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連載 デルクイ

なぜドイツで極右が台頭したのか

チェコの苦難の現代史

  チェコの「共産主義博物館」では、ナチス支配の後、ソ連によって再支配されたチェコの、現代版スラブ叙事詩を見ることができる。再現された取調室や、生き残った人たちの証言など、そこで歴史の事実に向き合うのは本当に苦しい。目を覆いたくなる写真や記録、証言の中で、自分がこの虐殺に関しては「第三者」だということが唯一の救いとなった。そう、他人事であることは、こんなにも心を楽にするのかと思った。

 チェコは、ナチスドイツによる占領地域ではちょうど中間点に位置するため、ユダヤ人虐殺の途中駅として活用された。その意味では、チェコは加害者にさせられた歴史を持つ国だ。そして、解放と同時に今度はソ連の支配下に入れられ、1968年のプラハの春を経て1989年のビロード革命まで、チェコの人々の苦難は続いた。それらの記録も、この博物館では映像として見ることができる。その上で、どんな国の、どんな制度であっても、権力とは暴力装置そのものだということを、改めて実感させられるのだ。

 そのチェコでは今、右派の台頭が著しい。あれほど望んだ、自由な社会でだ。今では極右政党の党首の顔を街のあちこちで見ることができる。極右の台頭……その姿はまさに、旧東ドイツの姿そのものだ。

     
共産主義博物館/拷問部屋の再現とそこで、殺された人の写真

 ドイツ東部での極右の台頭

  8月末からドイツ東部のザクセン州で起き始めた極右による差別扇動デモは今も続いている。同時に、それへのカウンターも凄まじい勢いで広がっている。

 例えば、9月29日の1日だけでも、ケルン市内のデモ・集会は、反ナチからトルコのエルドアン訪問に反対するデモまで合計10箇所も届け出が出されていて、警察の警備が追いつかないと報道されているほどだ。それほどドイツでは危機感が強い。ドイツ全土における極右政党の支持者は約1割。しかし、旧東ドイツ地域だけを見ると、2割から3割にも達する。地域によっては第一党と言ってもいいほど支持率が高い。

 なぜそうなるのかについては色々な理由が語られているが、主に、旧東ドイツはきちんとナチスの精算をせず、また全体主義を否定する教育もしてこなかったことが大きいと言われている。

 まず、ナチスドイツは共産主義者から殺していったので、共産主義の旧東ドイツはその圧倒的な被害者側だったという認識がある。そこに、ドイツ統一後、居ながらにして「難民化」してしまった人々の、「奪われた」という被害感情が加わる。彼らの多くが、統一によって移動の自由は手にしたものの、代わりに安定した生活も未来も奪われたと、口々に言うのだ。

 気がつけば弱肉強食の資本主義経済圏に引きずり込まれ、それまでのキャリアが無に帰すという経験を、当時成人していた旧東ドイツの人々のほとんどがしたのだ。手に入れた移動の自由だって、金がなければ使いようがない。そんな自国内の「難民」問題でさえ放置しているのに、さらに外から難民を入れるという政府の欺瞞に、許しがたい感情があるのだという。

 マルクスの銅像の前で移民排斥を叫んでも、彼らにとっては何の違和感もないのだ。それは、収奪する者への抵抗だからだ。チェコの人たちや旧東ドイツ(東欧)の人たちが夢に描いてた西側社会というものも、多くの人にとってはフェイクだったのだ。彼らの持つ「不安」を解決できるという、新しい夢物語を提供してくれたのが極右ということなのだろう。

 しかし、移民を排斥しても彼らが救われることはない。現実には、旧東ドイツへの移民の数は2%程度で旧西ドイツよりも低く、そのうち半分はオーストリアからだという。

 拷問によって、人間が破壊されるさまを表現したオブジェ(共産主義博物館)

 AfDの支部が監視対象に

  極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、移民による殺傷事件を機に、「同じことはどこでも起きる」「身を守れ」といったメッセージを、血のついたナイフの画像とともにインターネットで流布した。それはまさに、「身を守るためには殺してもいい」というメッセージでもあった。

 AfDの中でもザクセン州ケムニッツの議員たちはとりわけ過激で、再三の批判にもそのスタンスを崩さず、ついには憲法擁護庁の監視対象候補として挙げられた。一つの政党の支部が、反民主主義、反正義、反社会の団体として監視されるという、その事実は凄まじく重い。民主主義を否定するものとの融和はあり得ないという、戦う民主主義の真髄がここにある。人々の右傾化の暴走をギリギリのところで食い止めているのだ。

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著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

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