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連載 デルクイ

差別と分断の構造を覆す歌の力〜BTS(防弾少年団)から日本と世界を見つめる(2)

私は、『韓流』には全く興味がなかったと言っていい。

 2002年、ペ・ヨンジュンの『冬のソナタ』が大ヒットしたときも、1話か2話程度は見たが、継続して見たいとは思わなかった。その後、友人たちが東方神起にハマったときも、歌のうまい若者だなぁ、と思った程度だ。むしろ、私の母(現在85歳)のほうが『韓流』にはまり、夜通し「冬のソナタ」を見たり、俳優ウォン・ビンのポスターを貼ったり、いまでは、LINEでの自分のアイコンがBTSのVの顔になっている。

 私はと言えば、子どものときから芸能人に心を奪われた経験がない。いわんや、恋愛感情を抱いて「BTS」を見るような感性はまったくないので、その手の内容は書けない。

  ただし、芸能界とは少しだけ付き合いがあった。子どものときに、劇団「こじか」に所属し、20代は俳優養成所「宮田塾」で少し学ばせてもらった。

 プロとしてのモデル経験も数年ある。映画の端役に出たり、音楽番組の製作に関わったことは一度。仕事としては、モデルクラブ「オスカー」などでタレント養成を担ったことが数年。韓国とは、ミチコ・ロンドンの韓国でのショーに関わったり、韓国の歌手・吉屋潤(キル・オギュン)さんや在日の作曲家ソン・モギンさんとの交流、そして、仕事として歌手の桂銀淑(ケイ・ウンス)さんの新曲の日本語訳を請け負うなどのこともしてきた。広告代理店時代はセールスプロモーション部門に4年間配属されていた。

 その程度である。ほんの少しだけ、昔の日本の芸能界の仕組みを知っているに過ぎない。だから、進化した今の芸能界は、よくわからないことだらけだ。

 エクスキューズが長くなったが、その上で、私がBTSにいいなぁと感じていることを、このコラムでは書いていきたい。BTSのファンは世界中にいて、それぞれが、それぞれの引き出しや、好きな理由や扉があると思う。きっと、BTSの楽しさは何年かけても語り尽くせないだろう。私の見方は、単に「在日三世」からの一つの視点というだけで、BTSのメンバーが意識して伝えたかったものかどうかは分からないことを、ここで改めて強調しておきたい。

「お国言葉」飛び交うラップ

   BTSの初期の作品に「パルドカンサン 팔도강산(八道江山)」(2013年)がある。聞く度に爆笑している。


「八道江山」【歌詞  辛淑玉意訳】
 
우리는 방탄소년단/俺たちは防弾少年団

Let Go
서울 강원부터 경상도/ ソウル江原から慶尚道
충청도부터 전라도/ 忠清道から全羅道

마마 머라카노! (What!)/はぁ? 何ほざいてるんだ!(What!)

우리가 와불따고 전하랑께(What!)/ おいら(防弾少年団)のお通りだい!
우린 멋져부러 허벌라게/ やばいぜ オレたち イケてるよ

(慶尚道方言)
아재들 안녕하십니꺼/ おいちゃん(たち)よ 生きてまっか?
내카모 고향이 대구 아입니꺼/ おいらの 生まれは 地元のテグでっせ
그캐서 오늘은 사투리 랩으로/ だったら、今日は方言ラップでいきましょか。
머시마, 가시나 신경 쓰지 말고/ 右や左の旦那さま、お嬢さま、難しく考えずに
한번 놀아봅시더/ ちょっと一緒に遊ばんかい?

(全羅道方言)
거시기 여러분 모두 안녕들 하셨지라/ はいはい、 皆さんこんにちは
오메 뭐시여! 요 물땜시 랩 하것띠야?/ はてさて、綺麗なお姉ちゃん目当てにラップしてんのかって?
아재 아짐들도 거가 박혀있지 말고/ おいちゃん、おばちゃん、引っ込んでないで、
나와서 즐겨~ 싹다 잡아블자고잉!!/ さぁさぁ、出てきて、遊ぼう、遊ぼう、みんな楽しく!

——中略——


(全羅道方言)
아따 성님 거거 우리도 있당께/ あらら、客人。私を忘れちゃいけません。
뭣좀 묵엇단까?/ おや、お口にあるのは何?
요 비빔밥 갑이랑께[ii]/ あらん、このピビンバ、チョーウマ!
 
아직 씨부리잠 세발의 피이니께/ まだまだ、(あなたは)私の相手じゃないよね。
쫌따 벼~ 개안하게 풀어블라니까/ 出直しておいで、 くつろいでまってるよ


(慶尚道方言)
가가 가가? [iii]이런 말은 아나?/ おい、「かが かが?」て、知ってるか?
갱상도는 억시다고? 누가 그카노/ 慶尚道は口調が強くて怖いって?だれ?そんなこと言っの?
머라케샀노 갱상도 정하모/ だからどうした 慶尚道の情の深さって言うたら
아나바다 [vi]한같은거지/ 何度もくるくるまわって終わりがないんだよ
 
모니가 직접와서 한번봐라/ まぁ、一度(慶尚道人を)味わってみてみ
아 대따 마 대구 머스마라서/ テグの男に二言なし
두 말 안한다카이!!/ くちゃくちゃ言わないよ

——中略——
(全羅道)
시방 머라고라?/ およよ、今 なんておっしゃりました?
흐미 아찌아쓰까나/ あらまっ、こらまっ!
전라도 씨부림땜시/ 全羅道弁のせいで、
아구지 막혀브러싸야/ 口がおかしくなっちゃった
흑산도 홍어코 한방/ 黒山道(地名)のガンギエイ、一口。

잡수믄 된디 온몸/ お口にいかが? 頭から指先まで
구녕이란 구녕은 막 다 뚫릴 텬디/ 穴っていう穴が全部ブワーと開くから
거시기 뭐시기 음 괜찮것소?/ え、どうしました? ああ、あああ、大丈夫かって?
아직 팔구월 풍월 나 애가졌쏘/ まだ8月か9月、風が吹けば 我が子の登場
무등산 [vii]수박 크기20키로 장사여~/ 無等山(地名)のすいかデカさは20キロ  どうだぁ、すごいだろう。

겉만 봐도 딱 가시내 울릴 방탄/ 一見してお嬢さんを魅了する「防弾」よ

——中略——


(ソウル言葉 共通語)
아 이 촌놈들 난Seoul state of mind/ おお、この偉大なる田舎もんたちよ  俺はSeoul state of mind
난 서울에서 나서 서울말 잘 배웠다/ 生まれも育ちのもソウルのオレはソウル言葉が身に付いた。
요즘은 뭐 어디 사투리가/ ちまたじゃ、どれそれの方言が
다 벼슬이다만/ キャーキャー騒がれているけれど
그래 인정할게 악센트들이/ はいはい、認めます。 イントネーションが
멋은 있다 하지만 여긴/ カッコいい でもね ここは
표준인 만큼 정직해/ 標準とされたんだから、真摯に
처음과 끝이 분명하고/ はじめから終わりまで
딱 정립된 한국말의/ 訓民正音の韓国語を
표본으로 정리되지/ 模範として、手を打とう。

——中略——


Why keep fighting 결국 같은 한국말들/ Why keep fighting  つきつめりゃおんなじハングル
올려다 봐 이렇게/ 見上げてごらん こんな風に
마주한 같은 하늘 살짝/ 空は、みんなに向かい合っているよ、ま、ちと
오글거리지만 전부다 잘났어/ こそばゆいけど、 皆カッコいいよ

우리가 와불따고 전하랑께(What!)/ おいら(防弾少年団)のお通りだい!
우린 멋져부러 허벌라게/ やばいぜ オレたち イケてるよ 

[ii]※ビビンバは全羅道が一番美味しいと言われている。ビビンバといえば「全州ビビンバ」というくらい。

[vi] ※ガンギエイ(魚の一種)全羅道の食文化の一つ。発酵食。匂いがきつい

[vii] ※無等山はスイカの名産地。値段も高く、日本で見るスイカのような波状の線がない。


 「八道」とは、「朝鮮半島全部」を指している。

京畿道(キョンギド)忠清道(チュンチョンド)慶尚道(キョンサンド)全羅道(チョルラド)江原道(カンウォンド)平安道(ピョンアンド)黄海道(ファンヘド)咸鏡道(ハムギョンド)の八つの道だ。うち、京畿道、江原道、黄海道は南北にまたがっている。つまり、この単語には「南北分断」がないのだ。

  この歌詞には、お国自慢で韓国語の韻を踏んだ面白さがあるが、(河内弁と青森弁(伊奈かっぺい風)のやりとりとでも言えば理解してもらえるだろうか)これほど方言がきついと辞書にも出ていないし、いわんやグーグル翻訳では決して訳せない。個人的には、この粗い言葉遣いを懐かしく感じてしまう。

 韓国は武士より文士の社会と言われ、口喧嘩用の言葉の種類は多く、表現も多彩だ。例えば日本では、「朝鮮人」とか「韓国人」と、存在そのものに侮蔑的な意味を持たせているが、半島から日本人を侮蔑するときは「チョッパリ」と言う。これは「豚の足」という意味で、日本人が足の指で鼻緒を挟んで下駄を履く姿とかけている不快語である。そう、ケンカ言葉が一捻りされているのだ。

 戦争の表現も、北朝鮮の高官がソウルを「火の海にする」と発言したのに対して、日本では政治家が北方四島で「戦争するしかない」と身も蓋もない直接的な表現を使ったのを見ればその違いがわかるだろう。

  韓国では、九〇年代に方言を使ったドラマが放送され、一時方言がブームになったこともあった。

 地元の言葉というのは、なんともいえない味があるものだ。韓国のバラエティ番組で、VやSUGA、JK、JIMINが、わざと慶尚道方言に変換して話すシーンを見ると、爆笑してしまう。ああ、プサンのおっちゃんの口調だぁ、となるのだ。遠かった韓国が、方言一つで親しく感じてしまう感覚は、自分でも不思議だった。

 以前、ソウルで私が話し始めると、必ず「お前どこから来た?」と言われた。私の韓国語がソウル方言ではなく、ベタな慶尚道の釜山方言だからだ。そして、「チョンノム(村者=田舎者)だぁ」と言われたことも一度や二度ではない。そんなことを思い出し、このスーパースターの若者も、そう言われたのだろうかと考えるだけで口元が緩んだ。

差別と分断の構造をひっくり返す歌の力

 この曲は、全羅道と慶尚道の掛け合いになっているが、この2つは単なるライバルではない。

 まず慶尚道は、歴代権力者を最も輩出した地域で、徹底的に全羅道を搾取し抑圧してきた。そのために使われたのは、いわれなき差別である。1980年末に韓国の地を訪れたとき、ソウルの南大門市場や東大門市場で、屋根のある店をかまえていたのは全羅道以外の人。そう、全羅道人の多くは条件の悪い路上にしか店を出せなかったのだ。そして、風俗店にも全羅道出身者が少なくなかった。昇進差別、結婚差別も数え切れない。それは紛れもなく政権による地域差別の結果だった。

 在日社会でも「済州島」と「全羅道」への差別は強く残っていた。結婚に関して「済州島(または全羅道)の人と結婚するなら日本人としてくれ」と言うくらいにだ。

 もちろん、かつて全羅道が百済で、慶尚道が新羅だったことで、歴史上長い間対立関係にあったということもあるが、それにしても、1980年の光州事件における自国民大量虐殺は、韓国内にある全羅道への差別意識を抜きにしては語れない。

 光州事件は軍事独裁政権によって長らく秘密にされ、犠牲者の墓を訪れることさえ許されなかった。民主化政権となった後やっと、当時の軍による(子どもを含めた)無差別殺戮や性暴力の事実が表に出てきた。当時の光州市民は、まさに子どもから大人まで、民主主義の奪還のために血を流して闘い抜いた。その一面を、映画『タクシー運転手』で見ることができる。このとき、店から商品を強奪するものは一人もいなかった。軍が光州市民を射殺しようとしたとき、光州のタクシーやバスの運転手は、銃弾の弾除けとなるため自ら車を運転して戦車に向かっていったのだ。

2017年、光州事件をテーマにした大ヒット映画『タクシー運転手』

 あのとき日本にいた私たちは、韓国の情報を岩波書店の月刊誌『世界』でしか知ることができなかった。その原稿は、命をかけて韓国から運ばれたものだった。荒川区の会館で行われた抗議集会は立ち見となり「韓国軍が独自に動くことはできないから、その後ろには米軍がいる」という報告がなされた。南北分断と米ソ冷戦は、私たち一人ひとりに、現実の命の問題としてのしかかっていた。今でも、在韓駐留米軍ジョン・A・ウィッカム司令官(当時)の名は脳に焼き付いている。彼が光州虐殺にゴーサインを出した。その後は、光州市民が北とつるんでいたかのようなデマを流して、全斗煥政権は自らの行為を正当化し続けた。全斗煥の8年間に及ぶ軍事独裁政権の下で、全羅道の人々は生き抜いたのだ。

 軍事独裁政権から何度も暗殺を企てられ、日本から拉致されて「死刑判決」を受けた故金大中大統領は、全羅道出身者として初めて大統領になった人だ。このラップは、単なる掛け合いを超えて、大人社会のバカさ加減を笑い、和解のプロセスを探ろうとし、その先の北朝鮮(共和国)の方言も含めて、同じ「韓国語だもんな」と言っているようにもとれる。

 『女の子にモテたいから』、という歌詞も、きっと38度線を超えた定番だろう。なお、ここでは多少ジェンダーバイアスがかかっているが、初期の作品には、まだその手のものがいくつかある。それよりも、彼らが自身のアイデンティティを否定しないという立ち位置をデビュー当時から持っていたところが、BTSのブレなさなんだろうと思う。大手の芸能プロダクションだったら、これがリリースされただろうか、とも思う。

 そして、「方言の何が悪い?!」「俺たちかっこいいだろう!」の精神は、そのまま世界の音楽市場に「韓国語かっこいいだろ!」となって驀進した。英語でしか無理と言われた世界の音楽市場をぶち壊したのだ。(次号に続く)

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