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連載 モザンビークで起きていること

目覚める三カ国市民社会と「地球環境の守護神」

 モザンビーク小農の声明は、それまでプロサバンナ事業のことにまったく関心を寄せていなかったブラジルや日本、そして世界の多くの人に「目覚まし時計」のような役割を果たした。特に、「三角協力」の二角を担うブラジルと日本の市民社会は、2009年9月に調印されていたこの援助事業の行方を知ろうともしなかったことを恥じた。
 
 この声明の中で、日本の多くの人びとを惹きつけたのは、最後に書かれていたことであった。つまり、小農が自らを「地球環境の守護神」と呼び、その主体的な努力にこそ目を向けてほしいとの願いが表明されていた点である。
 
「豊かな国の私たち」は、日々温室効果ガスを大排出し、伐採された木々から作られた紙を大量消費し、その跡地で生産された穀物や油糧種子、飼料を輸入することで生き延びている。その私たちによって破壊され続ける地球環境を、「最後に残されたフロンティア=自然」に暮らすモザンビーク北部の小農は大切に守り続けてきた。しかし、私たちの開発援助は、これを「粗放的」・「低生産性」だと断罪し、否定されるべきものとして扱い、日本や世界の食料安全保障のために変えなければならないと主張する。そして、ブラジル・セラードの経験を活かし、世界中のマネーを動員してでも、すべての「農業適地」を有効利用しなければならないと息巻いた。このような日本の官民の盛り上がりの一方で、日本の市民社会は、「遠いモザンビーク」で何が起きているかを知ろうともしなかった。
 
 立ち上がった小農の声は、ついに日本を含む三カ国の市民社会を動かし、共感の輪は国境を越え、瞬く間に広がっていった。
 
<2012年10月のプロサバンナの最初の声明を作るために集まった農民たちの様子>
 
小農への対抗戦略:「コミュニケーション戦略」の合意
 
 しかし、小農の声は、事業を強力に進めてきたJICAには逆の作用をもたらした。声明発表の翌月に開催された大学での講演会。JICAブラジル事務所時代から、事業の立ち上げを担当してきた坂口幸太・アフリカ部主任調査役(当時)は[i]、この声明を「誤解」に基づくものとした上で、「連携する農民組織もある」「近々具体的な連携を開始」と強調した[ii]
 
 ここにはその後に繰り返される手法がすでに現れている。つまり、「反対は一部で、賛成する団体もある」として小農の声を矮小化する一方、日本の援助を使って「賛成派」創出のための介入を行うというパターンである。
 
 この講演会直後、モザンビークに旅立った本郷専門員と坂口調査役は、モザンビーク事務所・梁瀬直樹次長(当時)とともに、12月3日に開催された「三カ国調整会議」に出席した。国会議員の求めに応じて提供された「出張報告」からは、なぜか二人の名前が黒塗りされているが、後に出席簿がリークされている[iii]。このリークされた会議記録によると、「市民社会にリーチ」するために「コミュニケーション戦略を策定」し、JICAとしてコンサルタントを雇用することが合意されていた[iv]
 
 <日本企業による土地収奪の危険にさらされたコミュニティとの集会の様子(2014年8月、ナンプーラ州)>
 
リークされた「最悪のマスタープラン」
 
 とはいえ、三カ国の市民社会がこの点に注目するのはずっと後のことであった。この会議の翌月(2013年1月)、日本では、NGOが外務省・JICAとの間で定期協議(「ProSAVANA意見交換会」)を始動させ、次々に問題を追求していた[v]。翌2月にモザンビークの小農や市民社会組織の代表が来日して、院内集会(与野党国会議員が参加)や一般集会で懸念を訴えると、公的援助を使った海外投資やアグリビジネスへの支援に批判の声が高まっていく。これを受けたJICAは、ついに「プロサバンナ事業は小農支援のため」と宣言する。
 
 だが、同年3月にプロサバンナ事業で策定された「ナカラ回廊農業開発マスタープランレポートNo.2」がリークされると、矛盾が露となった[vi]。レポートには、アグリビジネスを優先とした土地利用計画が書かれ、地元住民の「非自発的(望まない)移転」を前提とするパイロットプロジェクトがいくつも提案され、「ナカラ・ファンド」も関連事業として記されていたのである[vii]
 
<オルタナティブ(アグロエコロジーに基づく農業)について聞き取り調査(2016年10月、ナンプーラ州)>
 
安倍首相に手渡された「公開書簡」とその後
 
 2013年5月、マスタープランやパイロットプロジェクトの中身が明らかになったことを受けて、モザンビーク北部の小農や市民社会関係者が集まり、三カ国首脳宛「プロサバンナ事業の緊急停止を求める公開書簡」を書き上げた[viii]。五ページに及ぶこの「書簡」には、事業を一旦止めてこれまでの前提や計画を捨て、情報開示を徹底し、小農らとの協議を通して事業全体を作り直す呼びかけがなされていた。同年5月末、再び来日した小農らは、この「書簡」を安倍首相に手渡し、世界の注目を集めることとなった[ix]
 
 しかし、事業は止まるどころか、小農への脅迫などの人権侵害が深刻化していった。小農への抑圧は地域社会(郡レベル)でも頻発するようになったほか、地元メディアによって事業の宣伝が繰り返されるようになり、リークされた三カ国会議記録にあった「コミュニケーション戦略」の実行が疑われた。
 
 2015年、日本のNGOは、半信半疑ながら、「コミュニケーション戦略に関するコンサルティング契約」の開示をJICAに請求する。
 

〔註〕
 
[i]「褐色のサバンナを世界の食料倉庫に-坂口幸太JICA職員-」(2012年8月24日)https://www.jica.go.jp/topics/person/20120824_01.html
[ii]2013年11月15日明治学院大学での講演会記録から。当日のプレゼンテーションhttp://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/20171112/1031_12.pdf
[v]外務省とNGOのサイトに協議の記録が掲載されている。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/taiwa/prosavana/index.html
[vii]このレポートに対する国際声明「マスタープラン案のリーク:モザンビーク北部のプロサバンナ事業は最悪 秘密主義の計画が大規模土地収奪をもたらすと市民社会組織らが警告」(2013年4月29日) http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/data/2013.4.29masterplan.pdf
[viii]三カ国首脳宛「プロサバンナ事業の緊急停止を求める公開書簡」(2013年5月28日) http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy-statement/data/20140624-oda-public%20letter.pdf

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著者略歴

  1. 舩田クラーセンさやか

    明治学院大学国際平和研究所研究員。国際関係学博士(津田塾大学)。元東京外国語大学大学院教員。元日本平和学会理事、元日本アフリカ学会評議員。主著書に『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房、日本アフリカ学会奨励賞)。編著に『アフリカ学入門』(明石書店)など。

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