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連載 デルクイ

スパイダーマンから考える

賞賛されたパリの「スパイダーマン」

 みんなが称賛する映像を見て、でも、言葉にならないときがある。

 少し前の出来事(5月26日)だが、パリで幼児がベランダの手すりを乗り越えてしまい、集合住宅の4階から宙吊りになった。すると、それを見たマリ出身の男性が、外壁をするするとよじ登って救出した。あっという間の出来事だった。その映像を見た私も、子どもが無事に保護されたときの安堵感は言葉にならないほどだった。

 その救出劇の動画がネットにアップされると、すぐさま彼は「スパイダーマン」と呼ばれるようになり、その日から数日間、この青年の動画がEU域内のニュースを賑わした。さらに、ツイッターやフェースブックで世界中に拡散された。数日後には、フランスのマクロン大統領からも感謝状が送られた。
 
報酬は「フランス市民権」

 青年は、その二ヶ月前に、マリからフランスにやって来たばかりだった。
 
 フランスの植民地だったマリは、1960年に独立した。旧植民地の多くが、独立後は軍事独裁政権に移行する。そしてマリでもまた、国家権力による凄まじい暴力が人々に降り掛かった。息子を殺された母親たちをはじめ、親も子も血を流しながらの民主化闘争が続いた。しかし、負の歴史はそう簡単には払拭できない。資源のある国であるがゆえの内戦や、関係諸国のさまざまな思惑が入り乱れ、マリではいまも混乱が続いていると言っていいかもしれない。

 インタビューに答える青年の流暢なフランス語を聞いて、植民地の遺産だなぁと思った。宗主国の言葉で話すその姿は、まさに私の姿でもあるからだ。日本語を母語とする私は、日本語で考え、日本語で「私は朝鮮人です」と語る。日本社会で使われる「朝鮮人」という単語には、侮蔑の意味が込められている。自分を指す言葉に、差別の言霊が仕掛けられている。しかし、それを使わざるを得ないのだ。

 マリの青年は、インタビューで「無我夢中で壁をよじ登った。あとで我に返ったとき、驚いてベランダで座り込んでしまった」と語った。命を救いたいという純粋な願いが、青年を駆り立てたのだ。

 しかし、マリの子ども(肌の色の違う子ども)の命を、フランス人は同じように守らねばならないものとして扱ってきただろうか。私のそんな思いとは関係なく、パリ市民は大喜びだった。ほどなく、青年には「フランス市民権」と消防士としての職が与えられた。
 
「愛される移民」の条件とは
 
 これは論功行賞だ。あるべき外国人のロールモデルとして、旧宗主国の子どもを助けた「良き外国人」に与えられたご褒美だ。しかし、このご褒美の大きさは、「良くない外国人」は叩いてもいい、という考えに帰結する。
 
 思えば、王貞治さんは、日本人に愛される外国人スターだった。そして今も、モデルマイノリティとして生き続けている。決して体制には逆らわず、愚直に努力し、不平不満も言わず、成果を積み上げる。日本人が外国人に求める「あるべき姿」がそこに
はある。

 いや、むしろそれは「日本人が求める日本人像」と言ったほうがいいだろう。日本人であれば、長嶋茂雄のように「日本人らしくない」行動でも許されるし、逆にパフォーマンスとして喜ばれる。その一方で、外国籍住民には「日本人らしさ」を要求する。モンゴル人である白鵬や朝青龍に日本的美意識の体現を求めるのと同じ感覚だ。外国人がそこから外れたら、一斉に叩く。

 あのスパイダーマン青年が、もし飲酒運転でもしたら、あるいは、何か仕事でミスをしたら、フランスの人たちはどうするのだろうか。
 
 市民権剥奪を叫ぶ? 
 
 考えたくないなぁ…。

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著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

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