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連載 モザンビークで起きていること

不公平な異議申立審査はどのように準備されたか

「JICA理事長直轄の機関」としての「審査役」

  プロサバンナ事業対象地域の住民11名の異議申立は、JICA環境社会配慮ガイドラインが定める正式な手続きに基づいて行なわれた。しかし、これに対する審査はあまりに不公正、かつずさんなものであった。

  本年5月に提出された申立人の「意見書」(審査役による『調査報告書』への)からは、この審査が第二の目標としていた対話を促進するどころか、日本の援助とJICAへの不信感をより強めたことが分かる[1]。しかも、「命がけ」の訴えである。日本の国立大学に所属する3人の(名誉)教授が、地域社会に影響を及ぼす重大な任務の責任を負いながら、これほどまでにずさんな手法で「事実」認定と結論を下したのはなぜか。この背景には何があるのか。

  実は、昨年11月に『報告書』が出る前から、この結果は懸念されていた。JICAの『環境社会配慮ガイドライン異議申立手続要綱』を読めば、審査を公正に進めるための制度的な保証が不十分であり、恣意的な運用を可能とする抜け道が少なからず存在することが明らかだからである[2]。特に、冒頭の「基本原則」にその鍵となる問題が如実に示されている(1頁)。

(1)  「独立性」 審査役は、JICAの事業担当部署から独立した理事長直属の機関として設置さ
れる。

(2)  「中立性」 審査役は、JICAの事業担当部署、協力事業を実施する側、協力事業に異議を唱える側のいずれにも属すことなく中立的な立場から、全ての当事者の意見をバランス良く聴取しなければならない。

 つまり、この審査プロセスにおいて、審査役は「JICAの事業担当部署から独立」しているものの、「JICA理事長直属の機関」として審査を進めることとなっている。また、(2)で「中立的な立場」が強調されているが、「事業担当部署」、「協力事業実施側」、「異議を唱える側」からの「中立」にすぎず、JICA理事長が統括するJICAからの独立・中立性は求められていないことが分かる。

  実は、異議申立審査と同じ時期、JICA内で「環境社会配慮ガイドラインの見直し」が行なわれていた[3]。そこで、申立人やその代理人から不公正な現地調査のあり方の問題を聞いていた日本のNGOは、プロサバンナの事例を活かした制度改革の検討を提言している[4]。そして、この事例を通じて、審査制度上の欠陥と運用上の問題の根本原因を明らかにしようと努力を重ねた。これに賛同した国会議員(参議院・石橋通宏議員)がJICAから入手した情報の数々は、驚くべきものであった。今回、NGOと議員事務所の協力を得て、これらの文書や情報を紹介する。

 異議申立審査に関与するJICAの契約弁護士

 JICAが開示した一連の文書の中に、審査役による担当部署へのヒアリング記録(議事録)があった。開示された文書には、なぜか二名の弁護士の存在が記されており、その名前は黒塗りされていた。

  審査役事務局の説明によると、これらの弁護士はJICAの顧問弁護士ではなく、本件審査にあたってJICAが「審査役のために」新たに契約した弁護士であるという。そして、『要綱』に「『審査役は、その職務を行なうにあたって、必要に応じ外部の専門家を活用することができる』と規定されており…JICA(異議申立審査役事務局)は、異議申立手続きにかかる法律上の助言を得ることを目的として弁護士事務所と法律相談契約を結」んだとのことであった。

 この説明には奇妙な点があった。確かに、『要綱』では、専門家を活用する主体は「審査役」とされている[5]。しかし、審査役事務局からの回答では「JICA(…審査役事務局)は」となっており、主語の置き換えが起こっているからである。この奇妙さは、『要綱』でも確認できる。本来、審査役の専門家活用は「5. 審査役の権限と義務」で扱われるべき項目であるが、この文章が置かれているのは「15.事務局」(8頁)となっているからである。

 一転開示される弁護士事務所との契約書

 これらの奇妙な前提のもとに契約された弁護士が、「誰」と「どのような契約」を結んでいたのかは、審査の公平性を検証するうえで不可欠な情報である。しかし、JICAは、契約書の公開に関し、「独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律第 5 条 4 号(機構の事務・事業)に沿って非開示」と拒否したという。しかし、同法には、この契約書を不開示としなければならない理由は見当たらない[6]。国会議員からの指摘を受けたJICAは、止むなく契約書を開示した。

  その結果、次の三点が明らかになった。(1) 契約の目的が「異議申立手続きにかかる業務に対する法律上の助言業務」であり、誰に対する助言なのかが不透明にされている点。(2) 契約主がJICA理事(契約担当)である点。(3)業務監督は「JICA職員(審査担当特命審議役)が担う」と記され、これには「業務の依頼」も含まれるが、「審査役」とは記載されていない点である。一体、契約弁護士は、審査において何の業務を行なったのであろうか。

 審査役に代わり「論点整理」を行なったJICA契約弁護士

   国会議員からの情報照会に対して、審査役事務局は、以下の回答を行なった。つまり、審査役の「調査報告」作成にあたって、「事実認定のありかたや法的な留意事項に関して助言」を行なったというのである。しかし、この文書からは、国会議員側の具体的な質問(「論点整理のための作業」をしたのか否か)に対して、JICAがあえて回答を回避したことが分かる。

 

  国会議員事務所によると、この点について審査役事務局に再度回答を要請したところ、契約弁護士の「論点整理」関与の事実を認めたという。

「論点整理」とは何か?

「論点整理」は、審査の枠組みを決める最も重要な作業である。審査において中心的に扱う点を整理するものであるが、今回のように訴えられた側であるJICA側(「担当部署」)が申立書のほとんどすべての内容に全面的に反論している以上、争点整理と言い換えても良いだろう。争点整理手続きは、1996年の新民事訴訟法の制定時に取り入れられた手法である。同法における争点整理手続きは、当事者の訴状や答弁書などだけでは、当事者間で争いとなっている点がどこにあり、どのような証拠が必要なのかを明確にすることは難しい。そのため、両当事者(原告・被告)と裁判所の関係者全員で主要な争点を確かめ合う手続である。

  しかし、すでにみてきたように、今回の異議申立審査では、申立人はJICA側の反論内容にすらアクセスすることができなかった。そして、どのように審査の争点(論点)が絞られるべきかの相談も、整理後の伝達もなく、そのために申立人は証拠(反証)となりえる根拠の提出の機会も奪われたままであった。

  この問題の大きさは、2014年に刊行された『判例タイムズ』の特集タイトルに如実に示されている。「民事裁判プラクティス 争点整理で7割決まる!? 」[7]。つまり、争点整理のありかた如何で裁判の結果が決まる可能性が高いのである。それに近い作業を、当事者である申立人への告知や関与なしに、訴えられている側であるJICAを顧客とする契約弁護士が行なったことになる。

  もちろん、民事訴訟と機関内に位置づけられた異議申立審査とを同一のものとして位置づけることはできない。しかし、審査における「論点整理」の透明性と公平性が如何に重要かを考えるうえで参考にはなるだろう。

 JICA職員の監督と指示

 「審査役が調査報告作成にあたって」弁護士が担った「論点整理」は、第3章(2)の「申立人の主な主張」にあたると考えられる。なぜなら、JICAのガイドライン違反を検討した3章までは、この「主な主張」とされる点だけを検討対象として、JICAの反論を紹介し、「調査による事実確認」が行なわれ、結果が導かれているからである。

  しかし、申立書を読んでからこの(2)を読めば、この「整理」が非常に問題のあるものであることが分かる。申立人の訴えのごく一部のみが取り上げられ、時系列かつ相互の関係を裁断した上でバラバラに配置し直されるとともに、明らかな証拠がある論点があえて排除されているからである[8]。事実関係が中途半端な形で記載され、人権侵害や社会分断の問題は矮小化される結果となっている。

  民事裁判では、争点整理に際し、原告(申立人)の同意は重視されるが、今回の異議申立審査は申立人に不利な整理が一方的に当事者の知らぬ間にされたことになる。そしてこの作業を担った契約弁護士の業務指示と管理は、契約に基づけば、審査役ではなくJICA職員(審査担当特命審議役)が行なったことになる。一体、「審査担当特命審議役」とは誰なのか?

  審査においてそれほどまでの権限を与えられた「審議役」であるが、不思議なことに『要綱』にはこれにあたる役職に関する記述は一切ない[9]。JICAの異議申立制度に関するサイトにも記述はない。誰の何に対する特命を受けた存在なのだろうか?


[1] 調査報告書に対する当事者からの意見書

[2] 国際協力機構 環境社会配慮ガイドラインに基づく異議申立手続要綱(PDF/233KB)

[3] 異議申立制度は、JICA環境社会配慮外ドラインの中に位置づけられている。その見直しは、当初からガイドライン導入の10年後に行なわれることになっていた。

[4] 日本のNGO(日本国際ボランティアセンター)は、この事態を予見し、JICA理事長(審査部と助言委員会)に対し2017年9月15日に要請文を出している。国際協力機構(JICA)の環境社会配慮ガイドラインのレビューと改定に向けた追加要請

[5] JICAの「異議申立手続要綱」の「15.事務局」の項目。 国際協力機構 環境社会配慮ガイドラインに基づく異議申立手続要綱(PDF/233KB)

[6]  http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=413AC0000000140&openerCode=1#22

[7] http://www.hanta.co.jp/archive-hanrei/page/5/

[8] これについては、「申立書」と「報告」を比較

https://www.jica.go.jp/environment/present_condition_moz01.html

[9] https://www.jica.go.jp/environment/objection.html

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著者略歴

  1. 舩田クラーセンさやか

    明治学院大学国際平和研究所研究員。国際関係学博士(津田塾大学)。元東京外国語大学大学院教員。元日本平和学会理事、元日本アフリカ学会評議員。主著書に『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房、日本アフリカ学会奨励賞)。編著に『アフリカ学入門』(明石書店)など。

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