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連載 デルクイ

人間的な社会って。


「自分の頭で考えて動け」!

 私の住んでいる地域では、電車が通るときもカンカンという信号音はない。静かにバーが降りるだけ。それどころか、遮断器があるのも珍しく、危険は自分で察知しなければならない。

 ホームに改札はない。駅員もいない。勝手に車両のドアのボタンを押して乗るだけ。

 乗車券を購入するにも、案内板がないので行先までの金額がわからない。ネットで調べても、その情報が間違っていることも多い。買い間違えて、万が一検札が来たら罰金60ユーロ。
 分からないときは周囲の人に聞くのだが、聞いた人が全員違うことを言うこともしばしばで、鵜呑みにはできない。
 ホームに次の駅の案内表示もない。なので、降りるときも緊張する。

 ケルン中央駅の入り口など、ただ「中央駅」としか書いていない。みんなが知っているから書く必要がないという。だから写メを撮ってもどこだかわからない。もちろん「足元にお気をつけください」といったアナウンスや発車のベルもない。ここでお並び下さいの誘導線も、あの靴のマークもない。

ケルン駅(筆者撮影)

 電車が遅れても何のアナウンスもなく、普通に電車が来ないこともしばしば。もちろん迂回経路の案内などない。その時は自分で考えて、自ら行動しなくてはならない。

 ちなみに、電車が遅れても、怒っている人を一人も見たことがない。数分遅れただけで、その遅れを取り戻すために無理な運行をして間に合わせる日本社会と比べたら、ドイツはびっくりするほど不便である。

 だから、何から何までお知らせしてくれる日本と、何から何まで自分で考えて策を練らないと前に進まないドイツでは、頭の鍛えられ方が違うのだ。

 私など、エレベーターや自販機がちゃんと動くと思うな、お釣りが出なくても諦めろ、銀行のキャッシュディスペンサーでカードを食われることだってある、ということを、ここ数ヶ月の実地教育で学んだ。


夏休みに宿題なんかない

 日本の一般的な基準から見れば相当いい加減な仕事をしているなぁと思うのだが、金曜日になると彼らは本当にイキイキしてくる。

 「良い週末を!」が挨拶だ。

 お金があってもどうにもならない事が多い社会って、人間らしいのだ。

 ちなみに、ドイツの小学校の夏休みに宿題はない。宿題なんか出したら処罰される。

 子どもは遊ぶことが仕事なので、思う存分遊び、その中で興味を膨らませて、自分は何を学びたいのかを発見していく。それを自ら意思表示できる子どもが評価されるのだ。みんな一緒のお受験とは異なる世界がここにはある。

 そのドイツで、5年生から10年生までの生徒の政治教育の時間が1週間に17分~20分しかなく、民主主義の担い手として、圧倒的に政治の知識が不足してしまうと話題になった。

 ちなみに、教師は自らの思想信条を明確に出して授業をして構わない。

 授業が政治的に中立である必要はなく、「児童・生徒に特定の政治思想を植え付けてはならない」が、異なる意見について「言及しないのもいけない」ので、子どもたちが「教師の政治信条をも批判できるように」授業を組み立てなければならないとされている。

 こう書くとややこしいが、要は、誰でも何らかの政治信条を持つのは当たり前だから、教師は自分の政治信条をちゃんと明らかにして、子どもが理解できるようにそれを説明し、子どもがそれに対して意見(批判)できるようにしなさい、ということ。

 すごいのは、政治教育はこれ、と決めつけるのではなく、政治についての多様な考え方を認め、一人一人が判断すべきだとしているところだ。

 とにかく、自分の頭で考えて判断し、主張(または行動)できることが何よりも求められるので、マジで鍛えられる。ピン芸で勝手に生きてきた私でさえ、ついていけないことがしばしば。(笑)

 ちなみに、税関の窓口のお兄さんの金曜日の服装をここに紹介しておこう。週末はみんな、もう、体中から嬉しそうなのだ。
週末を前にした税関職員(筆者撮影)

 遊ぶために働く。そう、人生を謳歌するために。

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著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

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