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連載 デルクイ

ドイツが敗けた日

ドイツ人を興奮させるワールドカップ
 
 ドイツ人にとってワールドカップサッカーというのがどれほど興奮するものなのか、ドイツ代表の試合の日になると街から日本の元旦のように人が消えることでわかる。
 
 みんな、自宅のテレビの前かビヤホールにたむろして、ビールを飲みながら固唾をのんで観戦しているのだ。
 ドイツが勝った日には、旧市街など三社祭のような騒ぎだった。
 
 ドイツが一次リーグで敗退し決勝トーナメントに出られないという事態は史上初めてなのか、韓国に負けてグループ最下位になった翌日の新聞はすごかった。
 メルケルの政治的窮地と並んでトップで報道されたほどだ。
 
 他方、開催地のロシアでは、韓国が勝ったおかげでメキシコが決勝トーナメントに進めたので、メキシコの応援団はアジア人を見つけるとサンキューコールで神を崇めるようにその周りで踊り続けていた。
 それがまたドイツのテレビで延々と流される。
 
 うなだれるドイツ選手。責任問題だ!と問われる監督。
 朝からお通夜のような番組が続き、つい「今日、(韓国人の私が)外に出て大丈夫かなぁ…」と不安になった。
 
 ふと、そんな心配をしてしまう自分がいる。意識過剰なのか、世界共通の課題なのか……。
 
 
よろこぶ韓国系ドイツ人
 
 暗い気持ちでいると、テレビでは、ドイツ語を流暢に話すアジア系の人たちが喜びに感極まっていた。
 1950年代に韓国から国策としてドイツに送られた人たちとその家族だった。
 その多くは、男性は炭鉱夫、女性は看護師として来独した。
 
 ここには、喜んでいる「ドイツ人」がいる。
 司会者も彼らと一緒に喜んでいた。
 その映像に、ああ、ここは日本ではないのだと、なぜかほっとした。
 
 外に出ると、お通夜のような通りに、大敗を伝える記事が並んでいた。
 
 私には、こうしたナショナリズムの祭典は、サッカーだろうがオリンピックだろうが、どうも肌に合わない。
 しかし、植民地の民が強大な宗主国に勝てる空間は、そこにしかないのかもしれないと、ふと思った。
 
 レイシズムは競技の中でも顔を覗かせる。
 セルビア対スイス戦では、ゴールを決めたスイスの選手が鷲のポーズをとった。
 これは、セルビア人にとっては、ナチス占領時代の恐怖を呼び覚ますものだっただろう。
 
 スイス選手には罰金の制裁がくだされた。
 彼らはそれぞれ、歴史を背負っている。
 
 
競技とレイシズム
 
 日本チームは、フェアプレーポイントで決勝進出できそうだという見込みになると、残り時間を点を取りに行かずに後方でボールを回して消化し、批判を浴びた。
 勝つためにはルールを利用する、というのも作戦なのだろうが、フェアとは思えないのにフェアプレーポイントで決勝進出というのも、なんだかなぁと思った。
 
 そんな日本で、かっこいい監督ということで注目されたのが、セネガルのアリュー・シセ監督。
 たしかに絵になる。
 
 一方、ツイッターでは、セネガル代表選手の顔写真一覧を並べて 「セネガル代表、『誰が誰か見分けつかないからマークし辛いので強い』って言われてるのメッッッチャ好き』という投稿が大量にリツイートされていた。
 
 彼らはこれが褒め言葉だと思っているのだ。
 
 見ればわかる。
 見分けは確実につく。
 肌の色のせいで見分けがつかないという表現は、長い歴史の中で使い古されてきた、古典的な差別表現でありヘイトなのだ。
 
 そして、ヘイトスピーチとは、歴史の上に成り立っているものなのだ。
 
 この投稿にも、すぐさま批判のツイートが返された。
 少なくとも、多くのサッカーファンは、レイシズムを超えていこうとしている。
 
 ドイツでは監督が続投となっても、その責任問題で今日も大騒ぎだ。
 私に向かってくる拳は、ない。
 
 
ドイツ敗退を伝える新聞
〔ドイツのワールドカップ敗退を報せる新聞:著者撮影〕

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著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

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