのです。もし、真犯人であったなら、罪を犯したことへの慚愧の念と被害者への罪悪感に襲われることはあっても、あるいは被害者の亡霊に慄くことはあっても、巖さんのように正義を希求して身を焦がすなどということがあるだろうかと。

 巖さんは、現実の他に心の中に独自の世界(妄想)を創り出しています。そこでは、「最高権力者になった袴田巖」が「嘘のない世界」「社会の正義」「世界の平和」「全人民の幸福」を実現するため、不正義と闘い続けるのです。人の命をも奪おうとする社会の不正義と。二度とそのような「悪」がはびこらないように。巖さんは静かに叫びます。「闘いは勝たなきゃしょんないんだ。負けたんじゃ、やられちゃう」と。「警察? 怨んじゃおらんがね」と、自分をトリックに陥れた警察官や検察官、追随する裁判官の個人個人に対する私怨に囚われることなく、さらに、再審無罪の獲得という自身の利害に留まるものでもありません。

「私のもろもろの闘いは今弱者の生を代表するものである」(獄中書簡集より)。獄中で呻吟しつつ断言した格調高い意気込みは、30年を経た現在、人々の幸福を希い、さながら修行僧のように浜松の街を歩き回る巖さんの姿に貫かれており、この高潔さに私は強い感銘を覚えるのです。

 そうです。受難によって今も続く精神的状況と行動は、巖さんが無実であること、袴田事件は冤罪だということを満天下に証明する端的でこの上ない証拠なのです。

 このノックアウト知らずのファイティングスピリットは、罪人のものでは決してありません。殴られても蹴られても立ち上がり、なお理不尽な悪魔に立ち向かうタフな勇者のもの以外の何物でもないのです。

 ところで、裁判、再審請求審では、DNA型鑑定など高度に専門的な議論が飛び交っています。法律論や科学的鑑定も大事でしょうが、何よりまず巖さんという人間を刮目すればそれだけで無実が分かろうというものです。

 今回の高裁決定は、まるで検察主張のオウム返しでしたが、再審開始は取り消したものの「拘置と死刑執行の停止」はそのまま継続とし、最高裁へと判断を先送りしました。これは、一方で検察や上からの同調圧力に屈して、他方では袴田巖さんの無実を確信し同情する国民世論からの非難をかわそうとした結果でしょう。

 担当した大島裁判長は公平なデュープロセスに則った判歴を有する裁判官、今どきの裁判所には貴重な人財だという評判で、この裁判長ならと、私たちも大いに期待しました。それがあらぬ事に、来年定年退官を迎えるこの時、袴田事件の再審請求審という世紀の裁判で、天に唾する背信行為。大島氏は多くの国民を失望させ、自らの裁判官人生の晩節を汚しました。

 4年前、静岡地裁の再審開始決定は「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し続けたことになり、刑事司法の理念からは到底耐え難いことといわなければならない」という名言を残しました。その決定と、即時抗告審の記録を一通り読めば、誰の口からも無罪という判定が出ることは明白なこの裁判。いわれのない罪を晴らすまでには、一体どれだけの知力と歳月が費やされなければならないのでしょうか。

「50年戦争だと思っていたら、100年戦争だった……」85歳の姉、ひで子さんが呟いた言葉が痛い。

著者略歴

  1. 猪野待子

    キッチンガーデン袴田さん支援クラブ代表

閉じる