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連載 デルクイ

独仏共同テレビ局「アルテ」

良質な番組をたくさん放映
 
 1992年5月30日に開局した、ドイツとフランスの共同出資によるテレビ局「アルテ(Arte、仏: Association Relative a la Television Europeenne)」。
 この局では、独仏2カ国語で、両国共通の歴史認識に基づく良質な歴史解説番組や証言番組が、もったいないくらい豊富に放送されている。
 
 一日中見ていても飽きないくらいだ。
 
 日本では見られない貴重な映像や、戦争裁判の状況、被害者や加害者の証言が、過去と現在を見事に結びつけてくれる。
 映像を見せるだけでなく、それがどう現在に続いているのかを的確に解説しているのが特徴だろう。
 
 
歴史から学ぼうとする番組づくり
 
 先日は、マルクスの特集番組があった。
 生誕200周年を記念してのことだが、極貧生活を生きぬいたマルクスと、親を騙しながら彼のために金を工面した坊っちゃんエンゲルスの姿は、難解な「資本論」を読むよりはるかにストレートに彼らの思いを伝えてくれた。
 
 各国の歴史家による的確な解説や関係者の証言のおかげで、目の前にマルクスがいるかのような気がしたほどだ。
 
 マルクス物語の後に続いたのは、第一次世界大戦についての証言番組とロシア革命の物語だった。
 ロシア革命の番組では、ドイツの支援を受けてロシア皇帝を倒すためにレーニンが登場した経緯や、レーニンの果たした役割が解説された。
 
 ロシア革命の結末はプロレタリアートの勝利ではなく、大量殺戮と独裁者スターリンの登場だった。
 
 人々はどこで間違ったのか。搾取からの解放を願った人々が、まぜまた同じような独裁権力を産んでしまったのか。
 アルテの歴史番組を見ていると、人間には華やかな過去などない、ということを思い知らされる。
 
 人々は間違いを犯し続けている。
 
 その間違いをいかに正して再発防止をするか、それが「歴史教育」であり、独仏共同の番組作りの目的でもあったのではないかと、漠然と思った。
 
 
ドイツにとって「国旗」とは
 
 ドイツとフランスの間には、小学校同士の交流もある。もちろん、親同士の交流も行なわれている。
 
 そうした積み重ねの上に共通の歴史教科書が作られ、共同出資のテレビ局が開局したのだ。
 
 先日、ある友人が、「ドイツ人にとって、ドイツ国旗を掲げることにどれほどの葛藤があるか知っていますか」と語ってくれた。
 
 彼によると、ドイツでは、ドイツ国旗を掲げる人は、ちょっとおかしな人、または、歴史を反省していない人、という感じで見られるという。
 ドイツ人には、国旗を掲げることに躊躇するという歴史があったのだ。
 
 しかし、2014年のワールドカップサッカーでドイツが優勝した時、周囲の国の人々から、国旗を振ったらどう?と促されたのだという。
 歴史に十分向き合ってきたドイツに対して、周辺諸国が「もう、分かっているから」というサインを送ったのだ。
 このとき初めて、ドイツ人はドイツ国旗を躊躇なく振ったのだという。
 
 しかし、だからといって、今もドイツ人が日常の中でそれを振ることはない。
 ドイツの歴史に向き合う姿勢は、そんな甘いものではないからだ。
 
 そんな話を聞きながら、アジアでアルテのようなテレビ局が作れるのはいつになるのだろうかと思った。
 
 
アルテ1
アルテ2
〔アルテの番組=著者撮影〕

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著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

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