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連載 デルクイ

安田純平が突きつけたもの

シリアの子どもたち

 安田純平さんが、シリアでの拘束を解かれた後、日本で記者会見した映像を、ドイツでほぼリアルタイムに見た。3年以上の長期勾留の上に、釈放されて間もない時期での記者会見ではあったが、その不屈の姿勢に胸が熱くなった。ドイツの友人は、日本の「人質バッシング」について、「ライトウイングということだけでは説明がつかない日本独特の文化」だと言っていた。「結果を出せ」「謝罪せよ」「英雄視するな」といった安田さんへの反発や中傷はなぜなのか、ドイツ人に説明できる言葉が探せなかった。

 少し前、近所の教会で写真展が開催された。会場に来た人たちは、ほとんど言葉を発しなかった。私と、そばで見ていた女性は、黙って目を見合わせた。見知らぬ者同士であったが、お互いに、何かをしなくてはならないという思いだけは共通していた。展示されていたのは、シリアの子どもたちの写真だ。しかも、戦乱の中、何重もの虐待の果てに、ごくまれな幸運に恵まれて国際NGOに保護された子どもたちだ。

 ここに来られなかった子たちは、もう生きていないか、そうでなければ今も凄まじい暴力の下にいる。親が爆撃で亡くなったり行方不明になったりしてそのまま見捨てられた子、身よりもなく、養父母や保護者とされた大人から感情のはけ口にされて殴られ続けたり、体に火をつけられるなどの虐待を受けた子、親が精神を患って入院し、その後複数の大人たちからレイプされた子、記憶をなくした子、生きるために暴力を身につけた子など。

 写真の中の子どもは3歳から15歳くらいまで。兄弟姉妹で恐怖の中を生き抜き、施設の中でも寄り添っていた。自分の名前しかわからない子やまったく記憶がない子たちの親族を探すのは不可能だ。それに、分かったところで、かれらが生きている保証はない。紛争が起きると地域は破壊され、家庭も破壊され、その暴力はまっすぐ子どもに向かう。どの写真の子も、その体に凄まじい暴力の痕跡が刻まれていた。
 
   
教会の写真展/シリアの子どもたち
 
目をつぶり、「知らないまま」でいいのか
 
 トラウマの治療を受けている子どもたちの姿の向こうに、安田さんの姿が重なった。この子たちのことを知らせてくれる大人が必要なのだ。安田純平が伝えたかったのは、愚かな殺戮の悲劇をいかにして食い止めるか、ということなのではないだろうか。知った以上、伝えなければならない。伝えたら、助けなければならない。彼を突き動かしてきたのは、そうしたジャーナリストとしての真っ当な感性なのだと私は感じた。
 
ドイツにはシリア難民も多い。排外主義の嵐はここでも吹いている。しかし、私たちが目をつぶるのを許さない社会がドイツにはある。見るんだ、見るんだ、と突きつけてくる。それはまさに、安田純平の眼差しと同じだ。
 
 私には、戦火の地に足を運ぶほどの力量はない。体力も知識もない。もし私が彼のように武装勢力の人質にされたら、3日と持たないか、あるいは自殺しているだろう。安田さんの「あきらめたら試合終了」という言葉が、ヘタレな私の胸を突く。この悲劇から目を背けるのは、この子たちを殺し続けることなのだと、この言葉はそう語っている。

 私は、安田純平のように闘い抜けるだろうか。拷問や虐待の下でも希望を失わず、闘い続けられるだろうか。相手の文化に則して「イスラムの教えでは虐待は許されない」と、自分を虐待している相手に冷静に諭せるだろうか。そして、九死に一生を得てやっと帰った母国での、「謝罪せよ」という憎悪の合唱に絶望しないでいられるだろうか。

 安田純平が口にする「自己責任」という言葉は、責任を取らない大国や、為政者、政府に対して「お前の責任はどう果たすんだ」と言っているように聞こえる。安田純平は、大政翼賛に流される日本のジャーナリズムを、かろうじてつなぎ止めてくれている。それこそが、私たちに残された希望なのだ。
 

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著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

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