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連載 ドキュメンタリー解体新書

移民、棄民、ディアスポラ…故郷を離れて生きる人々のルーツを巡る『盆唄』/石田昌隆

ハワイで出会った「フクシマオンド」
 
 写真家の岩根愛は、2006年からハワイに通い、ハワイの日系人文化を取材、移民たちの荒れた墓や、盆ダンスを撮影していた。2011年3月11日の東日本大震災が起こった年の夏、地震と津波の被災者約100人がマウイ島に招待されて長期滞在した。そのうち30人ぐらいが福島県双葉郡からの中高生だった。彼らはハワイの盆ダンスに参加。最初は恥ずかしがっていたのだが、マウイ太鼓が生演奏の「フクシマオンド」を始めたとたん、急に「あ、これ知ってる!」と言って踊り出した。その光景を見た岩根は驚き、忘れられなくなった。
 
 以来、岩根は、ハワイだけではなく福島にも撮影に通うようになり、福島の人とハワイの日系人の交流を取り持つようになっていった。しかし2018年6月に、今度はハワイ島のキラウエア火山の溶岩流が家屋や道路をも呑み込む災害が起こる。同じ年の11月、岩根は写真集『KIPUKA』を上梓した。“KIPUKA”とは、溶岩流の焼け跡の植物、再生の源となる「新しい命の場所」を意味するハワイ語である。
 
   
福島からハワイに渡った移民たち
 
 ハワイの日系移民の歴史は、1868年(明治元年)から始まる。特に移民が多かったのは1885年から1924年にかけて。おもにサトウキビ畑や製糖工場で働く労働者として渡り、過酷な日々を過ごした。初めは、山口、広島からの移民が多く、ちょっと遅れて、福島、沖縄などから移民がやってきた。
 
 福島からの移民は、厳しいサトウキビ畑での労働に耐えるとき「フクシマオンド」と呼ばれる故郷の盆唄を唄っていたそうだ。それはアメリカ南部、綿花のプランテーションで働いていた黒人たちが労働歌や霊歌を歌っていた姿と似ていたのではないかと想像する。
 
 1945年の真珠湾攻撃以降、日米戦争下で日本文化は禁止され、日系人はアメリカに忠誠を尽くすしかないという時期を過ごしていたが、戦後再び、ハワイの日系人たちは伝統文化を取り戻した。そして今、ハワイの日系移民の子孫たちは、4世、5世の時代となり、もはや日本語がわかる人は少ない。それでも「フクシマオンド」は受け継がれ、日系移民のルーツ・ミュージックとして、今でも毎夏、ハワイ各地の盆踊りで熱狂的に唄われ、踊られているという。
 
 ちなみに、ハワイ島では、東北弁で女性器のことを意味する「べっちょ」と言いながら踊る風習が残っていたりもする。日本ではすでに廃れているスタイルだそうだ。
 
双葉町出身の太鼓叩き
 
 写真だけでは、唄そのものは伝えられないと感じていた岩根愛の働きかけで、『ナビィの恋』などでお馴染みの中江裕司監督がドキュメンタリーの撮影を開始したのは2015年のことだった。それが結実したのが今回の映画『盆唄』だ。
 
 現実を写し撮っていくドキュメンタリーのスタイルなので、撮影を続けていても必ずしも魅力的な物語になる保証はない。福島の盆踊りには、河内音頭の音頭取りのような派手で個性的なプロの芸人がいるわけでもないからだ。しかし中江裕司監督は、東日本大震災で原発事故が起こった後、本宮市で避難生活を続けている和太鼓作りの名人で双葉町出身の横山久勝さんに会ったとき、「これは映画にできる」と確信した。
 
 横山さんらは、ハワイまで日系移民の盆ダンスの関係者を訪ねていって交流したり、震災と原発事故で散り散りになった双葉郡の各地区の盆踊り関係者に声をかけて、双葉町に保管してあった櫓をいわき市の広場まで運び、盆踊りを復活させたりする。
 
 僕が何より驚いたのは、太鼓のビートのカッコ良さである。震災前に双葉に住んでいた人々が集まる盆踊りで、横山さんの叩く太鼓を、友人の方が「微妙にズレるところがカッコ良い」と語っていたが、実に的を射た指摘であると感じた。
 
富山から相馬、相馬から双葉、そしてハワイへ
 
 ハワイで受け継がれている「フクシマオンド」は福島の盆唄から派生したものだが、横山さんたちの盆唄「双葉盆唄」とは細部が異なっている。とはいえ、双葉町の盆唄もそもそも集落ごとに歌詞が異なっているし、そのうえ双葉町の盆唄そのものが有名な「相馬盆唄」と類似している。もはや、どれが本家の盆唄なのかと言うことは出来ない状態なのだ。
 
 そもそも「双葉盆唄」を受け継ぐ双葉の人々ですら、先祖代々、双葉の人だったとは限らない。双葉町のある相馬地区には、200年前に富山から集団移民してきた相馬移民と呼ばれる人々がいたからだ。映画に登場する「双葉盆唄」の踊りの名手、井戸川容子さんも、その相馬移民の末裔である。
 
 相馬移民は、富山の風習を携えていたため、死者を火葬していた。しかし福島は土葬の地だったので気味悪がられ、移民には嫁はやらないと差別されていた。相馬移民が地元民として認められて盆踊りに参加できるようになるまで3世代もかかったという。ハワイの「フクシマオンド」は日系移民によって受け継がれてきたが、「双葉盆唄」には富山にルーツがある相馬移民も係わっていたのである。中江裕司監督は、映画の中にアニメーションで描いた相馬移民の歴史も組み込んでいる。
 
 移民、棄民、ディアスポラ、越境、差別と偏見、祖先との対話、死者との対話、太鼓のビート、唄と踊り。映画『盆唄』は、それらが重層的に織り込まれたドキュメンタリーなのだった。
 

『盆唄』

2018年|日本|134分|ビスタ|

監督:中江裕司 /撮影監督:平林聡一郎 /編集:宮島竜治、菊池智美 /エグゼクティブプロデューサー:岡部憲治 /プロデューサー:堀内史子 /アソシエイトプロデューサー:岩根愛 /アニメーション:池亜佐美 /音楽:田中拓人 /音楽プロデューサー:佐々木次彦 

出演:福島県双葉町の皆さん、マウイ太鼓ほか /声の出演(アニメ―ション):余貴美子、柄本明、村上淳、和田聰宏、桜庭梨那、小柴亮太

制作:テレコムスタッフ /配給:ビターズ・エンド

公式HP 『盆唄』

2019年2月15日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー

 

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著者略歴

  1. 石田昌隆

    いしだ・まさたか 1958年生まれ。写真家/音楽ジャーナリスト 著書に、『黒いグルーヴ』(1999 年)、『オルタナティヴ・ミュージック』(2009 年)、『ソウル・フラワー・ユニオン 解き放つ唄の轍』(2014 年)がある。

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