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連載 はかまたさん

「袴田巖が犯人だという袴田事件なんか、元々ないんだ」

「そんなのウソなんだよ。ウソ言ってるだけなんだよ。事件がねえんだから、事件がね」
 
 不意の一撃にも、袴田巖さん(82)は普段どおりのペースを崩すことはなかった。
 6月11日午後1時半、再審開始決定に対する即時抗告審で東京高裁の「再審を認めない」との不当決定が出たとき、袴田さんは支援者とともに車の中にいた。やがて、在所に近い浜松市浜北区の岩水寺に到着する。
 
<再審開始決定を取り消し、再審を認めない>
 
 よもやの決定は支援者に伝えられたが、袴田さんにはそのまま静かに散歩をしてほしかった。
 しかし、テレビ局の記者がいきなり直球をぶつけてきた。
 
「高裁のほうで判断が出て、再審を認めないと……」
 
 これに対し袴田さんが発したのが、冒頭の言葉だった。さらに、
 
「裁判所がそう言っていることに対して……」
 
 と問われると、
 
「ウソだって」
 
 袴田さんは強い口調で言い切った。質問した記者は二の句が継げなかった。
 静岡地裁で再審開始が決まり釈放された2014年、袴田さんの元に通い事件について尋ねたことがある。
 
「袴田巖が犯人だという袴田事件なんか、元々ないんだ」
 
 袴田さんは、こう語った。この言葉と高裁決定日の発言は、内容的に寸分たがわぬものだった。
 2014年、再審開始を認めた静岡地裁(村山浩昭裁判長)の決定で最大の根拠とされたDNA型鑑定について、高裁の大島隆明裁判長は、
 
「一般的に実用化されている方法ではなく、有効性に重大な疑問があり、鑑定結果は信用できない」
「静岡地裁は鑑定の評価について慎重さを欠き、判断を誤った」
 
 などとして地裁決定を否定、取り消したのである。
 ほかにも、「捜査機関が証拠を捏造した」と踏み込んだ指摘した静岡地裁の認定を「捏造した証拠はない」とし、「確定判決(死刑)の認定に合理的な疑いは生じていない」と、高裁は述べている。
 しかしその一方で、4年前に認められた死刑と拘置の執行停止については、
 
「再審開始決定の取り消しにより逃走の恐れが高まるなど刑の執行が困難になるような現実的危険性は乏しい」
 
 と、取り消さなかった。袴田さんは死刑囚であるにもかかわらず、釈放されたままの状態を保つというのだ。
 静岡地裁は4年前、再審無罪を前提として異例の死刑囚釈放を実現させた。逮捕から48年が経過していた。
 今回の決定は、この部分は覆さなかった。これは何を意味するのか。
 高裁は一応、地裁決定を否定はしたものの、ある意味、最終的な結論を最高裁に委ねたのではないだろうか。
 西嶋勝彦弁護団長は、高裁決定をこう批判した。
 
「4年間、原決定の元になったDNA鑑定を潰してくれる鑑定人を探し出して、その鑑定結果を待つだけに費やした。誠に結論ありきの決定だと思います」
 
 高裁決定日の午前中、自宅でテレビを眺めながらゆっくりと過ごした袴田さん。昼食後、出身小学校にも近い岩水寺で手を合わせ参拝した。天竜川沿いにも寄った後、夕刻に帰宅。汗をかいたせいか、スイカやさくらんぼ、バナナをおいしそうに口にした。
いつものように岩水寺で手を合わせる
〔いつものように岩水寺で手を合わせる〕
決定日の夕刻、スイカやさくらんぼ、バナナを食す
〔決定日の夕刻、スイカやさくらんぼ、バナナを食す〕
 
 その頃、悔しさを滲ませた浜松の支援者たちは、浜松駅前でボードを掲げ、不当決定への抗議活動を行った。
決定日の夕刻、浜松駅前で始まった抗議活動
〔決定日の夕刻、浜松駅前で始まった抗議活動〕
 
 通りかかった36歳の公務員は憤りをこう表現した。
 
「検察のメンツにこだわり続けているんでしょうね。地裁での決定がなされていて、世論にもこれだけ後押しされている中で、疑わしきは罰せずの原則から明らかに外れていますよね。当然、正当な判断が下されると思っていただけに、やるせない思いです」
 
 「浜松・袴田巖さんを救う市民の会」事務局長の清水一人さんは、袴田さんの肩に手を置きながら、こう語りかけた。
 
「きょう東京で決定が出たということですけども、僕らまた、もっともっと頑張って、本当に罪が晴れる日まで頑張っていきます」
 
 東京高裁で決定文を受け取った姉・ひで子さん(85)は、言葉少なに、だが毅然とこう言った。
 
「残念でございます。何をかいわんやです。次に向かって進みます」
 
 決定日の夜、袴田さんはテレビでバラエティ番組を眺めていたが、ニュースで高裁決定が報じられると消してしまう。
 
「10時か。風呂入らにゃー」
 
 そう言って入浴したのは、いつもより遅く22時半過ぎだった。
高裁決定日の朝、自室でテレビを眺める
〔高裁決定日の朝、自室でテレビを眺める〕
 
 真っ向から対立する地裁と高裁の決定。法は本当に正義なのだろうか。姉・ひで子さんは「前に進む」と語り、袴田さんも自分のペースを崩すことはない。
 大切なのは、打たれ強いボクサーのように何度でも立ち上がり、歩き続けることにある。
 
幼いころから親しんでいた岩水寺にて
〔幼いころから親しんでいた岩水寺にて〕

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著者略歴

  1. 青柳雄介

    ジャーナリスト。一九六二年東京生まれ。雑誌記者を経てフリーのジャーナリスト。これまで事件を中心に社会、福祉、司法などの分野を取材。袴田巖氏が釈放された二〇一四年から密着取材を続ける。

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