被災地から広がる「共に支え働く」というしくみ『Workers 被災地に起つ』/森まゆみ
2011年3月11日、東日本大震災。それはみんなが今までの生き方、働き方を見直さざるを得ない日だった。ひとつだけ例をあげても、これほど危険な原発に頼って電気をじゃぶじゃぶ使う暮らしをしていていいのか、とか。両親ともに東北にルーツを持つ私も、子どもたちはすでに独立、これからはできるだけ東北のため働く、と思いを定めた日だった。
その後、被災地をテーマにどれほどの映像が作られたことだろう。家族を津波で流されながらしっかりと立ち上がる個人に焦点を当てたもの、震災で失われた資料や記憶を復活する試み、福島の取り戻せない故郷、放射能に汚染された大地と家、仮設住宅での暮らし……。良い作品もあったが、火事場泥棒的な映像も少なくなかったと記憶している。
「ワーカーズコープ」という可能性
本作品は「ワーカーズコープ」という働き方で、被災地に仕事と笑顔を取りもどそうという試みを紹介する映画だ。労働者/生産者協同組合と訳され、共同の目的のために、個人や小さなグループがあつまって組合を作り、それぞれが出資し、民主的な運営で働き、労働報酬もみんなで決めるというシステムだ。
その淵源は、15世紀のスコットランドに生まれ、19世紀イギリスのロバート・オーエンの思想を組む織物業の「ロッチデール」、[i]日本でも江戸時代、大原幽学[ii]の「先祖株組合」などは、出資した人々の助け合いを趣旨とする協同組合だった。ワーカーズコープは、利潤追求にみあわない教育や福祉の分野で日本中に広がりつつあるが、特に、大きな資本のない被災地で思いをかたちにするためには使い勝手の良いシステムだ。
最初に映し出されるのは岩手県大槌町、海辺にあった庁舎に津波が襲いかかり、町長以下たくさんの公務員が亡くなった。そこに「ねまれや」というワーカーズコープができた。
震災後、お年寄りは家をなくし、家族を流され、街を失った。彼らに居場所を提供し、お互い助け合える関係を作る。支える人と支えられる人が分離するのではない。働くスタッフも、母子家庭だったり、引きこもりに近かったり、かつて長いこと経験したいじめに傷ついている。
だからこそわかる。ひとりぼっちであることがどんなに辛いことか。
何かその地域で「困りごと」があれば、それを解決するために、みんなで共同出資して、事業を作り出す。それは「もらいぐせ」のついた被災地の人々を、もう一度自立に向かわせる方法でもある。普通にハローワークに行っても、今まで引きこもりがちだったり、病気で何年も働いていなかったりする人は職を得にくい。そうした人も、ワーカーズコープでは拒否されることはない。そのことが、映像でわかりやすく示される。
試行錯誤しながら、助け合う
次に登場するのは、これも津波で被害を受けた宮城県気仙沼、ここでは「被災地こそ共生型施設を」
さらに、大津波を経験した宮城県亘理町。仙台空港の飛行機整備士であった男性は、海に漂うたくさんの遺体を見て働き方を変えたいと思い、ワーカーズコープが震災後に立ち上げた「ともに はま道」という産直野菜やお弁当販売、みんなが出会えるランチ、
そこで産直野菜やお弁当販売、みんなが出会えるランチ、子どもたちの居場所作りと、多彩な事業を立ち上げていく。だけど、働く一人一人が、原価計算ができない、電気代がいくらかかっているのかわからない、これでは事業は早晩立ち行かない。みんなで不得意な数字に立ち向かってゆく。
最後に登場するのは、宮城県登米市。子どもたちを預かってもらえる場がない、特に障害を持つ子供を預ける場がないという「困りごと」から「ならば作っちゃえ」と子どもの居場所「ぽっかぽか」が発足。また、同市鱒淵地区では、限界集落で素人の若者五人が林業回復のワーカーズコープ「REBORN FOREST登米」を立ち上げる。始めた当初は、地元の人たちに「突然来て林業やるったって」「木を切るのほんとへたっぴ」と言われ、説明会を計画しても誰一人参加しない。しかし、考えてもごらん、このままいくと、この集落は消える。地道な個別訪問や学習会を重ねた末、やっと住民も理解を示し、一緒に炭焼き窯を作る。若者は大事だ、若者が来てくれて、子どもをそこで育てることこそ希望だ。古くからいる住民は最後に言う。「僕たちよそ者と言わないでほしい、もう立派な鱒ブッチャーだ」と。
いくつかの場所、重層するいくつかの課題、幾つもの関係性、見るものはやや、整理されない思いを抱くかもしれない。しかし、きれいに整理されないのが現実だ。かつて「こんばんは」で夜間中学を描いた森康行監督は例によって生きづらさを抱える人々に静かに誠実に寄り添い、その声を聞き取る。笑える場面も多く、映画はちっとも暗くはない。見る方も、丁寧に、誠実に映像に向かい合っていきたい。
自分の地域で、やれることがある
思い出してみれば、35年前に私たち三人が作った地域雑誌『谷中・根津・千駄木』[iii]もまた、「地域の記憶を記録に変える」「地域の課題をみんなで話し合う」「地域の文化資源をみんなで保存活用する」という課題を解決するための事業、スモールプレス(地域出版社)であり、コミュニティ・ビジネスであった。みんなで働き、みんなで分け合ってきた。
マクロに見れば高度成長は終わり、もう大量生産、大量消費の時代ではない。地球はそんな生き方に耐えられない。周りを見渡すと格差と差別は広がるばかり。東京では収入の半分以上が家賃に消える。ついこの前、私の暮らす町でも、前途に不安を持った母親が、夜中、父親が働いている間に三人の子どもと無理心中を遂げた。
見終わった時、わたしを浸したのは、障がい者福祉、高齢者支援、医療、子育ての分野では何ひとつ事業化できなかった、と言う慚愧の念。ああ、ワーカーズコープであった「谷根千」の初心に戻りたい。還暦を過ぎたけれど、まだまだ地域でやるべきことがあるみたい。そう思っただけで少し、元気が湧いてきた。
『Workers 被災地に起つ』 (2018年/89分/日本) 公式HP
監督:森 康行/企画:田中羊子・横山哲平/プロデューサー:藤田徹・川邊晃司・小澤真/編集:古賀陽一/ドローン撮影:小川秀峻/音楽:平野晶子/音楽プロデューサー:八重樫健二/録音:引間保二/ナレーター:山根基世/声の出演:飯野元彦・黒田志保/配給協力:ウッキー・プロダクション
[i] ロッチデール先駆者協同組合(Rochdale Pioneers Co-operative)。協同組合運動の先駆的存在となった生活協同組合。1844年12月21日にイギリス・ランカシャーのロッチデールで最初の店舗が開設された
[ii] 江戸後期の農民指導者。下総国香取郡で農民に農業技術を指導。農業共同組合の先駆となる「先祖株組合」を創る。
[iii] 通称「谷根千/やねせん」。1984年に森まゆみ、山崎範子、仰木ひろみ、つるみよしこらが創刊した地域情報誌。2009年、93号で終刊。現在はウェブサイト「谷根千ねっと」でバックナンバーの紹介・販売や谷根千エリアの紹介が行われている。