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気候再生のために

対談 「トランプ時代」の科学の使命 (高村ゆかり×江守正多)

『世界』2025年1月号収録の記事を特別公開します。


揺らぐリーダーシップ

高村 第二次トランプ政権の誕生が世界の気候変動対策にもたらすネガティブな影響は、避けられないだろうと思います。トランプ氏は、気候変動対策をはじめ、環境規制や化石燃料開発に関する規制を撤廃すると、繰り返し発言してきました。実際、二〇一七〜二〇年の第一次トランプ政権では、水質、大気、燃費といった、様々な環境規制が弱められました。

 気候変動対策等への大規模な投資を目的にバイデン政権下で成立したインフレ抑制法(IRA)も、制限や一部撤廃との声がきかれ、米国内のCO2削減ペースの失速が懸念されます。

 国際的な影響に目を向けると、トランプ氏は、今後、ガスや石油といった化石燃料の開発を増やしていくと表明しており、海外への化石燃料輸出が増え、世界全体の削減が進まないおそれがあります。パリ協定からの再離脱だけでなく、途上国の気候変動対策への支援を停止する可能性も高く、気候変動交渉に影を落としています。

江守 加えて、科学軽視の風潮が強まることへの懸念があります。トランプ陣営の関係者が多く参加する保守系シンクタンクが公表した「プロジェクト2025」では、海洋大気庁という、気象予報や大気・海洋の観測・分析をする機関を弱体化させることが含まれています。スタンダードな科学を尊重しない人物が権力を持ち、気候変動やエネルギー問題をめぐって、温暖化懐疑論を唱える人物が要職に就くでしょう。陰謀論が大手をふるう政権となることが心配です。

 もう一つ、アフリカなどを中心に、洪水や旱魃によって住む土地を失い「気候難民」となる人々が急増しています。欧州では、移民・難民への反対感情の高まりも一つの要因となり、極右勢力の台頭が見られますが、気候変動がこの流れに拍車をかけてしまうことが心配です。ナショナリズムが強い政権のもとでは、国際協調を前提にした気候変動対策は後退を余儀なくされ、気候変動の悪化により、さらなる難民が生まれる悪循環が頭をもたげます。

 これは米国だけの問題ではなく、気候変動を止めるためにすべての国が協力するという前提が崩れると、対処のしようがなくなってしまうのです。

高村 さらに今、これまで国家間の議論をリードしてきた欧州の主要国の政治基盤が弱くなっています。ドイツではショルツ首相による連立政権が崩壊して少数与党となり、フランスもマクロン大統領率いる与党連合は、単独では過半数が占められていません。イギリスは政権の基盤は盤石ですが、打ち出す政策はトランプ政権とは真逆の方向性でしょう。

 国際的な議論を誰がどのようにリードするのか、不透明さが増しています。そのようななかで、江守さんがおっしゃったように、ナショナリスティックで短期的な利益のための政策を打ち出す勢力に、日本も含め支持が集まっている状況です。

二〇一七年との違い

江守 ただ、第二次トランプ政権が気候変動対策に否定的な姿勢だったとしても、それは必ずしも米国全体が気候変動対策からいっさい手を引くことを意味しません。たとえば、再生可能エネルギーのコストは非常に安くなっており、その「安さ」を理由に再エネに投資が集まる傾向は続くでしょう。

高村 先ほどのインフレ抑制法に関しても、じつはその法のもとで一番支援を受けているのが、共和党の支持者が多いレッド・ステートなのです。共和党のなかにも、同法の支援の停止に反対する議員たちがいます。

江守 トランプ第一期に米国がパリ協定を離脱した際、We Are Still Inというカリフォルニアやニューヨークといった州、ナイキやマイクロソフトといった企業や大学などによる非国家主体の連合が、パリ協定に沿った対策を引き続き進めることを宣言し、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の場でも存在感を発揮しました。バイデン政権で米国がパリ協定に復帰した際、彼らは名称をAmerica Is All Inに変えたのですが、今後、彼らの役割が第一期にも増して重要になってくるでしょう。

高村 これまで気候変動対策は米国の政策に翻弄されてきましたが、第一期が契機となり、一貫して気候変動対策を行なう大きな集団が社会に形成されました。第一次政権が誕生した二〇一七年には存在しなかった、非常に強い対策の基盤を、今、私たちが持っていることは間違いありません。

資金をめぐる悩ましさ 

高村 二〇二四年一一月一一日からアゼルバイジャンで開催されたCOP29は「資金のCOP」と呼ばれ、先進国から途上国に対する二〇二五年以降の気候変動対策支援の目標金額の設定が焦点でした。交渉は難航し、会期は二日間延長されたすえに、二〇三五年までに年三〇〇〇億ドルとすることで合意されました。

 途上国側からは、当初、年一兆ドルの支援を求める声もあり、この金額に失望の声があがっています。今回、新たな資金目標を定めるにあたっての論点は、誰がお金を出すのかでした。先進国は、中国といった新興国にも拠出を求めています。また、民間から途上国へ流れる膨大な資金を気候変動対策のために活用すべきだという議論もあります。

 気候変動対策は大きく分けて「緩和」と「適応」があり、前者はCO2を削減し気候変動を抑制することを指し、後者は気候変動による被害を軽減し、備えることを指します。「緩和」に関しては、省エネや再エネ技術の導入などによるビジネス上のチャンスがあり、投資を呼び込みやすいのですが、「適応」は人々の生活に影響がでないことが目的なので、支援をする側の経済的メリットが薄くお金が流れにくい。「適応」により多くの資金を割くよう、気候変動の影響を受けやすい後発途上国や島嶼国が声をあげています。

 第二次トランプ政権下の米国がこうした基金に支援する意向がなく、パリ協定から再び脱退するかもしれないという状況が、交渉にネガティブな影響を及ぼしました。

江守 米国がリーダシップを放棄することで、たとえば中国がこの分野で存在感を発揮しようとする動きなどはないのでしょうか。

高村 じつは、中国、ブラジル、インド、南アフリカの四カ国が、グローバルサウスの一員として、先進国により多くの排出削減や資金拠出を求めていくのではないかという見立てもあります。G7ではなく、彼らに近づくマレーシアやインドネシアといった国々もあり、注目すべき流れだと思います。

江守 Climate Policy Initiativeという団体が公表しているデータによれば、世界の気候変動対策に使われているお金は年間約一・三兆ドルだそうです。他方、世界の軍隊への公的支出は二・二兆ドルです。さらに化石燃料補助金は七兆ドルで、気候変動対策資金の五倍以上の金額が費やされています。ちなみに、コロナの緊急対応で使った金額は一年で一一・七兆ドルだそうです。このように比較をされると、気候資金の少なさに、多くの人が納得できるのではないでしょうか。

高村 全体から見たときに、資金の流れがいかに不適当かわかりますね。

1.5℃シナリオのために

江守 私は毎年、COPの期間中に発表される、Global Carbon Budgetという国際的な研究グループによる報告を参照しているのですが、残念ながら二〇二四年の世界の化石燃料起源のCO2排出量は前年よりも増加しています。米国やEUなどの先進国では、程度の差はあれど排出は減っていますが、インドや中国といった新興国や発展途上国では増えています。先進国のみが削減をしても、1.5℃目標は達成できないことは明らかでしょう。

 もちろん、それによって彼らの発展が妨げられるのではなく、CO2を排出せずに発展できるような状態を、先進国側がつくっていかなければなりません。そのためには、資金も技術も、先進国から途上国への協力は全然足りないのではないかと思います。

高村 おっしゃるとおり、世界全体の排出量が増えている理由は途上国の排出にあります。彼らの視点からすれば、まだまだ経済発展が必要で、人口も増加しているのでエネルギー需要は増え、当然排出も増える。その分先進国がもっと減らすべきということでしょう。

江守 たとえば、途上国が新しく発電所をつくるときに、再エネが一番魅力的な選択肢となるような環境を目指さなくてはいけないですね。途上国の化石燃料需要を増やすような支援を先進国がやめていくことが重要です。

高村 先進国の側にこそやることがあるというご指摘は同感です。一つ朗報だと思うのは、新型コロナのパンデミック以降、エネルギー需要の増加分を再エネがずいぶんと相殺していることです。ですが、やはり危機に対するスピード、規模ともに不十分です。再エネの導入は増えていますが、熱や運輸といった非電力部門は、エネルギー転換が進まず、化石燃料が大勢を占める構造を変えられていないのが課題です。

戦争と気候変動

高村 戦争が実は非常に大きなCO2排出源だということは懸念材料です。ウクライナ戦争で、爆薬や戦闘機など、戦闘行為によって排出されたCO2は膨大です。

江守 私が読んだ記事によれば、戦闘後のインフラの再建なども考慮にいれていましたが、排出量はオランダ一国分に相当するとのことでした。

高村 敵対的な関係性が、交渉に直接的な影響を及ぼすこともあります。COP29の議長国がなかなか決まらなかったのは、EU加盟国の立候補にはロシアが反対し、ロシアが推す候補にはウクライナ側が反対したためでした。

 国連食糧農業機関(FAO)によれば、ロシアによるウクライナ侵攻の後に食料価格が上がり、アフリカを中心に、十分な食料にアクセスできない人口が億単位で増えたそうです。その背景には、熱波などの影響によるアフリカの食料生産の落ち込みがあります。

 日本でも、二〇二二年に食品価格の値上がりを経験しました。これにはウクライナ侵攻や円安など様々な要因があるものの、北米での気候変動の影響で小麦の先物価格が上がったのが一つの大きな理由だと言われています。

江守 直近では米不足も問題となりましたね。これは、二〇二三年に発生した異常気象によるコメの不作に一因があります。輸入品でいえば、オリーブオイルやチョコレートなども高くなっています。今後、戦争や気候変動の影響が複合的に私たちの生活を直撃することが増えていくかもしれません。

科学のメッセージ

江守 二〇二四年の世界平均気温上昇は1.5℃を超えるだろうといわれています。一〇年ほどの平均で評価するため、単年で1.5℃を超えても1.5℃目標が達成できなかったことにはなりません。ですが、着々とそれに近づいていることを認識すべきです。

 二〇二三年、二四年と猛暑が続き、「こんな暑さがこれからも続くのか」とたずねられることがあります。この二年は猛暑の気象パターンで、次の夏がそれと異なるパターンになれば、そこまで暑くならない可能性もあるでしょう。しかし、長期的にはそれらを上回る暑さを覚悟してくださいとお答えしています。猛暑をはじめ、勢力を維持した台風の上陸など、この二年の出来事は、今後より頻繁に現れる様々な気候変動の悪影響のいわば「予告編」ともいえます。

高村 この二年間、日本を襲った気候の変化―台風、豪雨災害はそれまで気候変動についてあまり意識していなかった人たちにとっても、生活や命を脅かすリスクとして実感する契機となったように思います。

江守 世界に目を向ければ、今年しばしば話題に上がったのが、北大西洋の海流の問題です。グリーンランド近くの海流の沈み込みが温暖化で止まり、北大西洋を北上して南半球から北半球に熱を運ぶ流れが弱まることで、南半球に熱が溜まり、欧州に寒冷化をもたらし、グローバルな気象パターンが変わってしまう懸念があります。変化を食い止めることができなくなってしまう転換点、いわゆるティッピングポイントが近づいてきていることに警鐘を鳴らす研究が増えています。

高村 気候変動がもたらす危機的状況を前に、科学が発してきたメッセージは明確だと思っています。二〇五〇年頃にCO2の排出を実質ゼロ、すなわちネットゼロを目指すこと。同時に、今後一〇年ほどをめどに、大幅な排出削減ができなければ、気温の上昇を抑えられないということです。

 日本の政策は以前よりもずっとネットゼロに向けて動き出しているとはいえ、GX政策をはじめ、革新的技術の開発に重点が置かれて、もっと足元での排出削減に注力してもいいのではないかと思います。「1.5℃に抑えるためのコスト」という言い方をよく耳にしますが、日本の場合、足元での削減によるベネフィットは多くあるのです。最近、一番の推しはZEBとZEHです。それぞれ、ネットゼロエネルギービルとネットゼロエネルギーハウスの略称で、断熱によって暑さや寒さを抑え快適に過ごせるのはもちろん、ヒートショックなどの健康被害も抑えられます。

 1.5℃目標の達成にむけた難しさは、時間軸の異なる二つの課題を同時に対処しないといけないことでしょう。一方で、短期的に大幅な排出削減をせねばならず、他方で、送電線網やモビリティの電動化といった、時間のかかるインフラの更新や今ない技術の開発にも取り組まないといけない。後者には長期的なビジョンと政策導入が欠かせません。

江守 特に後者に関しては、四年ごとに方針が変わっているようでは対処ができないわけですね。第二次トランプ政権の誕生で、日本では「気候変動対策が後退してもいいじゃないか」という空気が流れるかもしれません。しかし、四年後、ふたたび米国の方針が転換した場合、対策をさぼっていた時間は取り返しのつかない負債となります。ビジネスにしても、政策にしても、四年後をみて、今何をすべきかを判断できるかどうかが重要でしょう。

勝負の四年間

江守 日本のエネルギー政策は、安全性(Safety)、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)の「S+3E」を基本原則に掲げてきました。私はここに、公平・公正(Equity & Justice)という四つめの「E」を加えるべきだと提案をしてきました。たとえば、発電所立地地域と電力消費地の間の公平性、高所得者と低中所得者の間の公平性、そして世代間の公平性といったことです。

 現在、改定作業がすすむ第七次エネルギー基本計画の審議会にも、若い世代の団体が呼ばれていました。

高村 政策における将来世代に対する公平・公正さという観点は、今回のエネルギー基本計画の議論の俎上に乗りましたね。団体ごとに気候変動にいかに対応するかという点で意見は分かれていましたが、「将来世代にツケを残すな」というのは共通したメッセージでした。

江守 1.5℃目標の達成が危ぶまれるなか、いったん1.5℃を超えるものの、革新的な技術開発等によって気温を低下させ、ふたたび1.5℃に戻ってくるという「オーバーシュート」を提示する声もあります。ですが、それはまさに将来世代にツケを残すことを意味します。重要なのは、今、いかに削減量を減らし続けるかでしょう。

 公平・公正といった視点が受け入れられる社会の土壌がなければ、気候変動対策はうまく進んでいかないように思います。二〇一五年にパリ協定が採択され、気候変動に対し各国が協力して対応していく方針が示されたときに、世界の常識が一段階、前に進んだように思いました。その頃から「気候正義」といった言葉も聞こえてくるようになった。

高村 パリ協定という枠組みの誕生には、特に欧州のビジネスと金融における気候変動問題への認識の変化が大きかったと思います。彼らが気候変動をシステムそのものへのリスクだと捉えるようになったのには、科学が非常に大きな役割を果たしました。

 「気候正義」もそうですが「カーボンバジェット」の考え方によって、CO2の累積排出量の上限が提示され、将来世代への影響を今の私たちの生活が決めていることが明確に提示された。「座礁資産」も、現在の化石燃料資産への投資が気候変動の目標と整合しておらず、気候変動対策が進むと投資の回収ができなくなるリスクを提示し、金融機関や投資家の行動に変化をもたらしました。

 科学に逆風が吹くこれからの四年間、私たちはどう対抗していくか。それには、科学そのものの進展も大切ですが、政策だけでなく、私たちの生活のレベルでも、いかに科学に基づいた行動をとれるかが鍵ではないかと思います。

江守 科学がどんな新しいコンセプトを提示できるか、それをどのような社会のナラティブに変換していけるのか。そこにかかっていますね。

(構成=本誌編集部・近藤望寧)

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著者略歴

  1. 高村ゆかり

    東京大学未来ビジョン研究センター教授。専門は国際法学・環境法学。

  2. 江守正多

    東京大学未来ビジョン研究センター教授。IPCC第5次及び第6次評価報告書主執筆者。

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