WEB世界

岩波書店の雑誌『世界』のWebマガジン

MENU

連載 デルクイ

SNSでつながるBTS 〜BTS(防弾少年団)から日本と世界を見つめる(5)

国境も民族も超えたセーフティ・ネット

  ワールドカップラクビーが開催されている中、強烈な台風が日本を襲った。多くの河川が氾濫し、救助の手が届かない地域からは助けを求めるツイートが続々と発信された。その中で、あれっと思ったのが「ARMY、助けてください」というツイートだ。あっという間に拡散され、被災した人々に必要な物資を届けるための情報が次々に流れた。
 Armyに支援を呼びかけるツイート(2019年10月14日)

 BTSのファンクラブ「ARMY」が、国境も民族も超えたセーフティネットとして見事に機能する姿をリアルタイムで見たのは、これが初めてだった。すごいなぁ、と思った。

  思えば、ステージ上でBTSのメンバーがARMYに話しかけるときは、「一緒に」とか「そばにいてくれるよね」といった、見る側と見せる側の間の垣根を超えて、共同戦線を張って目標に向かって走っているようなやりとりが飛びかう。彼らは、まさに手を取り合って、世界の音楽シーンを席巻している。
 
  そのためか、メンバーの誰かが何かに関心を持って寄付をすると、そこに多くのARMYが続けて寄付をする、といった連鎖反応が起きる。反対に、ARMYの行動に後からメンバーが参加したり、支援を表明したりといったことも起きていて、一つの社会現象になっている。
 
  BTSがユニセフへの寄付を呼びかけて、1年で140万ドル達成、といったものから、ARMYの呼びかけで、Vが飼っている犬(ヨンタン)の名前で動物保護施設に寄付が送られるなど、様々な形の寄付がある。さらに、J-hopeが個人として児童支援団体に複数回、SUGAも小児がん患者の支援団体へ、JIMIMは故郷釜山の教育庁に、RMは障がい者団体へ、JINも人権団体へと、数千万円単位で寄付を続けていて、それらは一切公表されず、受け取った団体関係者から公になったケースが報道されている。さらに、彼らは山火事や個別の案件でも自身の収入の中から寄付をしているのだ。彼らが寄付をすることで、自然に多くのファンからもそこに寄付が集まるという循環ができている。

「お客様」から「同志」へ

 ARMYの行動力もすごいが、私が一番感心したのは、BTSに対してきちんと文句を言うところだ。一番記憶に新しいのは、所属タレントに丸刈りを強いるなど数々の不祥事を起こした秋元康とのコラボを中止させたことだ。女性を搾取し差別する人との連携は許さないという、見事な姿勢だった。
 
  韓国の芸能界では進歩的といわれるBIG HIT(プロダクション)も、時代を駆け抜けるARMYに必死についていこうとしているように私には見える。
 
  そう、少なからぬARMYは、収奪されるだけの「お客様」から、共に時代を生きる同志としてのポジションをつかみとったようだ。そしてBTSは、会社も含めて、彼らのメッセージを真摯に受け止めていた。ときには、謝罪を含めて彼らの問い合わせに回答を出している。
  契約書など皆無と言われる芸能界では、受け止めて、考えて、学んで回答すること自体
 が革命的なことといえるだろう。「強くて無口で壁ドン」、みたいな暴力性とは一線を画し、「かわいい」「面白い」「かっこいい」「感情豊か」「弱い部分もあるけど一生懸命で誠実」といった、長い間社会に定着していた「男らしさ」とは一線を画したものを習得していったのだ。恐らくその過程でBTS自身も解放されたところがあるはずだ。
 
より自由に、より自然体に
 
それは、MVを見ても十分に感じられる。二枚目で、あまりしゃべるなと言われていたらしいJINがペチャペチャ喋り始めたり、JIMINも無理して筋骨隆々の「男」を表現しなくてもよくなり、SUGAはアイドルっぽくはしゃぐことをやめて、力が抜けたような自然体になった。
 
 初期のMVは伝統的な男の強さを強調していたが、「血・汗・涙」あたりから、それぞれの柔らかさや個性を出し始めている。JIMINの変化は際立っている。
 
JIMINの映像は6分あたりから

 彼らは、キャーキャー騒いだり、泣いたり、怖がったりするだけでなく、リップをつけたり、パックをしたり、ピアスを付けたりと、おしゃれを楽しんでいる日常をSNSに投稿している。もちろん化粧もする。デュッセルドルフに遊びに来た後輩の在日がBTSの動画を見て、「えええー、オンニ(姉さん)、この子たち、口紅つけてるぅ!」と卒倒していた。しかし、それこそが、女性が望んでいた新しい男性像なのかもしれない。そして、アーティストとファンとの新しい関係を作り上げたのが、SNSなのだ。
 
ファンとアイドルが日常を共有 
 
 彼らは、ステージでの完成度の高い華麗な姿だけでなく、その練習風景や、さらには日常の姿も余すことなくネットに上げている。

 Vライブのアプリをダウンロードして課金すれば、世界中どこからでも1500円程度でコンサートを生で見ることができるし、数時間後には、会場に行ったファンの手でユーチューブに動画がアップされ、ツイッターにはメンバーの感謝のコメントが並び、その日の夜には、メンバーの誰かが、ホテルの自室でモッパンをはじめる。
 
  これは、「モッ=食べる」「パンソン=放送」という韓国語の略語で、食べながら、飲みながら、ネットで語り合う放送のことだ。これを見ていると、恋人とテーブルを挟んで一緒にご飯を食べているような錯覚に陥るほど、世界的スターが身近に感じられる。パソコンやスマホの前にいるスターとネットでリアルに繋がって同じ時間を共有し、時には投げかけた質問に答えてくれることもあるのだから、ファンにしてみたら至福の時だ。放送では、多いときには世界中の数百万のファンと同時につながって語り合うのだ。

  そのモッパンのときは、必ずと言っていいほど他のメンバーが乱入してくる。その男の子どうしの会話がまた愉快なのだ。
 
   そんなこんなで、デビュー当時からのファンにしてみると、それぞれの成長の姿もたまらない。小さな部屋で、2段ベットで7人が折り重なって寝ていた彼らが、どんな無茶な番組でも体当たりで一生懸命に取り組んでいた姿が思い出されて、胸が詰まるだろう。

練習が終わって、旧正月にはお母さんに会いたいと語るJK(1分16秒あたり)
 
JKの高校入学式

  ネットでいまも放送されているBTSの「走れバンタン」は、ゲームをしたり、バンジージャンプに挑戦したり、カラオケを楽しんだりと、まさに、初期の体当たりのBTSの姿をそのまま彷彿とさせる。と同時に、多くのARMYにとって、変わらぬ自分だけの「BTS」がそこにある。それをネット(SNS)が可能にしたのだ。

 

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

閉じる