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連載 デルクイ

すべての人は、移住者だ。


 ドイツでの生活は、市役所での住民登録から始まった。

 住民票の記入内容に「宗教」の項目がある。宗教別の税金を納めるためだ。一番高いのはカトリック。私は無宗教なので、もちろん宗教税はなし。

 すべての記入が終わると、役所から地元紹介のパンフレットと、図書館とプールの利用券、バッグやグッズなどを一通りプレゼントされて、「ようこそ(今日からあなたはこの街の住民です)」と言われた。面食らった。私が住民になることを喜んでくれる人がいるんだ、と思った。

 思い起こせば日本の役所は酷かった。長い間晒され続けたあの侮蔑的な眼差しと対応は、心の傷となって今も消えない。たとえば14歳のときの、今はなくなった指紋押捺の体験。

 学校を休んで品川の入国管理事務所まで行き、汚い廊下で待たされ、指を押えられて指紋を取られた。押捺後にわら半紙で指を拭いたときの屈辱感は忘れられない。

 しかも、そんなことを口に出せば「嫌なら出て行け」と言われる。それは、差別者の常套句として今も使われている。

 住民登録が終わって2カ月後、無料の健康診断の案内が来た。これにも驚いた。私には、移住者も住民であるという、ごく当たり前の感覚さえなかったことに気付かされた。

 同じドイツへの移住者の中に、ユダヤ系ハンガリー人のアダム・フィッシャー(69)がいる。ハンガリー国立歌劇場の音楽総監督だったが、右派政権に抗って職を辞した。その彼をドイツが招き、フィッシャーはデュッセルドルフ交響楽団の指揮者に就任した。アダム・フィッシャーの指揮で聴く演奏には、本当にこれが同じ楽団なのかと思ったほど心を揺さぶられた。はにかみながら語る仕草とは対照的なその指揮の熱さ、心の琴線に触れる旋律に涙しながら、拍手し続けた。

 招請を受けた彼は、この楽団で指揮する条件として、年に一度「人権コンサート」を開くことを要望した。チケットの売上げはチャリティとして、人権活動をしている人たちや団体に贈られる。3月22日のチケットも完売だった。

 この演奏会では、人権に携わる人の表彰も行われる。今年は、投資家で、慈善事業家で、ユダヤ系ハンガリー人のジョージ・ソロスが受賞者だった。彼は、米国の大金持ちのトップを走り続けてきた人でもあり、一方、多くの教育事業に寄付してきた人でもある。


Adam Fischer (筆者撮影)

 彼への評価はさまざまだが、かつて日本を訪れたとき、靖国神社の遊就館を見て「侵略戦争を正当化している」と断じ、「もし多くの日本の人々が近隣諸国の人々と大きく異なる歴史観を持つようになったら、その違いが将来深刻な問題を生み出すだろう」と語ったことでも有名だ。

 アダム・フッシャーはこの日の演奏会で、「ソロスも私も同じような移住者だが、自分の方が少しだけいい職につけた」と、チャーミングなジョークを飛ばした。

 「すべての人々は移住者(外国人)である。」

 この言葉は、ドイツの排外主義集団であるペギーダとの闘いの現場でよく見かけるコメントだ。

 人間は皆、移住者なのだ。

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著者略歴

  1. 辛淑玉

    1959年、東京生まれ。在日三世。人材育成コンサルタントとして企業研修などを行なう。ヘイト・スピーチに抗する市民団体「のりこえねっと」共同代表。2003年、第15回多田謡子反権力人権賞、2013年、エイボン女性賞受賞。著書に、『拉致と日本人』(蓮池透氏との対談、岩波書店)、『怒りの方法』『悪あがきのすすめ』(岩波新書)、『鬼哭啾啾』(解放出版社)、『差別と日本人』(野中広務氏との対談、角川書店)など多数。

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