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連載 モザンビークで起きていること

モザンビーク住民に絶望をもたらした審査の不正の数々

はじめに
モザンビークの小農運動(ナンプーラ州農民連合)の女性たちが収穫した色鮮やかなトマト。
 
 本サイト連載「モザンビークで起きていること」(2018年3月〜12月)で報告してきたように、JICAの大型農業開発事業「プロサバンナ事業」では、その後も絶え間なく、さまざまな出来事が起っている。今回新たに始まった「モザンビークで起きていること 特別編」で今後もキャッチアップしていく予定だが、JICA審査(2017年11月終了)の問題を扱っているうちに生じた事態について、あらためて時系列で紹介しておきたい。
 
2018年8月
モザンビーク行政裁判所で違法判決2018年11月:日本、モザンビーク、ブラジルの小農・市民が集った3カ国民衆会議の東京開催
2019年3月
河野太郎外務大臣(当時)による「プロサバンナ事業に関する指示」
2019年8月-9月
TICADサイドイベントのためモザンビーク小農・市民社会リーダー来日。これを受けた新聞・テレビ・ラジオなどでの報道
2019年9月
JICA公式ホームページでの小農リーダーに誹謗・反論する広報文掲載。これに対するNGO5団体による抗議・撤回要求
2019年12月
国会議員主催「プロサバンナ事業」に関する勉強会
 
第3回3カ国民衆会議(2017年、マプート開催)女性たちの「私たちのタネ、土地」の寸劇の様子。
 
 現時点における変化としては、2018年11月に東京で開催され、モザンビーク、ブラジルからも20名近くの当事者が参加した「3カ国民衆会議」以来、この事業をめぐる問題が日本内で知られ始めている点である。前連載終了後も、本サイトアクセス数は断続的に増えており、確実に注目度が上がっていると思われる。
 
 連載で示したファクト、現地裁判所での違法判決(憲法違反の訴えに関する全面認容判決)、小農リーダーらの訴えなどを受けて、事業の明らかな「おかしさ」が可視化される一方で、かたくなに事業を継続させようとするJICAの態度に苛立ちを表明する人も増えつつある。
 
 2019年9月には、JICAのホームページに「モザンビーク国プロサバンナ事業に関する一部報道等について」という文章が掲載されたが、7項目のうち少なくとも4項目は虚偽・誤った前提に基づいたものであり、自画自賛のために歪曲されていることに驚かされる。また小農リーダーが最も主張していた「JICAによる市民社会への介入・分断」や「行政裁判の判決」については反論を含め、一切触れられておらず、この連載でも紹介してきた問題だらけの自前の「異議申立審査」だけが紹介されているのである。
 
  ファクトに基づかないばかりかフェイク情報の拡散にも手を染め始めたJICAは、日本の税金で支えられる公的機関である。意図せずして、この連載も、現政権下での日本の公的機関における腐敗の問題に直結するようになってきた。この連載も終るどころか、ますますその役割が大きくなってきたことを実感しつつ、報告を続けたい。
 
 
 
「審査担当特命審議役」とは誰なのか?
 
  プロサバンナ事業とJICAに対する地元住民11名の異議申立の審査において、「論点整理」などを通じて、重要かつある意味で決定的な役割を果たした弁護士事務所。その弁護士事務所とJICA理事との間の契約書によると、監督・業務指示者は「JICA職員(審査担当特命審議役)」である。しかし、「異議申立手続要綱」には、「審査担当特命審議役」なる役職についての規定はどこにも見当たらない[i]
 

 「審査担当特命審議役」の名称から窺えることは、「誰かの特命を受けて、特別に任命」し、「誰かと審議を行う」任務を担う人物となる。しかし、この特命者や審議相手は審査役ではあり得ない。なぜなら、「要綱」に示された審査役の権限と義務には、これらの任務はもとより、JICA職員の監督業務は書かれていないからである。つまり、この人物に特命を与え、審議を求める主体は、JICA理事長あるいは理事会、またはその両方以外は考えられない。

 
 もしこの「特命審議役」が、JICA理事長や理事会の相談に乗っているだけの人物であれば、何ら問題はない。しかし、審査に関わる契約弁護士の業務監督・指示、しかも異議申立書の「論点整理」までを担当しているとなると、大問題である。なぜなら、JICAトップの特命を受けた人物が、いつの間にか審査の根幹に関与していたことになるからだ。しかも、これらの点については、「異議申立要綱」には一切の言及がない。今回、国会議員の追求がなければ、知ることすらできなかった事実である。しかし、問題はそれに留まらなかった。
 
「審査役事務局長」とは誰なのか?
 
 もう一人、「異議申立要綱」には、その役割が明記されていないものの、今回の審査で大きな役割を果たした人物がいる。「審査役事務局」の局長である。重要なポジションであるが、JICAの公開情報からこの人物が誰であるのかを知ることは難しい。
 
 しかし、JICA審査役事務局と国会議員(石橋通宏参議院議員)との面談により、事務局長名が明らかになった。越知直哉氏(元JBICパキスタン事務所所長)であった。判明したのはそれだけではなかった。実は、越知氏は、上述の「特命審議役」でもあったことが名刺により明らかになっている。さらに、越知氏は、審査役の現地調査にも同行し、これを取り仕切った。
 
 代理人によると、同氏は審査役以上に審査役のスケジュール(時間や面談先)を決定する権限を持っており、審査役に何を聞いても越知氏とやり取りするようにと言われたという。しかし、同氏の英語の名刺には「アドバイザー」とだけ書かれており、なぜ「アドバイザー」がそれほどの権限を持っているのか疑問であったという。援助業界に詳しい人なら、JBICの現地事務所所長まで務めたJICAの高官が、審査役の調整役として、わざわざ現地調査同行していることに違和感を覚えるだろう。
 
 後の国会議員の情報照会により、越知氏の事務局長としての着任が2017年6月だったことが明らかになっている。これは、同年5月頭に受理されたモザンビーク小農による異議申立の予備調査が終わり、本調査案件となることが公表された前後のことである。そして、越知氏の任期は、2018年3月に突如として終っている。これは、審査役報告書に基づき、JICA理事長の「指示」が発表された3月2日後のことと考えられる。
 
 以上から、越知氏の着任期間は10ヶ月に満たず、この審査を扱うためだけに「審査役事務局長」に着任していたことが分かる。なお、JICA事務局スタッフは、審査に関わるすべての資料にアクセスできたことが国会議員に提出された資料から明らかになっている。
審査の現地ヒアリングに3度登場するNGOとは?
 
 2017年末の国会議員による情報請求によって、さらに重大な事実が明らかになった。JICAから提出された、2017年7月28日にJICA本部(東京)で行われた「異議申立に関する事業担当部署ヒアリング(第 2 回)の議事録」ならびに添付文書3(「現地調査(ヒアリング)の日程・面談先」)に関する事実である[ii]。この「事業担当部署ヒアリング」は、審査役が現地ヒアリングに渡航する直前に行われたものであるが、そこには驚くべき事実が掲載されていた。
 
 この添付文書には、「現地調査(ヒアリング)の日程・面談先」とのタイトルが付けられており、審査役の面談日程が書かれていた。面談先としては、申立人・代理人、モザンビーク政府関係者、モザンビーク市民社会関係者、JICAのコンサルタント企業、モザンビークの研究所の名前が並んでいたが、唯一3度にわたって記載されていた団体名があった。現地NGOのSOLIDARIEDADEである。
 
 この団体については、本連載の第8回(「推進派」NGOへの2200万円のコンサルタント契約)で詳しく紹介した[iii]。地元小農による異議申立との関係でいうならば、それまでプロサバンナ事業に反対し小農運動を支えてきたSOLIDARIEDADEへのJICAによるコンサルティング契約が、市民社会へのJICAの介入・分断の明確な証拠として記されているだけではない。SOLIDARIEDADEは、JICAがコンサルタント契約を行い、その手足となって市民社会の分断に加担したとして批判されており、裁判でいうならば、JICAと同様に「訴えられた側」にあたる。
 
 したがって、審査役が「ガイドライン違反」の有無を判断する上において、慎重に接するべき相手であるのは間違いない。しかし、極めて短い期間の現地調査にもかかわらず、審査役はこの団体とだけ3度も会っていたのである。しかし、問題はそれだけではなかった。
 
 審査役によるヒアリングに参加した団体によると、2度の市民社会組織ヒアリングを準備したのはSOLIDARIEDADEであったというのである。つまり、審査役事務局は、本来審査役が審査の対象として厳格に対応すべき団体に、2度にわたってヒアリングを仕切らせたのである。もちろん、審査役として、現地調査出発前にこの日程表を受け取った時に、異論を唱えることも可能だったろう。しかし、審査役はそれをしなかった。
 
 
あえて記載されないJICAとSOLIDARIEDADEの契約事実 
 
 このリストにはもう一点、目を惹く点がある。
 
 SOLIDARIEDADEと同様に、JICAがプロサバンナ事業のコンサルタント契約を交わし、異議申立書で非難されているMAJOL社の会社名の横には、「JICAコンサルタント」と書かれている。しかし、SOLIDARIEDADEの横にはその事実が記載されていない。
 
 MAJOL社のJICAとの契約は、2015年11月から2016年3月のものであったが、SOLIDARIEDADEの契約は、2016年10月から2017年5月で、より直近のものであった。また契約金額も前者が500万円程度に対して、後者が2200万円と、JICAとの関係においてもより重要度が大きい契約請負団体である。これらのことは、異議申立書と予備調査で、審査役も審査役事務局も把握しているはずであった。しかし、SOLIDARIEDADEに対し、MAJOL社やJICA事業担当部署と同様の扱いをしなかったばかりか、ヒアリングの調整役を任せていたのである。
 
 なお、SOLIDARIEDADEとJICAとの契約が、業務指示書に書かれたことを実現しないまま、2017年5月に終っている理由は、この契約について知った外務省国際協力局の山田滝雄局長(当時)が、これを問題視し延長を止めたからとされている。外務省の局長ですら問題視したこの契約を、審査役ならびに審査役事務局は問題視するどころか、その契約事実を記載もせず、審査を手伝わせていたことになる。
 
ナンプーラ州農民連合リーダーのコスタさんとたわわにみのる陸稲
 
事業担当部署への現地ヒアリング情報の事前共有
 
 先の「事業担当部署ヒアリング」の議事録には、さらに重大な事実が記されていた。この議事録からは、審査役によって、現地ヒアリング先の情報が、事業担当部署(農業開発部とアフリカ部)に共有されたことが明らかなのである(2P)。
 以上の議事録からは、ある「審査役」が、わざわざ事業担当部署に訪問先(ナンプーラ州モナポ郡)を知らせたことが分かる。その上、「審査役事務局」からは、面談先名までが明らかにされている。なお、記録によると、事務局からの出席者は越知事務局長の名前だけが開示されているが、他に数名が出席したことが分かっている。
 
 さらには、審査役の一人が「〜危惧している」と農村開発部浅井誠課長に相談めいた発言を行い、同課長が審査役に助言まで行っている様子も窺い知れる。なお、「異議申立要綱」では、審査役は「事業担当部署」から「独立」していなければならないと明記されている。
 
異議申立人による情報共有依頼の無視 
 
 他方、異議申立人の代理人によると、現地ヒアリングの調査先の情報について、審査役事務局に事前共有を要請したが、一切の回答はなかったという。このヒアリング先のモナポ郡でのプロサバンナ事業の活動については、異議申立書でも問題として取り上げられている。したがって、審査役が公平性や中立性を重視し、「本当に自由に話が聞きたい」のであれば、申立人やその代理人に、同郡での追加のヒアリング先を提案してもらうべきであったが、それはされていない。
 
 むしろ、訴えられている側にあたる事業担当部署にのみ、訪問先の詳細が伝えられる一方で、訴えた側には訪問郡の情報すら共有されていなかった。また、審査役は、JICA担当部署へのヒアリング前日、申立人・代理人の依頼を受けた日本のNGO関係者と面談しており、以上のような懸念があるのであればそれを相談すべきであったが、それもされなかったという[iv]
 
 すでに異議申立人や代理人からは、現地ヒアリング調査の準備状況が不透明な上に、駆け足で行われており、これでは公平・公正・中立な調査とならない可能性が危惧され、日本のNGOから審査役に対して調査の延期も申し入れられていた。しかし、これは聞き入れられなかった。
 
 
 
事前に漏れた「現地ヒアリング調査」の危険性 
 
 審査役の懸念に対して行われた、事業担当部署による「良好な雰囲気を醸成できれば農民の本音が聞き出せる」とのナイーブな発言こそ、人権侵害がどのような政治社会的状況の中で起きるのかについて事業を進める側が理解していないことが如実に示されている。このことこそが、異議申立に至る数々の人権侵害案件が、プロサバンナ事業で発生した原因の一つであるが、審査役報告書を読んでも、審査役がこれを理解した様子は見受けられない。
 
 人権侵害を含む環境社会配慮ガイドラインの審査だからこそ、審査役はこのような点に敏感でなくてはならない。例えば、モザンビーク政府と一緒に活動するJICAの職員(審査役事務局)がアレンジする「農民組織関係者や小農」とは、どのような属性の人たちなのか。果たして、これらの意見を聞くことで、申立人が訴えている内容の妥当性を真に判断できるのか。このような懸念を審査役が持っていたとは、一切感じられないやり取りが議事録では続いている。
 
 また、審査役事務局からの、「●の許可が得られれば…」との補足から明らかなように、ヒアリングする対象が現地政府関係者の許可を経て選ばれる可能性が示唆されている。なぜなら、「●」が異議申立人ではなく、また事業担当部署でもない以上、許可を与える側は現地政府関係者以外に考えられないからである。
 
 人権侵害を起したと訴えられている側の現地政府、これを促進・加担したと訴えられたJICA事業部署が、審査役と審査役事務局から情報を事前に入手し、準備に関与する形でお膳立てされた「審査現地ヒアリング」。このような手法で行われた審査の正当性には、強い疑義が生じても不思議ではない。
 
 さらに問題なのは、強く匿名性を保障するよう求められた異議申立審査で、人権侵害を重ねてきた現地政府に審査の一部情報が漏れ、またその協力が仰がれている点である。つまり、地元住民が人権侵害の救済を求めた審査自身が、新たな人権侵害を誘発する危険すら喚起してしまったのである。
 
「独立性」「中立性」からの逸脱
 
 以上、審査役による事業担当部署への「ヒアリング議事録」から、訴えられた側にあたるJICA契約NGOやモザンビーク政府への現地ヒアリングの準備に関与し、そのアレンジを受けた関係者がヒアリングの対象となっていること、また事業担当部署への情報漏洩と相談の事実を明らかになった。これは、この審査が、「異議申立手続き要綱」に記される「審査役の『基本原則』」に掲げられた「独立性」と「中立性」から著しく逸脱したものであったことを示している[v]
  これらの事実が指し示すのは、現地ヒアリング調査の前の段階から、審査役も審査役事務局も、本当の意味でJICAの事業部から完全に独立し、異議を申立した地元住民を公平・中立に扱う前提に立っていなかったという点である。つまり、「お手盛りの審査」と言われても仕方のない不公平な調査が行われたといえる。
 
 審査役や審査役事務局にとっての「想定外」は、おそらく、国会議員がこの問題に関心を寄せ、情報開示を迫ったことであろう。これまでのJICA異議申立審査で開示が迫られなかった事業部署への事前ヒアリングや日程表の提出が、今回求められたことは予想外の出来事であったと考えられる。
 
 本連載で紹介してきたように、公衆の監視の目に届かないところで、信じ難い不公正が行われるJICAの体質が、一番透明性が求められる異議申立審査でも示されたのである。地元小農11名の命をかけた訴えは、これほどまでに軽く扱われた。
 
異議申立人の絶望とその「意見書」
 
 2017年5月上旬、モザンビークの事業対象地で、審査役による「最終報告書」を受けて、申立人としてどのような意見書を出すかの議論のための会合が開催された。その際、以上の情報は、議員から日本のNGO、日本のNGOから現地の代理人を経由して、申立人に提供されたという。
 
 代理人によると、申立人にとって、このような不公正な審査の現実は、審査役によるヒアリング時から感じ取っていたものだったが、それが裏付けられたことで、絶望的な気持ちになったという。3名の「大学教授」が行う審査に、一抹の望みを抱いて危険を冒して行った異議申立審査であったために、裏切られた想いでいるとのことであった。
 
 その結果、提出された意見書は、次の4部構成になっており、厳しい言葉が並ぶ[vi]
 
1.JICA審査プロセスの独立性
2.審査役ならびに審査役事務局のアイデンティティと行動
3.不適切な準備と不十分な現地調査期間
4.先に決められた結論(結論ありきの審査)
 
 つまり、JICA異議申立審査プロセスは、①JICAから独立しておらず、②審査に関わった人達もその中立・公平性に疑問を投げかける背景を持つとともに、それを裏付けする行動をしており、③前もって設定された結論(「ガイドライン違反なし」)に向かって、④不適切な準備と不十分な現地調査により、結論が導かれたというのである。本連載で示してきた一次文書などのエビデンスを検討する余裕があった人なら、この申立人の「意見」に大きな違和感を覚えないだろう。少なくとも、筆者はそうである。
 
審査報告書「提言」の評価できる点
 
 申立人のこの絶望と批判はまっとうなものである。ただ、残念なことに、申立人が見落としている点が一つある。
 この審査報告書は全4章から構成されており、すでに紹介した通り、第1章は論点整理、第2-3章が「ガイドライン違反」に関するもの、そして第4章が「審査役の提言」である。審査役は3名おり、報告書には3名全員の名前が掲載され、誰が何章を担当したかは不明である。しかし、第1章と第2-3章、そして第4章では、文体が大幅に異なっており、それぞれが異なった起草者によるものと考えられる。
 すでに、JICA契約の弁護士事務所が第1章の論点整理に関与したことは明らかになっている。2-3章の問題についてはこれまで検討した通りである。しかし、おそらくこれらとは別人が起草したと考えられる4章は、一部に一読に値する指摘や提言を行っている。例えば、以下の点である。
 そして、「申立人らが繰り返し審査役に訴えていた点」として、次の4 点の整理がなされている。
  これは概ね妥当な整理であるが、肝心な点があえて排除されている。それは、第4章の冒頭に記した「JICA 側の対応に一切の課題がなかったと判断するものではない」という点に関わる申立人の指摘について、何も書かれていない点である。
 
 つまり、申立人が異議申立書で訴えた、JICAによる介入・分断を招いた契約事業の数々、そしてJICA文書に記された小農運動や市民社会弱体化を目的とする様々な提案は、申立の根幹を占めたものの、それは無視された形となっているのである。第2-3章で「違反は認められない」と結論が提示されている以上、それを蒸し返す記述は避けるほかなかったと思われるが、ここに申立人に寄り添おうとした「ある審査役」の限界が明らかである。
 
 また、最後の「JICAへの提言」にある以下の点は、その歯切れの悪さが顕著である。これもまた、第4章の冒頭で「モザンビーク政府に問題がなかったわけではない」と指摘したものの、3章で「違反は認められない」と結論づけている以上、この結論に疑義を伴うような提言はできなかったものと思われる。
  事業によって苦しめられてきたモザンビークの小農に、このような日本的な、立場上の葛藤や言葉の裏にある意図を察して受け止めろというわけにはいかない。しかし、以下の審査役からの「JICAへの提言」は、その後の河野太郎大臣(当時)の指示を引き出したという点では、少なくとも評価されるべきかもしれない。
 では、河野太郎前外務大臣の「判断」とは何だったのだろうか?
 

 
[i]JICA「環境社会配慮ガイドラインに基づく異議申立手続要綱」 https://www.jica.go.jp/environment/guideline/pdf/guideline02.pdf
[ii]石橋通宏議員に提出された「2017年7月27日 事業担当部署ヒアリング(第2回)議事録」から。
[iv]審査役と面談した日本のNGO関係者による。
 
 

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著者略歴

  1. 舩田クラーセンさやか

    明治学院大学国際平和研究所研究員。国際関係学博士(津田塾大学)。元東京外国語大学大学院教員。元日本平和学会理事、元日本アフリカ学会評議員。主著書に『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房、日本アフリカ学会奨励賞)。編著に『アフリカ学入門』(明石書店)など。

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