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連載 ドキュメンタリー解体新書

物語が腑に落ちるまで 映画『Life 生きていく』の時間/七沢 潔

 ドキュメンタリーが持つ機能を分解すると、第一に対象となった人物の生や社会の動きを固有の時間にそって記録すること、そして第二に観客に対する制作者からのストーリー・テリング、つまり物語だ。


 特に、限られた時間枠の中で、他のチャンネルとの競合を常とするテレビでは、「それで何がわかるの?」とか「どんな話?」という、視聴の結果わかる事実、そこへの道行きなどの明示があらかじめ求められ、最後まで引っ張る強い動線が求められる。つまり固有の「時間」よりは、現実を魅力的に再構成する「物語」が主要なアクターとなりがちだ。


『Life 生きていく』(2017年/115分/HD)
監督・撮影・編集:笠井千晶 音楽:スティーヴ・ポティンジャー

 昨年封切られた映画『Life 生きていく』は、長らくテレビ局でドキュメンタリーを作ってきた制作者・笠井千晶(43)*1が、仕事の合間に小型カメラをもって手弁当で福島に通い、5年の歳月をかけて撮りあげた異色のドキュメンタリーだ。この映画では「時間」が極めて重要だ。そして笠井がそこに傾斜することでテレビ番組の企画にはならず、作品を完成させるために笠井自身もテレビ局を辞め、独立せざるを得なくなった点が、興味深い。

 笠井が通ったのは津波で7割の家が流され、77名が犠牲になった南相馬市の海岸部の地区。7年前の3月11日、消防団員だった主人公・上野敬幸さん(44)の家では両親と、2人の子どもが流された。

 その捜索の最中、22キロ南の福島第一原発で事故が起こり、周囲の住民はみな避難を余儀なくされた。笠井のカメラはそんな中、避難を拒否して家に残り、まだ行方不明のままの父親と長男を捜し続ける主人公に寄り添う。

 屋内退避区域となった地区には4月下旬まで警察も自衛隊もやって来なかった。日焼けした顔の主人公は口を開けば、「原発の被災者と違って津波の被害者には役所は何もしない」と、政府や県、東電への悪口雑言。かと思えば、亡くなった子どもたちを思って大声で泣く。感情のコントロールを失いがちな主人公は元ヤンキー風の面立ちで、「昔は悪かった」と語るが、ナレーションが無い上、テロップでも主人公の過去は何も説明されない。

 説明のなさは主人公の妻・貴保さん(40)についても同じだ。映画が始まって20分過ぎに初めて登場する妻は、看護師だけあって主人公と対照的にクールだ。だがその妻が、被災当時妊娠していたため、放射線の影響を案じる周囲の勧めで茨城県に避難していたこと、その間に8歳の長女の遺体が発見されたが対面できず、火葬にも参加できなかったことが、夫の語りで明らかになる。つまり妻は新たな命を守るという母親としての役割を全うするため、亡くなったわが子を抱きしめ、涙を流すという母親としての自然な感情の発露も許されず、惜別の機会も奪われたのだ。

 この事実によって、観客は津波や放射能のそれぞれの爪痕とは違う、「津波・放射能複合災害」の残酷さを垣間見る。夫は妻が心に負った傷に長らく気づかなかった自分を責める。他方、妻は重い口を開くと、「考え出せばきりがない。気持ちをセーブして生活するスタイルを続ける」と語る。だが焼香に訪れる長女の友だちの姿を見ると、涙が滂沱として止まらなくなり、カメラから身を隠す。

 カメラはその一方で、震災後に生まれた次女を育てながら一家を襲った悲劇について、亡くなった家族一人ひとりについて、噛んで含めるように伝える妻の姿を映し出す。まるで命のリレーをするかのように。

 映画は淡々と浜の主人公たちの5年の歳月を記録し、夏の追悼花火や巨大なスマイルマークの電飾、主人公が大地に撒いた目映いばかりの菜の花畑の出現、亡くなった長女の卒業証書を夫妻が小学校でもらう、など出来事の描写を積み重ねていく。クライマックスは震災から5年後、周囲で一軒だけ形が残った旧宅を解体する場面だ。主人公にとって両親と二人の子どもたちの思い出の詰まった家が消失する。そしてその日、4歳になった次女はそれまで聞かされてきたこの家の物語を幼い声で、宙に向かうように語りはじめた。

 映画はゆっくりとした時間の流れの中で、被災から立ち直っていく家族の「物語」を浮かび上がらせる。先回りするように説明するテレビの「物語」に慣れた観客は途中でイライラしはじめる。だが、しばらくするとこの「焦らされ」「待たされる」時間こそが、実は「固有の時間の流れ中の生」に立ち合い、記録するドキュメンタリー本来の時間であることに思い至る。それはファストフードや政府の復興計画のように、短時間でテンポよろしく消費できるコンテンツではない。そこでは説明なく放置される時間の中で、観客は呻吟させられ、知らず知らずに映画と無言で対話を始め、映画の並走者となる。そして長い時間をかけて咀嚼された食べ物が、胃壁に馴染みながら消化されるように、物語は静かに腑に落ちていく。

 当初、笠井はこの企画をテレビ関係者に持ちかけたが、評価されなかったという。テレビ関係者は数多の番組がつくられた原発事故被災と違い、孤立した津波被災家族の記録がどのような物語になるのか、像を描けなかったのだろう。封切り後、映画を見て中京テレビがNNNドキュメントの枠で30分の短縮版を制作し、放送した*2。115分の映画版から選ばれたのは主人公の動きと、その友人であり、自力で行方不明の娘を捜す父親として様々な報道で紹介されてきた木村紀夫さんが、大熊町の自宅周辺で行方不明になった娘の歯と遺骨の一部を発見する場面だった。

 私が心動かされた主人公の妻・貴保さんの声や姿は、ほとんどカットされていた。

 やはりと言うべきだろうか、テレビ・ドキュメンタリーはわかりやすさと強さをもとめる性急さによって、映画にはあった繊細さ、奥ゆかしさを失っていた。

『Life 生きていく』公式HP




*1 静岡放送、中京テレビでディレクターとして番組制作後、2015年フリーに。作品に「宣告の果てー確定死刑囚 袴田巌の38年」(2004年)、「『散華』-或る朝鮮人学徒兵の死」(2006年)、長沼ナイキ基地訴訟で「自衛隊の憲法9条違反」を認定した福島重雄裁判長のその後を描いた「法服の枷」(2009年)など。

*2 映画封切後、中京テレビがNNNドキュメント枠で「Life 原発事故と忘れられた津波」と題した短縮版を制作、昨年7月3日に放送した。

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著者略歴

  1. 七沢潔

    ななさわ・きよし。ドキュメンタリー制作者。作品に小笠原の欧米系島民の歳月を描いた『太平洋ブラザーズ』、沖縄生まれの詩人・山之口貘を追った『貘さんを知っていますか』、福島第一原発事故直後の現場ルポ『ネットワークでつくる放射能汚染地図』など。

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