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気候再生のために

デジタル化と脱炭素は両立するか(高村ゆかり)

『世界』2024年9月号収録の記事を特別公開します。


エネルギー基本計画の改定始まる 

 この5月からエネルギー基本計画の改定作業が始まった。2022年制定のエネルギー政策基本法に基づいて、政府は、エネルギー基本計画を定め、エネルギーをめぐる情勢の変化などを勘案し、少なくとも3年ごとに、エネルギー基本計画を見直す。 

 今回のエネルギー基本計画改定には、二つの背景がある。一つは、脱炭素とエネルギーの安定供給、経済成長を同時に実現するための2040年に向けた新たな国家戦略として「GX2040ビジョン」を今年中に策定する予定だ。二つ目は、パリ協定に基づいて、2035年を目標年とした温室効果ガス(GHG)排出削減目標(NDC)の提出が2025年に求められていることだ。日本のGHG排出量の約85%がエネルギーに由来する二酸化炭素排出量であることから、削減目標の策定には、国の地球温暖化対策計画とともに、エネルギー基本計画が大きな位置を占める。今年の年末を目処に、エネルギー基本計画、温暖化対策計画の素案とともにGX2040ビジョンの案をまとめ、2024年度内(20253月まで)を目処に、エネルギー基本計画、温暖化対策計画を改定する予定である。 

電力の早期の脱炭素化に焦点 

 今回のエネルギー基本計画の議論において、エネルギー、特に電力の脱炭素化が急務であるとの認識は概ね一致している。電力は、再生可能エネルギー(再エネ)など既存の技術によって脱炭素化を見通すことができる分野だ。熱や燃料など非電力の化石燃料を電力に置き換えていく「電化」を進めることで、エネルギー全体の低炭素化、脱炭素化を進めることができる。 

 電力の脱炭素化を優先かつ先行して進める必要性は各国の共通認識である。国際エネルギー機関(IEA)の分析を基に、「2035年までに先進国の電力の脱炭素化」は、2022年のG7エルマウサミット、2023年広島サミット、2024年プーリアサミットと繰り返し確認されている主要先進国の共通目標である。 

 日本にとって、エネルギー、電力の脱炭素化を加速することは気候変動対策以上の意味がある。本誌20247月号でも紹介したように、輸入化石燃料への依存度を下げ、エネルギー安全保障に資する。貿易収支の改善、脱炭素経営が要請される日本企業の競争力強化など二重、三重のベネフィットをもたらしうる。 

日本の電力需要の見通し 

 今回のエネルギー基本計画改定の論点の一つが、今後のエネルギー需要、とりわけ電力需要の見通しである。電力広域的運営推進機関(OCCTO)は、毎年、一般送配電事業者から提出された情報を基に電力需要の想定を取りまとめている。2013年以降、日本の電力需要は減少傾向にあり、20128600kWhから2023年には8000kWh程度にまで減少した。一方、今後10年間の電力需要は、データセンター(DC)や半導体工場の新増設などにより、産業部門の電力需要が全体として増加に転じ、2030年頃に8400kWh程度まで(2023年よりも5%程度)需要が増える見通しだ。計画の熟度には留意が必要だが、日本でも各地で、特に関東、関西地域でDCの新設計画が報告されている。こうした電力需要の見通しから、新たな電源の開発が必要で、原子力発電所の新増設、当面は火力発電所の増設も必要という意見も聞かれる。 

DCによる電力需要 

 世界的に見ると、8000以上あるDC33%が米国、16%がEU10%近くが中国に立地している。各国・地域の電力需要を押し上げる要因と考えられているが、DCによって電力需要が増加するのか、それとも減少するのか、どの程度増加・減少するのかという見通しには相当な幅がある。例えば、2020年に欧州委員会が示したEUにおけるDCの電力消費量の見通しは、2030年に、2020年比で35%減から倍増まで幅がある。①2010年~2018年のトレンドが継続する場合、2030年に2020年比25%増に、②データ処理の高速化、ネットワークの混雑緩和を狙い、ユーザの近くで稼働するエッジデータセンターの設置が拡大した場合(この見通しではDCのサーバー能力の40%を占めるまで拡大すると想定)、電力需要は2020年比で約1.5倍になる見通しである。③DCのエネルギー効率改善のためのあらゆる方策がとられる場合、2020年比35%減に、④現状よりもDC拡大が加速し、エネルギー効率改善に技術的限界がある場合、2020年比2倍となる見通しである。 

 DCの電力需要の見通しは、省エネがどれくらい進むのか、2030年を超えて、量子コンピューティングなど革新的情報技術の展開が電力需要にどれほど影響を与えるのかなどによって、研究機関、専門家の間でも評価が分かれる。さらに、情報技術の展開によって、産業や社会のあり方そのものが大きく変容し、エネルギー需要を増減させる可能性もある。また、今後の日本における急速な人口減少や高齢化の進行は電力需要を下振れさせる要因でもある。こうした複数の要因に影響を受け、電力需要の将来見通しは容易ではない。 

省エネ技術の展開 

 電力需要の押し上げ要因となるDCの事業者にも省エネを進める動機がある。エネルギー消費の増大は事業コストを増大させるからだ。 

 NTTグループは、2040年までのGHG排出実質ゼロを目標に掲げて取組を進める。その取組の一環に「IOWNInnovative Optical and Wireless Network:アイオン)」構想がある。光を中心とした革新的技術を活用した高速大容量通信、膨大な計算リソースなどを提供可能なネットワーク・情報処理基盤の構想で、2030年の実現をめざし、研究開発が進められている。ここでもIoTの進展によるネットワーク接続デバイスの爆発的増加が、ネットワークの負荷だけでなく、DCの電力消費量を増加させると見込む。2040年には2013年比でNTTグループの電力消費量は約2倍になると想定し、この2040年の電力消費量を従来の省エネにより10%程度、IOWNによって45%抑制し、残りを再エネで排出実質ゼロを実現する計画である。光電融合デバイスの開発により電力効率を格段に改善する。また、各拠点が連動してデータ処理を行う分散型DCを実現済みで(米英では遠隔DC間のAPN接続実証実験もこの3月から始まる)、再エネの供給地近辺にDCを建設することで、エネルギーを高効率に活用できる技術である。 

 DCで消費されるエネルギーの40%近くが冷却用とされている。DCからの廃熱の活用により、エネルギー消費量を低減し、熱需要に応えるDC技術も開発され、普及し始めている。 

需要増の可能性にどう対応するか 

 見通しの不確実性が大きい中で、電力需要が想定より大きくなると、電力不足が生じかねない。他方、電力需要を過剰に評価し、電源の拡大を進めると、発電事業者は結果的に設備稼働率の低い電源を抱えることになる。国がこうした電源の拡充に支援を与えるとなると国民の負担や電力コストの上昇も懸念される。DCなどによる電力需要の見通しの精査が必要だ。 

 まずは、省エネを最大限進めることだ。EU20239月にエネルギー効率指令を改正し、500kW以上のDC所有者・運営者を対象に、DCごとのエネルギー使用量や効率の実績について報告を求める制度の導入を加盟国に義務づけた。効率を高め、エネルギー消費量を抑えることは、DC事業者にとってもエネルギーコストを抑えるメリットがある。新設時にエネルギー消費量を最大限抑制する設備・技術を導入するよう誘導する規制・措置の強化を急ぐ必要がある。電力供給に余裕がある地域にDCなどの立地を誘導していく施策も有効だろう。 

 それでもなお、電力需要の伸びに供給が追いつかないとなれば、電源の増強も必要となる。脱炭素の、特に再エネの電力の調達を進める企業が世界的に拡大し、特にDCを運営・利用するGAFAMGoogleAmazonFacebook=現在のMeta PlatformsAppleMicrosoft)をはじめとするグローバル企業はその筆頭だ。脱炭素、低炭素の電力で情報処理を行えることがビジネス上の「売り」にもなり、合理的な価格での再エネ調達がDCなどの立地選択の理由の一つとなっている。 

 稼働時に二酸化炭素を排出しない低炭素電源として原子力も役割を果たしうるが、新増設となると、環境影響評価や地元との合意形成などの手続をへて着工し、稼働するまでに10数年~20年ほどかかる。今足元での電力需要拡大への対応とは時間軸のミスマッチがある。電力需要の見通しを精査しつつ、省エネ対策の強化、再エネの一層の拡大が当面の現実解となるだろう。 

 自然変動再エネが大量に導入され、主流化する電力システムにおいて、DCは、その電力消費を調整し、併設する蓄電池から電力を送電線に送ることなどで、電力需給を調整する機能も果たしうる。変動する再エネの供給に合わせて電力を消費し、再エネを最大限利用したい顧客のニーズに応えるサービスも提供できる。こうした技術の開発と導入も始まっているが、DCが単なる電力消費体ではなく、分散型エネルギー源の一つとして電力システムを支える――そんな将来の電力システムを構想し実現できるかがデジタル化と脱炭素の同時実現の鍵ではないか。 

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著者略歴

  1. 高村ゆかり

    東京大学未来ビジョン研究センター教授。専門は国際法学・環境法学。

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