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連載 モザンビークで起きていること

JICA異議申立審査の闇と明らかにされた事実

審査ヒアリングの録音と200点を超える文書提出

 モザンビーク北部農村での審査役と11名の申立人のやり取りは、全員の同意を得て代理人によって録音された。審査後、申立人は、日本の市民社会にこの録音を聞いて、詳細なる記録を日本語で起し、審査役に提出してほしいとの要請を行った。

 その理由は、(1)言語・文化・文脈の違いによって、自分たちの意図がきちんと審査役に伝わっていないのではないかという懸念、(2)反対にもかかわらず同席した審査役事務局職員の記録が歪められたものになっているのではないかという危惧、(3)審査役の不公正で偏向したヒアリングの状況について直接確認してほしいとの願いからであったという[i]。この要請は審査役に聞き入れられ、詳細なる議事録が提出された[ii]

 2日間に及ぶヒアリングの音声記録(通訳音声を含む)はすべて逐語で日本語化され、日本のNGOのサイトで、すべて(異議申立人の発言を除き)公開されている[iii]。筆者は、この逐語記録の作成に協力した一人であるが、英語・ポルトガル語で行われたやり取りのすべてを聞き、一語一語ずつ文字を起す過程で、異議申立人や代理人が感じた「女性の審査役の公平とはいえない質問や発言」について、同様の印象を持った。録音を聞いたり、公開された議事録を読む機会があれば、多くの人が同様の見解を持つであろう。

 ただし、審査結果が出る前のこの段階では、審査役にとって初めての異議申立審査であり、審査期間の短さやモザンビーク(アフリカ)に関する知見の不十分さから、審査役が異議内容や背景を十分に理解できず、誠実に任務を果たそうとしていたものの、何らかの理由でそのようなコミュニケーションとなってしまった可能性については留保したいと考えた。

 申立人もまた、「公正なる審査」への希望を失わなかった。そこで、申立人から日本のNGOに対して、審査役に議事録を提供するだけでなく、ヒアリング時に自分たちが訴えた点の根拠文書、そして審査役が口頭で一部披露した「JICAの説明」への反証となる文書を追加で提出するよう要望が届けられた。これを受けた日本のNGOは、審査役の同意を得て、200点にのぼる資料を審査役事務局に提出している[iv]

 反論・反証の機会を一切与えられなかった申立人

 しかし、11月1日に発表された審査役による「調査報告」(実質的な審査結果報告書)は、NGOから提出された追加資料はもとより、申立人やその関係者への事実確認といった作業を欠いたまま、「現地調査をもと」に、「JICAの主張」通りの事実認定を行っていた[v]

 なお、「JICAの主張」は、申立内容のすべてを全面的に否定するものであった(以下、「JICAの反論」とする)。この文書は、審査役がモザンビークに向かう直前(7月17日)に日本語で提出され、その内容がJICAのホームページに掲載されたのは、現地調査の後であった[vi]。しかも、この文書の存在は申立人や代理人に知らされず、現在も英語あるいはポルトガル語の文書は存在しない。したがって、申立人も代理人も、「JICAの反論」の内容を確認し、それを検討し異論を唱える機会を与えられないままであった。つまり、審査は以下の手順で進められ、「申立人が主張するJICAによるガイドライン違反は認められないと判断する」との結論が導き出されたのである[vii]。これを図式化すると以下のような事態が発生したことになる。

 「調査により確認された事実関係」の明らかな間違いの数々

 審査役による「調査報告」は4章に分かれており、1章「異議申立の概要」(2.5頁)、2章「予備調査結果」(日程のみ5行)、3章「事実関係調査の結果」、そして4章「審査役の提言」で構成される。この中で、最も重要なのが3章である。

 3章では、「(2)事実に係る調査結果」で、「申立人の主な主張」、「事業担当部の説明骨子」、「調査により確認された事実関係」が順に検討され、最後に「(3)調査結果に基づくJICAのガイドライン違反の有無の判断」が導き出されている。筆者は、この3章の記述を丹念に検討した上で、申立書、「JICAの反論」、NGOからの追加資料(議事録を含む)、その他入手が可能であった文書や情報に基づき検証を行った。その結果、審査役の記した「確認された事実関係」のほぼすべてに問題があることが分かった。その数は40を超えていた。これについては改めて詳細に分析をまとめたいが、本稿では数点に絞って問題を指摘する。

【1・農業大臣による「邪魔する者は轢かれる」発言】

 3章は、最初に「①2013年8月第1回三カ国民衆会議[viii]における人権侵害」を取り上げ、申立書に記された「農業大臣のUNAC会長らへの発言」として、「私の邪魔をするとひどい目に遭う」「外国人の操り人形」「外国人の陰謀」を取り上げ、「侮蔑的発言」と整理して(5-6頁)、この事実関係を検討するとしている。

 しかし、申立書の原語(ポルトガル語)上の記載は「邪魔をする者は轢かれる(ノックダウンされる)」である。JICAが準備した申立書の翻訳では、申立書内の表現が全体として弱められており、申立人の切迫した状況が伝わりづらい[ix]。この部分の訳はその最たるものである。ただし、JICA訳のままだとしても、この発言は(事実であれば)「威嚇・恫喝発言」と整理されるべきものである。それを「侮蔑的発言」としている点で、審査役の人権問題への認識の甘さが窺い知れる結果となっている。

 続いて、審査役は、「JICAの反論」の「招待状がきたのが開催前日で会議に参加できず。発言事実を直接承知する立場にいない」(7頁)を大きく取り上げ、「招待状前日迄会合開催を承知せずとの証言に信憑性がある」ため、「(JICAが)農業大臣の当日の発言内容に影響を与える立場にあったとは考えにくい」と結論づける(9頁)。つまり、審査役は、わざわざ「JICAの反論」の範囲を超えて、JICAが「開催を承知」していなかったため、大臣発言への影響は疑問としているのである。事実はどうだったのか。

 実は、この民衆会議に日本のNGOや大学教員6名が参加しており、事前にJICAと外務省に対して、民衆会議の参加要請とその後の現地調査の便宜供与の要請を行っていた。この時点で、JICA・外務省とNGOとの間で公式のプロサバンナに関する協議会が設置されており、4度の会合が積み重ねられていた[x]。日本のNGOは、この協議メカニズムを通じて、7月の時点で外務省とJICAに上記の要請を行っていたのである。JICAはその事実を知っていたからこそ、「招待状が遅れたため会議に参加できず」としたのであるが、審査役はわざわざJICAが開催を「承知していなかった」と踏み込み、これに「信憑性」があると結論づけている。しかし、「信憑性」を裏づける根拠は示されてはいない。

 より深刻なのは、大臣の発言について「申立人へのインタビューで追加情報なし」としている点である。2日間の申立人へのヒアリングの録音には、審査役がこの件で質問や追加情報の要請を行った発言は記録されていない[xi]。つまり、事実と異なることが「調査によって確認された事実」として記されているのである。さらに、この大臣発言の現場に立ち会った日本とブラジルの市民社会関係者の「目撃記録」が署名入りで提出されているにもかかわらず[xii]、そのことは一切言及されていない。つまり、審査役は、JICAが主張すらしていないことを、事実認定したといえる。

【2・農業大臣による「外国人の操り人形」「外国人の陰謀」発言】

 審査役は、大臣の「外国人の陰謀」発言(民衆会議後のメディアへのぶら下がり)について、「JICAはこれらの会合に参加しておらず、議事録等の直接の物的記録は存在しない」、「客観的に裏付ける追加情報は得られなかった」とする(9頁)。しかし、申立書にはこれを明確に報道した新聞記事が引用され、日本のNGOからの追加文書でも、同じ新聞記事の全文と動画のリンクが提供されている[xiii]

 なおこの記事は、ブラジルで最も信頼されるフォーリャ・デ・サンパウロ紙の記事であり、その見出しは「モザンビークの大臣は食料生産計画への批判を『陰謀』と捉える」であり、続くリード文も「プロサバンナへの批判が『陰謀』との見解を示した」である[xiv]。記事には、大臣のインタビュー動画が掲載されているが(追加資料でも指摘)、審査役によると申立人からの「客観的追加情報」はないことになっている。

 その一方で、審査役は「何らかの発言があったことは報道から伺われ…言論萎縮効果が生じた可能性は考えられるが」、「発言者の真意や文脈に申立人の誤解がなかったか十分確証得た確認できず」、よって「基本的人権の抑圧との結論を得るには至らず」と結論づけた(9頁)。審査役は、この記述の前提として、「JICAの反論」文書の「指摘は申立人のご解釈であり、事実ではない」を念頭に(14頁)[xv]、「『外国人の陰謀』とは、農民側の抗議を指してではなく、食糧輸入に依存させていたと文脈から理解できる」と整理する(7頁)。

 しかし、上記のとおり、この記事の見出しは「プロサバンナへの抗議」を大臣が「陰謀」であり、それを問題視した記事であった。「JICAの反論」文書はあえてこの事実は無視した上で、審査役に都合の良い箇所二行だけを抜き取って提供し「事実でない」と強調し(14頁)、審査役も提供された記事全文や動画を確認することなく、「発言者の真意や文脈に申立人の誤解がなかったか十分確証得た確認できず」と結論づけている。つまり、審査役は自ら容易にできたはずの事実確認を放棄したまま、申立人の文書や動画に基づく主張について、「真意や文脈を誤解」した可能性を重視し、「基本的人権の抑圧」と結論できずと述べているのである。つまり、この審査では、申立人の「誤解」の有無が焦点とされており、訴えられている側である「JICAの反論」の妥当性を、客観的なファクトから検証しようという姿勢を欠いていたといえる。


[i] これらの点は、以下を参照されたい。http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/20171112/0729_01.pdf

[ii] JICA異議申立ヒアリング-(申立人・審査役)逐語記録 

[iii] 同上記録 

[iv] 審査役に提出された200点の資料が一括格納されているサイトに掲載されている。 http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/ps20171105.html

[v] 日本のNGOによると、申立人とのヒアリングの議事録について、審査役事務局が準備したものと、NGO側が逐語で準備したものについて、録音に基づきどちらが正確かチェックの上で利用するように提案がされたが、これもされなかったという。審査役の「調査報告」には、申立人が言っていないことが審査結果の根拠として記載されている。

[vi] http://www.jica.go.jp/environment/ku5257pq0000205x3b-att/material_170704_01.pdf 事業担当部署提出資料

[vii] 環境社会配慮ガイドラインに基づく異議申立審査役「モザンビーク共和国ナカラ回廊農業開発マスタープラン策定支援事業環境社会配慮ガイドラインに基づく異議申立に係る調査報告書」(平成29年11月)、29頁。https://www.jica.go.jp/environment/present_condition_moz01.html

[viii] JICAの準備した日本語訳では「人民三者コンフェレンス」となっている。

[ix]意義申立書(あとで)

[x] https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/oda_ngo/taiwa/prosavana/index.html

[xi] JICA異議申立ヒアリング-(申立人・審査役)逐語記録 

[xii] 【証言1】目撃記録(2013年8月8日「三カ国民衆会議」)部分公開(10月31日)

[xiii] 新聞記事(Folha de Sao Paulo) と大臣インタビュー動画の案内

[xiv] https://www1.folha.uol.com.br/mundo/2013/11/1378733-ministro-mocambicano-ve-conspiracao-em-criticas-ao-plano-de-producao-de-alimentos.shtml

[xv] http://www.jica.go.jp/environment/ku5257pq0000205x3b-att/material_170704_01.pdf

 

 

 

 

 

1.農業大臣による「邪魔する者は轢かれる」発言

 

 3章は、最初に「①2013年8月第1回三カ国民衆会議 における人権侵害」を取り上げ、申立書に記された「農業大臣のUNAC会長らへの発言」として、「私の邪魔をするとひどい目に遭う」「外国人の操り人形」「外国人の陰謀」を取り上げ、「侮蔑的発言」と整理して(5-6頁)、この事実関係を検討するとしている。


 しかし、申立書の原語(ポルトガル語)上の記載は「邪魔をする者は轢かれる(ノックダウンされる)」である。JICAが準備した申立書の翻訳では、申立書内の表現が全体として弱められており、申立人の切迫した状況が伝わりづらい 。この部分の訳はその最たるものである。ただし、JICA訳のままだとしても、この発言は(事実であれば)「威嚇・恫喝発言」と整理されるべきものである。それを「侮蔑的発言」としている点で、審査役の人権問題への認識の甘さが窺い知れる結果となっている。


 続いて、審査役は、「JICAの反論」の「招待状がきたのが開催前日で会議に参加できず。発言事実を直接承知する立場にいない」(7頁)を大きく取り上げ、「招待状前日迄会合開催を承知せずとの証言に信憑性がある」ため、「(JICAが)農業大臣の当日の発言内容に影響を与える立場にあったとは考えにくい」と結論づける(9頁)。つまり、審査役は、わざわざ「JICAの反論」の範囲を超えて、JICAが「開催を承知」していなかったため、大臣発言への影響は疑問としているのである。事実はどうだったのか。


 実は、この民衆会議に日本のNGOや大学教員6名が参加しており、事前にJICAと外務省に対して、民衆会議の参加要請とその後の現地調査の便宜供与の要請を行っていた。この時点で、JICA・外務省とNGOとの間で公式のプロサバンナに関する協議会が設置されており、4度の会合が積み重ねられていた 。日本のNGOは、この協議メカニズムを通じて、7月の時点で外務省とJICAに上記の要請を行っていたのである。JICAはその事実を知っていたからこそ、「招待状が遅れたため会議に参加できず」としたのであるが、審査役はわざわざJICAが開催を「承知していなかった」と踏み込み、これに「信憑性」があると結論づけている。しかし、「信憑性」を裏づける根拠は示されてはいない。


 より深刻なのは、大臣の発言について「申立人へのインタビューで追加情報なし」としている点である。2日間の申立人へのヒアリングの録音には、審査役がこの件で質問や追加情報の要請を行った発言は記録されていない 。つまり、事実と異なることが「調査によって確認された事実」として記されているのである。さらに、この大臣発言の現場に立ち会った日本とブラジルの市民社会関係者の「目撃記録」が署名入りで提出されているにもかかわらず 、そのことは一切言及されていない。つまり、審査役は、JICAが主張すらしていないことを、事実認定したといえる。

 

2.農業大臣による「外国人の操り人形」「外国人の陰謀」発言


 審査役は、大臣の「外国人の陰謀」発言(民衆会議後のメディアへのぶら下がり)について、「JICAはこれらの会合に参加しておらず、議事録等の直接の物的記録は存在しない」、「客観的に裏付ける追加情報は得られなかった」とする(9頁)。しかし、申立書にはこれを明確に報道した新聞記事が引用され、日本のNGOからの追加文書でも、同じ新聞記事の全文と動画のリンクが提供されている 。


 なおこの記事は、ブラジルで最も信頼されるフォーリャ・デ・サンパウロ紙の記事であり、その見出しは「モザンビークの大臣は食料生産計画への批判を『陰謀』と捉える」であり、続くリード文も「プロサバンナへの批判が『陰謀』との見解を示した」である 。記事には、大臣のインタビュー動画が掲載されているが(追加資料でも指摘)、審査役によると申立人からの「客観的追加情報」はないことになっている。


 その一方で、審査役は「何らかの発言があったことは報道から伺われ…言論萎縮効果が生じた可能性は考えられるが」、「発言者の真意や文脈に申立人の誤解がなかったか十分確証得た確認できず」、よって「基本的人権の抑圧との結論を得るには至らず」と結論づけた(9頁)。審査役は、この記述の前提として、「JICAの反論」文書の「指摘は申立人のご解釈であり、事実ではない」を念頭に(14頁) 、「『外国人の陰謀』とは、農民側の抗議を指してではなく、食糧輸入に依存させていたと文脈から理解できる」と整理する(7頁)。


 しかし、上記のとおり、この記事の見出しは「プロサバンナへの抗議」を大臣が「陰謀」であり、それを問題視した記事であった。「JICAの反論」文書はあえてこの事実は無視した上で、審査役に都合の良い箇所二行だけを抜き取って提供し「事実でない」と強調し(14頁)、審査役も提供された記事全文や動画を確認することなく、「発言者の真意や文脈に申立人の誤解がなかったか十分確証得た確認できず」と結論づけている。つまり、審査役は自ら容易にできたはずの事実確認を放棄したまま、申立人の文書や動画に基づく主張について、「真意や文脈を誤解」した可能性を重視し、「基本的人権の抑圧」と結論できずと述べているのである。つまり、この審査では、申立人の「誤解」の有無が焦点とされており、訴えられている側である「JICAの反論」の妥当性を、客観的なファクトから検証しようという姿勢を欠いていたといえる。

 

 

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著者略歴

  1. 舩田クラーセンさやか

    明治学院大学国際平和研究所研究員。国際関係学博士(津田塾大学)。元東京外国語大学大学院教員。元日本平和学会理事、元日本アフリカ学会評議員。主著書に『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房、日本アフリカ学会奨励賞)。編著に『アフリカ学入門』(明石書店)など。

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