子はナタ
ある女性から、「国際結婚と聞いて何が思い浮かぶ?」ときかれた。
一瞬戸惑った私に彼女は、「DVの入り口」と言った。
一瞬戸惑った私に彼女は、「DVの入り口」と言った。
確かに、母語の通じないところで自立して生きるには困難が多い。電車のチケット一つ予約するにも助けが必要だからだ。
そこに愛があろうがなかろうが、日々、パートナーとの力関係が明確になる。助けを必要とする側は、しばしば理不尽なことにも耐えなければならない。
それは、ドイツでも同じことだ。
しかし、日本と違うのは、安心して離婚ができることだ。この国では、婚姻とは契約なのだ。
結婚と同時に、離婚するときの条件を記した文書にサインすると聞いて、さすが「個人」を尊重する国だなぁ、と思った。
しかし、もっと感動したのは、夫婦が破綻に至ったときの、子どもたちの反応だ。
友人Aの場合、ドイツ人の夫が浮気をしたとき、十代の息子がそばに来て、泣いている母親を
「ねぇ、男は◯◯(父親の名前)だけじゃないんだからね」
と慰めたという。
同じように夫が何人もの女性と浮気した末離婚に至った友人Bの場合、息子は
同じように夫が何人もの女性と浮気した末離婚に至った友人Bの場合、息子は
「◯◯(母の名前)は、本当に男を見る目がないよね」
と言ったという。
どちらも、母親に「離婚しないで」と泣きついて「鎹(かすがい)」になったりはしないのだ。
で、離婚した友人たちから聞いた名言が、「子はナタ」だ。
この子のために嫌な夫とも別れられない、なんてことは、ここではない。
むしろ、子どもの将来のためにこの男と別れなければ、と決断できるのだという。
離婚したあとの養育費は、国が女性に代わって男に請求し続ける。いや、回収し続ける。
教育費はすべて無料。医学部に入るのだって無料である。
奨学金を申請したり、あるいはワーキングホリデーを使って自分の生活費を稼ぎに行って、そして大学に入る者もいる。大学で学んでいる年齢層は幅広い。
ここでは、親の経済力のせいで子どもの人生が狭められる、といったことはほとんどない。
本人が望めば、いつでもなんらかのチャンスがあるのだ。
親には親の人生があり、子どもには子どもの人生がある、というわけだ。
友人の子どもは、一人は医学部へ、一人は音楽関係に進んだ。友人は
「あのとき日本に帰っていたら、子どもを高校まで行かせられただろうか…」
とつぶやいた。
異国の地で、女一人でも子どもを育てることが可能な社会というのは、やはり、豊かな社会なのだろう。
そう思えてならない。
車椅子用のバイク。車椅子を装着して、走る。
街には、300年前の家々が並ぶ。
街中で出会う、動物たち。ドイツは殺処分ゼロ。
花屋に飾られたブタ。ブタは人気者なのです。
(いずれも著者撮影)