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連載 モザンビークで起きていること

「推進派」NGOへの2200万円のコンサルタント契約

  しかし、JICAがODA予算を使って現地市民社会に精通したコンサルタントを雇い、CIAのような活動をモザンビークで行っていたことが次々に明らかになった2016年、さらに驚きの事実が発覚する。
 
 2016年8月、JICAは「マスタープラン見直し・最終化」のためのコンサルタントを一般公募した。契約は9月末であったが、契約企業名は、10月になっても伏せられたままであった。しかし、10月末、「資金提供会合」に参加していた前述のムトゥア氏が、自らが最高責任者を務めるNGO・SOLIDARIEDADEとJICAの契約を発表すると、モザンビーク市民社会は騒然となる。
 
JICAによる市民社会への介入と分断工作
 
 12月末、国会議員による質問主意書を受けて[i]、この契約書が開示された。その結果、契約署名者がJICAの須藤所長とムトゥア氏であったこと、半年で2200万円の契約金が支払われること、その六割が「報酬」であったことが明らかになった[ii]。MAJOL社との契約が500万円程度であったことを踏まえれば、破格の契約であったことは明らかであろう。
 
 その後、この契約が一般公募を装った調達不正ではないかとの指摘が、日本の国会でもなされている[iii]。また、市民社会内に異論があり対立まで生じている事業で、「推進派」NGOにマスタープラン最終化のための意見徴収を任せる契約を結ぶことは、公共事業運営の公正さという観点からも問題とされた[iv]
 
 モザンビークでは、この契約は、JICAによる市民社会へのあからさまな介入、とりわけ「分断工作」として受け止められた。ムトゥア氏が、事業対象州の市民社会プラットフォームの副代表を務めていたこともあり、同州の小農らのJICAへの不信感はピークに達した。
 
 
 小農の来日と送り込まれたモザンビーク政府高官
  2016年11月、同州の小農と「キャンペーン」は来日し、日本社会に対して一連の介入とモザンビーク政府による人権侵害を直接訴えるとともに、JICAに猛省と再考を促そうと考えた。しかし、これを知ったJICAは、モザンビーク農業省から元副大臣(プロサバンナのコーディネイター)と事務次官を招聘し、NGOと国会議員が主催する集会に出席させ、小農に反論させようとした。この経緯について、JICA内で理事長に次ぐ立場におり、アフリカ事業の責任者でもある加藤宏理事は次のように語っている[v]
 
「(農村開発部の)浅井(誠)課長から農民の来日についての相談を受けた。多くの国会議員や一般市民の前で、農民が事業に反対であることや否定的なことを話すのを懸念した。JICAが代わりに話すのではなく、モザンビーク政府に直接話してもらおうと考え、急遽招聘を決定した」
 
 モザンビーク政府からの人権侵害を訴える農民に、わざわざ政府高官を呼んでこれに対峙させようとする姿勢の問題を指摘すると、加藤理事は「すでに招聘済み」と語った。結局、国会議員の反発によって、政府高官の出席は回避されたものの、今度は駐日モザンビーク大使を出席させようと「JICAの出席枠を譲る」として、最後まで画策を続けた。
 
 
<(写真左)JICAによる地域社会や市民社会内部への直接介入を受けて、モザンビークから来日した小農運動のリーダーたちの報告会(2016年11月、参議院議員会館)。右手に外務省とJICAからの出席者が並んでいる。JICAは、この報告会に、わざわざモザンビークから元副大臣と事務次官を招聘して、農民たちの主張に反論させようとしていた。>
 <(写真右)2016年11月に来日したモザンビークの小農リーダーと市民社会組織の代表。農民・農村交流で訪問・滞在した兵庫県篠山市での一枚。政府やJICAがやっていることを日本の一般の人びとが知らないことに驚いたという。また、日本の一般の人びとが農民の抵抗を応援していることを知り、勇気を得たと言い残して旅立った。>

 
 JICA理事長宛の「公開書簡」と理事長からの「回答」
 
 ついに2017年2月、モザンビークのカトリック教会・女性・小農・人権・環境団体を含む八団体は、JICA北岡伸一理事長宛に「公開書簡」を提出し、JICAによる一連の活動が、自身のガイドラインや行動指針に反しているばかりか、国連憲章や共和国憲法に違反していると強く非難した[vi]。弁護士が起草したこの「書簡」には、JICAの具体的な活動と根拠が記されており、それぞれに関する調査と説明を求めていた。
 
 しかし、JICAの回答は理事長からのものですらなく、また一切の問題と関与を否定していた。「キャンペーン」は、この回答が「懸念や疑問に応えるものではなく、いかなる実証に耐えうる論拠や文書も提示されないまま……提起された懸念のすべてを否定」しているとし、再回答を要請した[vii]。しかし、この要請への対応は放置されたまま、5月に行われた参議院決算委員会で、北岡理事長は次のように答弁し、胸を張った[viii]
 
 「我々の集めている情報では、現地におけるこの事業に対する理解、期待はむしろ高まっている……委員が二、三年前に指摘された反対団体の幾つか、挙げられたうちの幾つかはこの対話メカニズム(MCSC)への参加を肯定しております」
 
 まさに、このような国会答弁を理事長が行うための契約の数々であったといえる。
 
小農による「命がけ」の異議申し立て
 
 自国の政府による抑圧に加え、援助機関のはずのJICAによる介入を受けた地元小農は、ついに2017年4月末、真実解明と被害回復、そして正義を求めて、「環境社会配慮ガイドライン」に基づきJICAに対し、正式に異議申立を行った。しかし、これは新たな抑圧を生みかねず、小農にとっては「命がけ」ともいうべき申立であった。しかし、申立人によると、三名の審査役が大学教授であったこと、「匿名性」を重視するとの規定から、勇気をふり絞って一歩を踏み出したという[ix]
 
 申立は予備調査から本審査に進み、7月末の審査役との面談を楽しみにしていたという小農は、その二週間後、面会した日本のNGO関係者に懸念を吐露する。この審査のJICAからの独立、公平・公正性に不安を感じるとのことであった[x]。その理由として、「加害側」のJICAモザンビーク事務所が、審査の実施そのものに深く関与している点があげられた。
 
 また、申立人とのヒアリングに立ち会った代理人によると、「審査役の女性が、申立書へのJICA側の反論が正しいとの前提に立って質問をしたり、JICA擁護の発言を繰り返したため、再三にわたり審査役の立場と役割を思い出してもらわねばならなかった」と述べている[xi]。にわかに信じられない指摘であった。
 
 

 
[i]石橋道宏議員による「モザンビーク農業開発のための三角協力プロサバンナ事業に関する質問主意書」(2016年12月13日)http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/192/syuh/s192061.htm
[iii]井上哲二議員によるODA特別委員会(2017年3月21日)での質問 http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/193/0088/19303210088002c.html
[iv]同上委員会での審議。あるいは、参議院決算委員会(2017年5月15日)の石橋通宏議員の質問 http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/193/0015/19305150015008.pdf 
[v]2016年11月27日、広島大学で開催された国際開発学会時に筆者が加藤理事に確認。
[vi]「プロサバンナにおけるJICA の活動に関する抗議文」(2017年2月17日)http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/ps20170217open_letter.html
[vii]「キャンペーン」のJICAへの再回答要請文 http://mozambiquekaihatsu.blog.fc2.com/blog-entry-247.html
[ix]https://www.jica.go.jp/environment/objection.html
[x]これらの点は、2018年5月21日に提出された申立人の「意見書」にも記されている。https://www.jica.go.jp/environment/present_condition_moz01_180521.html また、日本のNGOの聞き取り調査記録より。その一部は次の資料に記されている http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/20171112/1020.pdf http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/20171112/0729_01.pdf
[xi]2017年7月30-31日に行われた審査役から申立人への「ヒアリング」の記録http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/20171112/0729_02.pdf 

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著者略歴

  1. 舩田クラーセンさやか

    明治学院大学国際平和研究所研究員。国際関係学博士(津田塾大学)。元東京外国語大学大学院教員。元日本平和学会理事、元日本アフリカ学会評議員。主著書に『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房、日本アフリカ学会奨励賞)。編著に『アフリカ学入門』(明石書店)など。

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